10 第179回ベランダ会議
「ただいまー」
「お帰り、拓馬」
? なんだろう。
俺を待ち構えていたのか、玄関でおふくろが俺に厳しい視線を注いでいる。
「おふくろ、どうしたの」
「ちょっと、こっち来て座りなさい」
「はあ」
俺がソファに座ろうとすると、床を指さすおふくろ。二人して正座して向かい合う。
不安が高まる。机の引き出し裏の本でも見つかったか。
「あんた最近、穂乃果ちゃんと会っているそうね」
「会ってるも何も、クラス同じだし、隣同士だし」
「穂乃果ちゃんは昔から知ってるからね。可愛くていい子よね」
「はあ」
なんだろうこの話の展開。見当がつかない。
「あんた達がちゃんと節度を持って付き合って、将来的に結ばれるのなら、お母さんも反対はしないよ」
ちょっと待って、何の話だ。
「嫁入り前の娘さんをだね、傷物にするようなことはしてないんだろうね」
「当たり前だろ、俺と穂乃果はただの友達だよ」
「母さん、信じていいんだね!」
「当り前だろ! 何言ってるんだよ」
視線を感じて振り向くと、扉のすりガラス越しに咲良がこっちを見ている。
えー、もう何なんだ何なんだ。何が起こったんだ。
「おーい、帰ったぞ!」
おお、おやじの帰宅だ。これで助かった。俺はどさくさまぎれにおやじを出迎える。
「おかえり、えらく帰りが早いな」
「当たり前だ! 拓馬が大人の階段上ったって聞いて今夜はお祝い――」
言い終わるが早いか、おふくろの投げたリモコンがおやじの顔面を直撃。ケーキの箱が宙に舞う。
「あんたーっ! ちょっとそこに座りなさい!」
もう無茶苦茶だ。
結局、夕飯時になっても不気味な緊張感は続いていた。
しこたま絞られた親父の皿にはぐちゃぐちゃのケーキが山積みになっているし、咲良はテーブルの反対側で俺と対角線に座ってるし、もう何なんだ。
どうやら俺と穂乃果が付き合ってると誤解されているようだ。だとしてもなんでこんな対応をされなきゃいけない。
俺は砂のような味の夕飯をかきこむと、自分の部屋に戻った。今日は俺からベランダ会議の開催を希望してもいいはずだ。
スマホを手にすると、LINEのメッセ通知がきている。
≪今晩20時。第179回ベランダ会議の開催を要求します≫
――――――
―――
「うちも、何か志乃の様子が変なのよ。お父さんも突然猟友会に入るとか言い出して」
何それ怖い。
「お母さんは急に編み物とか始めて、やたら小さい靴下とか編んでるの」
それも怖い。
俺はベランダで夜風に吹かれながら、穂乃果と情報交換を行っていた。
掛彬家でもどうやら問題が立ち上がっているらしい。話を聞く限り、うちよりもきな臭い感じだが。
この件を穂乃果はどう考えているのだろうか。表情や口ぶりからは何も感じない。
俺達が誤解されていること自体に気付いていない可能性もありそうだ。
「志乃のこと、咲良ちゃんにも聞いておいてね」
「ああ。なんとか聞いてみる」
誤解について聞いてもいいんだろうか。
もし気付いていないのなら、俺自体を恋愛対象としてはこれっぽっちも意識していないことになる。
聞いたことで関係が変化してしまうことが怖い。
というか、少しでも異性として意識していれば、中学時代の小豆色のジャージを着て俺と会ったりはしないよな。胸元にはマジックで名前まで書いてあるし。
穂乃果の黒髪が風に揺れる。シャンプーの香りが俺の鼻をくすぐる。
「どうしたの? ぼんやりして」
「いやちょっと考え事を」
あー、もう俺は今のこの状況で満足だ。
「そういえば、昼間の件だけど。何をする部にしたんだ?」
「えーとね、それが」
少し恥ずかしそうに、両手の指先を合わせて顔を隠す。
「登呂川さんからチアリーディング部の話が出ていたでしょ。それで、Chearrの部分を取り換えた造語で、Psycology-Leading部を作ろうかなと。略してPL部」
「サイコロ? それってどういう意味」
「Psycology、心理学って意味。みんなの悩み相談に乗ったり、話を聞いて応援してあげられたらって」
へー、あんな短時間にそんなことを考えていたのか。
「私、大学で臨床心理士になる勉強をしたいの。だから今の内から色々な経験をしておこうかなと」
穂乃果の顔が真っ赤だ。顔を隠す仕草が可愛い。
「凄いな。俺なんて将来のこと、何にも考えてないよ」
「私もただなりたいって思ってるだけだし。だから、まだ誰にも言ってないの」
そうか。穂乃果の初めてか。
……思わずそんなことを考えてしまった俺は最低だ。
「いいじゃん、応援するよ。せっかく部活を立ち上げるんだし、有意義に過ごさないとな」
「ホント? ありがと」
穂乃果の笑顔を見ていると、付き合うとか付き合わないとか、そんなことばかり考えている自分が恥ずかしくなってきた。
もうしばらく、この笑顔の為に過ごす日々も悪くは無いと思う。




