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第二十七話「一夏の終わり」

「見て! 見て! コヨミと一緒になったらこんなこともできるようになったよ師匠!!」


 夏休みももうそろそろ終わる。

 俺の教育係としての契約も。

 もう暴走する心配はないだろうが、それでも俺はコトミちゃんの教育を続けている。そして、いつものように特訓をしていると、コトミちゃんは見たことのない姿で現れる。


 真っ黒な長い髪の毛や尻尾などは、毛先の部分だけが白く染まっておりまるで筆のようだ。そして、一番目に付くのは、瞳の色。

 右が赤で左が青。

 そう、彼女はコヨミと一体化している。あの時以来コトミちゃんは、更に強くなった。分身が出来たり、操れる属性が増えたり。

 それは、コトミちゃんの中に居るコヨミと一体化しているからだ。


 彼女は、俺達の協力もあり今では力の根源を制御している。

 今のコトミちゃんは完全体と言ってもいいだろう。

 もはや、俺が教えるまでもない。

 この歳で、ここまでの力を扱えるようになるのはあっちの世界でも稀だ。


「すごいじゃないか。コヨミはどんな感じなんだ?」

「僕のこと気にしてくれるの? 嬉しいな」

「自由に出てこれるのか?」


 元気にはしゃぎ舞っていたと思いきや、突然落ち着いた雰囲気になり笑う。今の意志は、コヨミなのだろう。


「うん。でも、あんまり表には出ないようにはしてるよ。この体はコトミのだからね」

「少し前まで、コトミの体を奪ってこの世界を破壊しようとしていた者とは思えない言葉だな」

「あれは、僕であって僕じゃないから。そういう意地悪よくないと思うよ?」

「悪い悪い」


 少し気に障ったのか、頬を膨らませ不機嫌そうに俺を睨むコヨミ。なんだか不思議だな。目の前にいるのはコトミちゃんであってコヨミっていうな。

 ひとつの体に二つの魂が宿っている状態。

 それが今のコトミちゃんの現状だ。


「師匠! コヨミを虐めちゃだめ!!」


 と、今度はコトミちゃんが出てくる。


「だから悪いって謝ったじゃないか」

「だーめ! そういう意地悪する師匠には、私達が正義の鉄拳を食らわせちゃうんだから!!」


 どうにも許してくれないコトミちゃんは、魔方陣を展開。そこから現れたのは分身体。おそらく、彼女は。


「というわけで、やっちゃおうかコトミ?」

「うん! やっちゃおー!!」


 当然、コヨミだった。本当に双子の姉妹みたいだ。仲良くなったのはいいけど、簡単に言えば強くなったコトミちゃんがもう一人増えたってことだ。

 それを相手にするのは、あの暴走した分身体達と戦うよりも苦かもしれない。


「ま、待った! 本当に悪かったって!!」

「問答無用!」

「突撃ー!」


 だけど、楽しそうで良かった。

 最初コヨミに出会った時、どこか寂しそうで、苦しそうな印象があった。それが今では、コトミちゃんと仲良く俺のことを追い掛け回している。

 ま、攻撃されながら追いかけられている俺としては止めてほしいのだが。


「更に分身!」

「二人合わせて、分身! 全部で十人だよ!」

「うわー、可愛い女の子達が一杯でうれしいなー」

『やっちゃえー!!』


