105 迷宮の魔物内情
①説明会。
②蛇「ガクブルガクブル・・・・・・」
③不注意な発言は、気を付けましょう。
迷宮主が蜘蛛達と魔導談義をしている頃、とある魔物が暗躍していた。
彼の名はゴトー。この迷宮の<幹部>である。
「やめ、放せ!?」
「まったく、主様も詰めが甘い。こんな不穏分子を放置しておくとは」
頭をワシ掴みにされながら、ずるずると引きずられ、とある一室に投げ捨てられる魔物。
パンパンと手についた汚れを払う様に叩くその姿は、ごみを運び終わった後の様。
部屋に集められたのは、体格も種類もバラバラな魔物たち。
どんなに上手く隠していたとしても、彼の目にはハッキリと彼らの欲が見えていた。
自身の主に対する嘲り、侮蔑……殺意。
それが、彼らがゴトーに捉えられた理由だった。
「ふむ、あの会場で見かけた不穏分子は、これで全てですかな?」
「お、俺たちが何をしたって言うんだ!」
「そうだ! こんな横暴、許されると思ってるのか!?」
「さて、マイロードの目に、汚らしい物を曝す訳にもいきませんからな。ここは、速やかに処分して仕舞いましょう」
相手の話を全く聞く様子も無く、魔力の籠った腕を振り上げる。
その込められた魔力を見て、集められた魔物たちは絶望する。その一撃は、とても耐えられるモノでは無かった為である。
逃げようにも入り口は一つ、その入り口も、今まさに彼等を殺そうとしている魔物によって遮られている。
そもそも、彼に掴まれてから、彼らは全く動くことができないでいた。でなければ、彼が他の魔物を捕まえに出ている内に、逃げ出している事だろう。
そして、持ち上げられた兇刃が振り下ろされる―――途中で、ハタと止まる。
「……ただ殺して処理すると、私めの糧になると言う事であり、独り占めになって仕舞います。他の者に分ける必要もありますかね? 特に、戦闘に従事していない者のレベルが、以前より問題視されて……」
ぶつぶつと、残った手で顎の髭を弄りながら、独り言を繰り返す。そんな中でも、込めた魔力は一切揺るがない。
まるで、ギロチンに掛けられたまま、いつ落とされるか分からない様な状況が続く。そんな中―――
「ならば、その手を下げてくれないか?」
「ん? クロス様ですか」
現れたのは、同じく会場に居た虫型の魔物。この迷宮の<幹部>、クロスである。
「何故ですかな? 私めは不穏分子の処理をしているだけですよ?」
「それは、主様の命令か?」
「貴方の様な、指示待ち人形では無いのですよ。命令される前に行動してこそ、本物の従者と言うものでしょう?」
やれやれと、わざとらしく、馬鹿にするような態度を取るゴトー。
そんな、明らかな挑発に対し、クロスの感情は全く動く気配が無い。
隠している訳でも、逆に見下すわけでもなく、“全く動かない“のだ。彼にとって、これ程面白く無いものはない。
「主様がこ奴らの存在に気付いていないと、本当にお思いか? にも関わらず、そ奴らが存命であったことが全てだ」
「こいつ等は我らがロード、この迷宮の主を、愚かにも狙った者たちですよ? このような奴ら、百害あって一利なし、早々に処分すべきなのですよ」
その後も、一言二言会話するもすれ違うばかり、しかもゴトーは攻撃的な姿勢を解く事が無い。そんな状態にクロスは、頭を掻きながら諦めた様に口を開く。
「はぁ、言わないで済めば良かったのだがな……これは、主様からの命だ」
「は?」
「主様からの御言葉だ、『気遣いと独断専行は違いますよ?』だそうだ」
「!?」
睨みつけていた瞳が、驚愕に見開かれる。自分の行動を読まれていたとは思っても居なかったのだろう。
そして、無意識に顎髭へ手を伸ばし、彼等を生かす利点を考える……が、思いつかないのか、諦め山羊頭を左右に振る。
「何故、どうしてこんな奴らまで、庇護するのだ……」
「庇護? そこから間違えているのだよ。思い返してみろ、主様が一度でも、こ奴らを仲間扱いしていたか?」
「……? ……!?」
