第119話 ぐぅ
さすがに、食事に俺が参加することはなかった。
完全な仲間外れである。
癇癪起こしてやろうか。
王城で暴れまわる暗黒騎士。
人間側からすれば、悪夢以外のなにものでもないだろう。
まあ、俺にとっても悪夢だがな。
また懸賞金が上がってしまう……。
さて、謁見はとっくに終わっていた。
フラウは父である国王に連れられて、どこぞに食事に行った。
王城の中だろう。
うん、護衛してるしてる。
食事に向かう途中、フラウが捨てられた子犬のような目で見てきたが、完全に無視した。
だって、あんなフラウ見るの楽しかったんだもん……。
【しかし、そのあとのことは考えていなかったな……】
そう、俺のことを考えていなかった。
フラウ以外知り合いのいないこの国で、俺は何をしようか。
そもそも、どこに行けばいいのかすら分からない。
人間どもは皆こちらに意識を向け、警戒し、怯えている。
うーん、針の筵状態。
めっちゃ帰りたい。
……いや、このまま抜け出すか。
馬鹿正直にフラウのことを待つ理由がどこにもない。
もう彼女は四天王フラウではなく、王女(笑)フラウである。
戻ってくることはないだろう。
っていうか、戻ってこさせない。
ならば、魔族領に戻り、『フラウは王族として命を燃やし尽くすそうです』と報告すればいいか。
……いや、というか、もう魔族領に戻らなければいいのでは?
このままフェードアウトしようとして、俺を止められる奴はいるだろうか?
いない、いないのである。
右見て……。
【ヨシ!】
誰もいない。
左見て……。
【ヨシ!】
誰もいない。
うむ、完璧だ。
消えよう。
俺がフェードアウトを実行しようした、その時。
「おお、暗黒騎士殿。探しましたぞ」
【…………】
左右ではなく、背後から声をかけてくる存在がいた。
振り向けば、ランバートと言い合いをしていたあの貴族だ。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題は、今にも消え去ろうとしていた俺を呼び留めたことである。
この俺の邪魔をするとか、ふざけているの?
「ひっ!? ご、誤解しないでいただきたい。私はあなたにいいことをお伝えしにきたのです」
【なんだ?】
思わず睨みつけていれば、貴族は震えながらそんなことを言ってくる。
その言葉を聞いたとたん、俺は穏やかな視線を彼に向けた。
いいことと聞けば、脚を止める必要があるな。
ほら、言ってみ?
大丈夫、怒っていないから。
「実を言いますと、今回の騒動。王位継承権をお持ちの方が次々に命を絶たれたのは、間違いなくあのランバートめの仕業です」
【そう……】
脚を止めなければよかった。
聞かされたのは、完全に内輪もめの話だった。
興味ねえよ。
そんなことのために俺を呼び留めたの?
マジで許せないんだが……。
「フラウ殿下が最後の継承権持ち。必ず我らでお守りし、女王へと押し上げてみせます」
【素晴らしい。しっかりと励みたまえ】
掌クルリである。
くだらないことで声をかけてきた絶対に許せない存在から、フラウを苦しめるための足かせに進化である。
進化だ。退化ではない。
「はい! しからば、そのあとの話を少々……」
顔を近づけてくる貴族。
あんまり近寄らないでもらえるかな?
君のことをまったく信用していないから。
「フラウ殿下が女王となれば、押し上げた私もそれなりの要職をいただけるでしょう。その際、魔族の方々と良いお付き合いをさせていただければ……」
こ、こいつ、魔族に媚びを売ってきやがった……!
凄い奴だ。
長年殺し合いをしてきた敵に、よくもまあケツを振るつもりになったものだ。
俺なら怖くて絶対に近づかない。
自分の欲望を満たすためには、魔族をも取り込もうとする。
こいつ、凄いな、本当。
フラウに押し付けてみたら、あいつがどういう反応をするのか楽しみで仕方ない。
【ふむ、考えておこう。まずは、そうなるように努力しろ】
「ええ、それはもちろん」
いい配下がいますね、フラウくん!
俺はフラウにそんな思念を送るのであった。
◆
「むぉっ!?」
「どうした、フラウ?」
「い、いえ……」
今、嫌な念を感じ取った。
私にそんなことをするのは……奴しかいない。
この世すべての悪。私の人生失敗ストーリーの幕開けを担った男。
暗黒騎士。
奴が、私に何か強い意志を送った気がした。
「無視だな」
どうせ、ろくでもないことだろう。
私はすぐさま頭の片隅から追い出し、まったくもって味を楽しむ余裕がない食事を再開した。
目の前に座るのは、一応父親である国王である。
しかし、めったに会話をしたこともなかった――――騎士団に入団してからはなおさら――――ため、静まり返った場には食事音だけ聞こえてくる。
これらの考えから推察できるのだが、私の中ではもうこの国王は父ではないのかもしれない。
「こうして一緒に食事をするのは、どれくらいぶりだ? この当たり前のことができなくなったのも、すべて魔族のせいだ」
「ええ……」
怒りを露わにするパッパに対し、私は引くことしかできない。
この人の魔族に対する怒りの強さはなんだろう?
日和見主義の王国よりも、魔族大嫌い帝国の方が似合っている気がする。
まあ、私はどうでもいいんだけどな。
魔族が好きでも嫌いでも、俺は関係ないし。
それにしても、騎士団に入ってから、私のことをまったく見てくれなかった奴がよく言うな。
だから寂しかったかと言われればそんなことはないけど。
ぶっちゃけ、気楽にできていたから恨みも悲しみもないけど。
「さて、フラウ。こうして食事をしている理由は、分かっているか?」
ビビッと来たのは、嫌な予感。
こ、こいつ、いったい何を言うつもりだ!?
しかし、私の本能が警鐘を鳴らしている以上、ろくでもないことは明白だ。
よし、とぼけよう。
「親睦を深めるためですよね」
「……それだけではない」
あっさりと切り捨てられる。
少しイライラもしていそうだ。
知るかぼけぇ! 私は聞きたくないんだよ!
いやああああああ! 聞きたくなあい!
「お前には、女王になってもらいたいのだ」
おろろろろろろろろっ!
今食べていたものが即座にリバースしそうになる。
気合で止めたが、口の中は酸性だ。
こ、この私が女王だと!?
死んでもごめんだ!
私は適当にそこそこの男と結婚して養ってもらうって決まっているだぞ!
これは、運命なのに!
「最愛の息子たちが死んだ今、もはや継承権を持っているのはお前だけだ。魔族に囚われて殺されたとばかり思っていたが、これはまさしく神の思し召し。フラウこそが、次代の王にふさわしい!」
ふさわしくないふさわしくないふさわしくないふさわしくない。
「フラウ、王になってくれるな?」
ジロリと見据えられる。
この男からすれば、自分の子供が王国を継ぐことこそが肝要なのだろう。
だからこそ、あの強そうな王弟が継ぐことも許容できない。
それでも許容せざるを得ない状況になっていたのに、ひょっこり現れたのが私というわけだ。
絶対に私を次代の王にする。
そんな強烈な命令を受けて、私は……。
「……ぐぅ」
とりあえず、寝たふりをした。