 あっちの世界で例えるなら、まるで生前のバルトロッサが複数人いるようなもの。これはもはや特訓ではない。

 ただのリンチである。






・・・★・・・






 夏休み終了直前。俺は、久しぶりに卓哉さんが待つ社長室へ向かっていた。エレベーターの中から出るとそこにいたのはサシャーナさん。

 元気に手を振って俺に近づいてくる。


「どもです!」

「ははは。なんだか最初の時を思い出しますね」

「そうですねー」


 あの時は、この人が凄い人だとは思わなかった。第一印象は、コスプレをした人だったからな。それが社長秘書をしているだとか、部下を従えているだとか。

 こう見えて、仕事ができる人だとか。

 サシャーナさんのような人を、見かけで判断しちゃだめだって言うんだな。


「あ! 失礼なことを考えてますね!」

「いやそんなことはないですよ。さ、社長室に入りましょう」

「それは私の台詞です!」


 慣れたようなやり取りをしつつ、俺達は社長室へと入っていく。


「あっ! やっほー!」

「お、来たようだね」


 当然のように卓哉さんはいるとして、コトミちゃんもいるのか。ん? あそこにはいるのは。


「やあ。娘が増えたみたいで嬉しい限りだ」

「遅いよ、刃太郎」


 イズミさんが、コヨミを我が子のように抱き寄せている。その隣には、駿さんがにこやかな笑顔で立っていた。


「五分前には到着したつもりなんだけどな」

「十分前に来るべきだったね」


 それはそれは、今後気をつけるとしよう。


「いやぁ、まさか娘が増えるなんて思いもしなかったよ」

「いつでも出てこれるわけじゃないけどね」


 分身や、コヨミを表に出すだけでコトミちゃんに負担がかかる。


「ならば、出てきている今の内に! さあ、父の胸にどーん! と飛び込んでくるんだ!!」

「いやです」

「ごはっ!?」


 盛大に拒否られ、血反吐を吐く勢いで苦しみ倒れる卓哉さん。どうやらコヨミはイズミさんのほうがいいようだ。

 倒れた父を、コトミちゃんは近くに置いてあった筆ペンで突いた後落書きをしていく。


「卓哉。倒れている場合ではないぞ。今日は、とても大事な日なのだからな」

「おっと、そうだった」


 額に肉と書かれ、左目には丸を書かれた状態で何事もなかったかのように立ち上がる卓哉さん。サシャーナさんはくすっと笑うがそれでもお構いなしに話を進める。

 コトミちゃんは、俺の隣に移動しコヨミも逆隣に。


「威田刃太郎くん。夏休みの間の教育係。引き受けてくれてありがとう。君を最初に見つけた時、僕はかなりのやり手だと思っていたけど。予想以上の成果だったよ。コトミは力を完全に制御してうえ、娘が増えた! とても喜ばしいことだ!!」

「いえ。俺は俺に出来ることを精一杯やっただけですから」

「謙遜をすることはない。君はとても優秀だ。その力をこのままにしておくのがもったいないぐらいの」


 天宮家で働けたことは とても嬉しいことで、とても名誉なことだ。日本で、いや世界でも有名な天宮家で働けるなんて人生の勝ち組み。

 周りに自慢できることだ。


「本当にありがとう。君がいなかったら娘は。いや世界も危なかった。教育係としての契約は今日で終わりだが。君のことは全力でこれからサポートしていくことをここに誓う。何かあった時は、すぐ僕達を頼って欲しい」