「仲間になれば戦力に、死ねば資源に、そのままならエネルギーに。つまり、こいつ等がどうなろうと、構わないのだよ」
クロスの言葉に、ゴトーと拘束された他の魔物たちは、驚愕の表情を浮かべる。
特に、仲間として迎い容れられていると……侵入していたと思っていた彼らの衝撃は、どれ程のものだった事か。
「……もしこいつ等が、この迷宮に仇なすことが有れば、被害なしではすみませんよ?」
「我らが、いや、この迷宮が、その程度の奴らが徒党を組んだ程度で、崩れる様な軟な存在とお思いか? むしろ、我らはその様な存在でなければならないのだよ。でなければ、あの方の配下などと、名乗る資格は無い」
「……それは、ロードの御言葉か?」
「いや? 我の考えだが?」
「メル、メルルルルルル~~~~!!」
いつの間にか、手に込められていた魔力も霧散し、自身の膝を叩いて大笑いするゴトー。
「ル~。こんなに笑ったのは久しぶりですね」
「むぅ……そんなに可笑しな事だっただろうか?」
「えぇ、えぇ、おかしいですね。狂気染みて居るとも言う。そんな事を、さも当然の様に、全く感情の揺らぎも無く言えるのですからね!?」
暗に狂っていると言うゴトーに対して、クロスは理解できないと首を傾けるだけである。そんなクロスに対し、ゴトーはとても興味深そうな視線を向ける。
「迷い、苦悩、不安。昔のあなたはとても魅力的だった。だが、最近の貴方は悩みも無く、とても詰らない存在になったと思っていましたが……どうやら見誤って居た様だ。実に、実に興味深い! 貴方の欲、いや、狂気はどれ程深いのか。私め、気になりますぞ!」
「「「ブハー!?」」」
放置されていた魔物たちが、拘束を解かれるかの様に、一斉に動き出す。
「ロードの命令とあっては、従う以外に在りませんな。自由にして良いですぞ?」
「存在を許されていると言っても、身勝手な行為が許されるわけでは無い。肝に銘じておけ」
許された、生き残った。部屋を出て行こうとする二体の化け物を見ながら、その場にいた者たちが、一斉に安堵の溜息を漏らす。
「待ってくれ!」
ようやく解放されたと思った矢先、今の自分の状況を理解していないのか、愚かにも彼等を呼び止める魔物がいた。
他の魔物は、驚愕や忌々しいものを見る様な視線を向けるが、そんな事を気にすることも無く、そもそも気が付くことも無く、話を続ける。
「あんたら程の力が有りながら、何であんな雑魚に従ってるんだ!? アンタたちこそ王に相応しい、そうだろう!? 今からでも遅くねぇ、殺せない理由が有るなら、俺が代わり―――」
周りが止めるよりも早く、ゴトーが魔力を込めだすよりも早く、一瞬で距離を詰めたクロスの爪が、無慈悲に、一切の躊躇いも無く、ゴミを処理するが如く、その魔物の体を縦にかち割った。
「「「……」」」
一連のやり取りを見て、他の魔物、ゴトーまでもが呆気にとられる。
「我は言ったはずだ、存在を許されているだけだと」
汚れを掃うかのように、前足に付いた血を払い、水魔法で作った水で洗い流す。
「分かっていると思うが、今回の一件で自分の愚かさを理解したことだろう。だが、機会が何度も与えられるわけでは無い。なによりも、その様な戯言を口走る愚者、主様の慈悲を蔑ろにする者など、生きる価値すらない。明確に敵として行動を示したならば、即刻処分する」
それだけ言うと、クロスは元の道を引き返し部屋を出ていき、ゴトーが頗る面白いものを見る様に、その後に続く。
他の魔物たちは、その後ろ姿を無言で見つめ、送り出す事しかできなかった。
迷宮主のメモ帳:状態異常<睡眠>
魔力の流れを遮断し、肉体と精神の繋がりを一時的に停止させる状態異常。
現体に近い程(ハッキリした肉体を持っている程)その影響が大きく出る。
肉体と精神の活動を遮断し、活動停止に追い込む。
時間経過、又は魔法やスキルによる浄化、外部からの強い衝撃によって解除が可能。
適応すれば、影響を抑制する耐性を取得することができる。




