第128話 国崩し完了
ここにいるはずのない王女フラウが現れたことにより、暗黒騎士は一瞬唖然としてしまう。
「人質、というのでしょうか? あまり使ったことはありませんが、非常に効果的ですよね」
人質……という手段に驚きを感じているわけではない。
暗黒騎士は、正面から正々堂々と戦って勝てるような存在ではない。
それゆえに、多くの者はからめ手で何とか対応しようとする。
その中の一つに、人質という手段がある。
殺されたくなければ、大人しくしろ。
ありきたりであるのだが、だからこそその効果は確かなものがある。
【(まあ、俺それで止まったことないんだけど)】
人質とは、大切な者がいなければ成り立たない。
自分以外の命はちり芥と同等だと判断している暗黒騎士に、人質は効果がまったくなかった。
「こいつ、この私を人質にするつもりか!? 私ほど高貴なものはいないから、代わりになるものは何もないぞ!?」
「ちょっと自意識過剰すぎませんかね?」
フラウは自分の評価が恐ろしいほど高かった。
彼女の中で、自分と釣り合う人質交換は存在しなかった。
残念ながら、暗黒騎士と意識の乖離が甚だしい。
「さて、この人を助けたければ、動かないでください。私は私で楽しませてもらいますよ。動けないあなたでね」
鋭い眼光。
その目になんだか色々危険なものを感じた暗黒騎士は、不敵に笑う。
【ふっ……欲しけりゃくれてやる】
「バカか貴様!?」
アルマンドよりも先に反応を見せるフラウ。
脊髄反射である。
【だいたい、ろくに戦えない状態のくせにこんなところにまで出てきた貴様が悪い。あきらめろ】
「諦められるかぁ! 何を諦めても、私の命だけは諦めん!」
生の意地汚さだけは一級品である。
鬼の形相で睨みつけてくるフラウに、暗黒騎士は満面の笑みである。
この男、助ける気は毛頭なかった。
「おやおや、いいんですか? 殿下はお怒りのようですが」
【そいつが怒るということは、私が喜ぶということだ】
「どういう関係なんですか……」
アルマンドは二人の関係をいまいちよく理解できていないらしい。
ぶっちゃけ、相手が嫌がることを進んでやるような間柄である。
なお、上記は悪い意味での『進んでやる』である。
「しかし、そろそろ本当に大人しくしてもらいたいですねぇ。あなたに近づかれるだけでも、戦えない私は怖いのですよ」
【いいことを教えてやる】
暗黒騎士は、アルマンドに真実を伝える。
【その女は、私にとって人質の価値はない】
構える剣。
ほとばしる黒い魔力。
その込められた魔力は、少なくとも向けた方向のすべてを破壊するほどのもので……。
「バカ! 早く私を離せぇ! 確実にやられるぞ!」
「は、はい?」
すぐさま暗黒騎士の意図を悟るフラウ。
さすが、四六時中行動を共にしていたことはある。
しかし、アルマンドはうろたえたままだ。
【――――――消えるがいい】
それは、絶望だった。
アルマンドとフラウの目に映るのは、黒い魔力の津波。
自分たちよりもはるかに巨大なそれは、逃げる気すらなくす絶望があった。
「緊急回避っ!!」
「えっ? こんな終わりか――――――」
もちろん、フラウは回避である。
王女であるのに、ヘッドスライディングだ。
なりふり構っていない。
しかし、アルマンドは逃げ切れず……飲み込まれた。
黒い津波が消えた後、そこに形あるものは残っていなかった。
それは、巨大な王城もまた同様である。
王国の象徴ともいえるそれは、魔王軍最強の暗黒騎士によって、見るも無残に破壊されるのであった。
◆
【……悪は去った】
俺は清々しい笑みを兜の下で浮かべていた。
さすが鎧さん。
正直やりすぎとか、中身の俺も引いているとか、そういうことは置いておいて。
……いや、やっぱり王城を消し飛ばすのはやりすぎだろ。
どうするんだ、これ。
俺知らないぞ。
とはいえ、これで俺に向かってくる愚か者を処分することができた。
騎士たちはいまだに死屍累々。
地面に這いつくばっている。
……よし、今のうちに逃げるか。
「貴様ぁ! 私が死にかけただろうがぁ!」
瓦礫を吹き飛ばしながら現れたのは、砂煙で汚れたフラウだった。
怪我らしい怪我をしていないのがやばい。
あの大規模な攻撃の中、こいつ避けきってみせたのか。
……本当に人間か?
【……悪は残っていた】
「王女様に向かって何たる口の利き方……!」
ここぞとばかりに王女を強調してくる。
鬱陶しい。
【……そういえば、勢いでここまでやっちゃったんだけど、大丈夫だよな?】
「大丈夫なわけないだろ……」
ふと気になったことを聞けば、フラウが呆れた目を向けてくる。
このバカにそんな目を向けられるとは……。
しかし、なんとまあ……。
「国崩し完了、だな」
【自分の国をぶんなぐられてそんな笑顔を浮かべられるお前が怖い】
なんか、一人で王国を落としてしまったんだけど、どうしよう?




