「（この勝負、私の勝ちだな）」

　戦闘にまったく参加していないフラウであったが、彼女は意外と楽観的であった。

　フラウは、遺憾ながら暗黒騎士とほとんど一緒に行動を共にしてきた。

　それゆえに、彼の強さも本性もすべて知っている。

　テレシアとメビウスは強者だ。

　少なくとも、フラウは一対一で戦わなければならないとなれば、全裸土下座も辞さないほどのレベルである。

　テレシアは堕ちた勇者で、人類の希望を一身に背負っていたこともあり、その力は単独で魔王軍の大半を削り取ることができるだろう。

　メビウスは、最強の魔物と謳われるドラゴン。

　その中でも、特異種である黒竜だ。

　こと、一対多の状況なら、彼女よりも右に出る者はいない。

「（それでも、暗黒騎士には勝てないだろうがな）」

　しかし、フラウはそれでも暗黒騎士が勝つと予想していた。

　彼の強さは、異次元だ。

　まさに、次元が異なる。

　たとえば、二次元が三次元に干渉できないように、上位の次元には手を加えることは許されない。

　しかし、上位次元……すなわち、三次元が二次元に干渉することは許される。

　まさしく、暗黒騎士はそれなのだ。

「（本性はどうしようもなく、利己的でダサくて自分勝手で情けない奴だが……）」

　その強さは、隔絶した場所にあった。

　なお、本人にそれを言えば、『全部鎧さんのせい』という答えが返ってくるのだが、当然フラウが知る由もない。

　さて、そのようなことを考えているのにもかかわらず、どうしてフラウは『私の勝ちだ』などと考えたのか。

　それは、二人が暗黒騎士に勝つ、ということではない。

　フラウの目的が果たされ、暗黒騎士の目論見が打破される、という意味での勝つだ。

　それは、どういう意味か。

　フラウは、暗黒騎士が勝つと思っている。

　だが、足止めはされるとも思っていた。

　魔勇者に黒竜。

　このネームバリューがあれば、当然暗黒騎士も苦戦を強いられる。

「（その間に、私がユリアを処理してしまえばいい）」

　ユリアが戦闘能力を持たない女だということは、暗黒騎士に連れ添って彼女の研究室に行ったことがあるフラウは知っている。

　さすがに、ろくに鍛えてもいない女に負けるほど、フラウも弱くはない。

　つまり、彼女の考えていたことは……。

「（クソ危険な暗黒騎士の相手は二人に押し付け、その隙に安全にユリアを倒す。そして、洗脳されたふりをしてやがる暗黒騎士も、さすがに洗脳が解かれたふりをしなければならず、逃げだせず、大将軍のまま。ふっ、完璧だ）」

　微妙に願望が入っている気がしないでもないが、ユリアの考えていた計画はこれが全容である。

　だからこそ、勝ったなのだ。

　彼女の中では、すでに勝利への方程式が見えていた。

　そう、見えていたはずなのだが……。

「はぁぁっ！！」

　気合一閃。

　テレシアの鋭い斬撃が、暗黒騎士を襲う。

　一撃必殺の斬撃を繰り出すことに、ためらいはない。

　テレシアは、暗黒騎士に確かな恩を抱いている。

　薬物に狂い、生きた屍となり果てた自分にとどめを刺してくれた男だ。

　少なからず好意だって抱いている。

　なにせ、執着ともとれるほどの感情を、彼に持っていたのだから。

　しかし、それでも必殺の斬撃を叩き込む。

　それは、恩があるから、好きだからという理由でためらえば、自分が再び地面に還ることになると理解しているからである。

　幾多の悪人や魔物を屠ってきた魔勇者の斬撃。

【ふん】

　しかし、それは暗黒騎士に届かない。

　生半可な鉄剣なら、テレシアは諸共切り裂くことができるだろう。

　だが、暗黒騎士の持っている剣は特別製だ。

　非常に強固で、テレシアの剣技をもってしても、破壊することができない。

　ちなみに、暗黒騎士の中身も、これが何でできているのかさっぱりである。

　先ほども、鼻を鳴らして不遜な態度をとっているが、内心はビビりまくりだ。

　すでに、身体の支配下は完全に鎧さんに任せきっていた。

　もうどうにでもなーれ、状態である。

　だが、だからこそ、余計な邪念が入らない鎧さんは強かった。

「がっ……！？」

　聖剣をテレシアの腕ごと上に跳ね上げると、がら空きとなった腹部に強烈な拳を叩き込む。

　少女の腹部というとてつもなくデリケートな部分を、一切容赦なく殴りつけることができるのは、なかなかに外道である。

　暗黒騎士の中身も、鎧さんにドン引いていた。

『グオオオオオ！！』

　テレシアと入れ替わりになるように襲い掛かってきたのは、完全に竜化したメビウスである。

　すでに、最初から本気だ。

　彼女は、他の無実の民を守るために暗黒騎士を止めるとかそういう高い志を持っているわけではなく、自分が主人と認めた男が誰かに傅くのがあまりいい気分がしないから、暗黒騎士に立ち向かっている。

　構ってもらえるという彼女自身の欲望も十分に含まれていたが。

【ブレスか】

　暗黒騎士は冷静に、中身は絶望しながら呟く。

　メビウスの大きく開かれた口には、黒い炎がほとばしっていた。

　ドラゴン最強の攻撃こそが、ブレス。

　視界に入るすべてのものを焼き尽くし、灰へと変える死の一撃。

　もともと、スラムでせせこましく生きていた中身は、もはや白目をむいている。

『カッ！』

「あっつっ！？」

　メビウスのブレスが炸裂する。

　辺りは緑あふれる林だったが、一瞬ですべてが蒸発し、無毛の大地へと変貌する。

　危険だろうからと、比較的離れた場所に勝手に避難していたフラウにも、その影響は及ぶ。

　皮膚が焼ける感覚に、悲鳴を上げる。

「（もうちょっとこっちのことを考えて戦えよ、バカ！）」

　戦っていない女のセリフである。

　轟々と燃え盛る黒い炎の中に、暗黒騎士は囚われていた。

「倍プッシュです」

　腹部を殴られたことによって、口から血を流すテレシアが聖剣を掲げていた。

　生前であればしばらく動くことのできないほどのダメージであったが、アンデッドとなった今なら、身体の悲鳴を無視すれば立ち上がり動くことが可能だった。

　テレシアは聖剣を振るうと、そこから魔力の斬撃が飛び出す。

　正確に黒い炎に包まれる暗黒騎士の身体に、いくつも着弾する。

　圧倒的な火力。

　しかも、一撃一撃がすべて必殺の威力である。

「よっしゃ！」

　遠くから観戦していたフラウは、歓声を上げる。

　これでも、暗黒騎士が殺されると思っていない。

　致命的なダメージも負っていないだろう。

　だが、確実に足は止まっている。

「今がチャンス！　諸悪の根源を女騎士らしく叩ききってくれる！」

　その言動が高潔な女騎士とはかけ離れているのだが、そんなことに気づかないフラウは嬉々として離れた場所にいるユリアの元へと向かう。

　三人の戦いが激しすぎてユリアに近づくはできず、というか怖くて動くことさえできなかったが、今しかないと行動する。

　だから……。

【ふっ……今、何かしたか？】

「足がめっちゃプルプルしているぞ」

　黒炎の中から平然と現れた暗黒騎士に、白い眼を向けるのであった。

　めっちゃ効いているじゃん……。