「君の頼みなら、私達は喜んで引き受けるつもりだ」

「お金をくれー! とかでもオッケーですよ!」

「さすがにそれは」


 サシャーナさんがとんでもないことを言い出す。

 金を貸してほしいならともかくとして、くれは無理でしょ、普通に考えて。


「大丈夫だ。なんなら、今から二百万ほど払おうか?」

「マジですか!?」

「君になら構わないよ?」

「……いえ、大丈夫です」


 ください! と言いそうになるが欲を抑えて俺は断る。


「まあ、冗談なんだかな」

「冗談、なんですか」


 それはそれで残念な気持ちになる。でもまあ、前金で百万。そして今回のアルバイトの給料として、とんでもない額の金が振り込まれていたからな。

 しばらく、安泰と言ってもいいだろう。


「もし、就職したいなら言ってくれ。君なら面接なしで受け入れるから」

「え? で、でもここの仕事って結構学力が要りますよね?」


 天宮はマルチで活躍する会社だ。日本だけじゃなくて、海外のほうでも。

 働いている皆が、結構な学歴を持っていると聞いている。いくらなんでも、高校中退程度の学力じゃ、就職しても足手纏いになるに違いない。

 力仕事関係なら、問題ないんだけど。


「就職と言っても、当社で働くんじゃない。働き先は、天宮家だ」

「そこで、駿と同じか似たような仕事をしてもらう。まあ、言うなれば教育係となんら変わらないってことだ」


 そういうことか。だったら、なんとかなりそうだ。


「お誘いしてくださりありがとうございます。でも、しばらくは平凡に暮らしたいと思っています。正直めちゃくちゃ疲れました」

「そうか。まあ、すぐにとは言わない。僕達はいつでも歓迎するからね。今は、ゆっくり体を休めてくれ。娘を、世界を救ってくれた英雄」

「……はい」


 英雄か。こっちでは平凡に暮らそうと思っていたのに、いつの間にかすごいことになってしまったな。

 この経験から、もう平凡に暮らしていけないんじゃないかって思ってきた。

 卓哉さんとの会話も終わり、俺は自宅へと帰るべくリムジンに乗っている。

 隣では、コトミちゃんとコヨミが楽しそうにオセロで遊んでいた。


「角取ったぁ!」

「むっ。やっぱり、強いねコトミ」

「そりゃ私直伝ですから!」

「でも、サシャーナはロッサに負けてるけどね!」

「そ、それは言わないでください! あの人が強すぎただけなので!」


 リムジンの中は一段と賑やかなものだった。

 マンション前に到着し、これで一度お別れとなる。だが、またいつでも会える。俺は明日からまた山下書店で働きながら、ゆったりと平凡な暮らしを過ごす。

 天宮との関係をそのまま維持できたのはかなり喜ばしいことだ。


「それじゃ、俺はこれで。コトミちゃん、元気で。コヨミも暴走するなよ?」

「暴走した時は、また君が助けてくれるんだよね? 英雄様」

「英雄は止めてくれ。だけど、いつでも助けてやる。友達だからな」


 それを聞いたコヨミはコトミちゃんの耳元で何かこそこそと話している。コヨミの提案を聞いたコトミちゃんは一瞬驚きはしたが、元気よく頷く。

 二人は、同時にリムジンから降りて俺の目の前で立ち止まる。


「刃太郎。ちょっと」

「ん? なんだ?」


 コヨミの手招きに俺は膝を折る。

 二人と同じぐらいの視線で待っていると、背後から舞香さんと有奈が近づいてくる気配と足音が。どうやら出迎えてくれたようだ。


「それ!」

「えいや!」


 刹那。

 コトミちゃんとコヨミは俺に抱きつき、そして。


「おにい……え?」

「あらまあ」

「おおお!!」


 右頬はコトミちゃん、左頬はコヨミが……キスをした。有奈は思考停止したように固まり、舞香さんは口元を手で覆って驚く。

 もっとも近くで見ていたサシャーナさんは、なぜかカメラを手に取り出してシャッターを切ろうとしている。

 しかし、それは咄嗟に発動させた魔法により水をぶっ掛けることでサシャーナさんを妨害した。

 車内で目があああ!? と転げまわっているのを見詰めながら俺は両頬から離れていく二人へと声をかけた。


「え、えっと。これはどういうこと、なのかな?」

「お礼だよ。僕達からの」

「こ、こういうお礼は初めてだったけどうまくやれた、かな?」


 さすがのコトミちゃんも恥ずかしかったようで、頬を赤く染めている。


「本で読んだことあるんだ。活躍した英雄には、お姫様からキスがプレゼントだって」

「いったいどんな本だよ……まったく、おませな子達だ」


 一瞬でもどきっとしてしまった。

 不覚だ……。


「それじゃ今度こそまたね。ほら、コトミも」

「う、うん。また会おうね! 刃太郎お兄ちゃん!!」

「目がああ!?」

「大丈夫? サシャーナ」


 リムジンは走り出す。その後も、元気よく手を振ってきたので俺は返す。が、背後から、いや周りから感じられる気配に俺は冷や汗を流す。


「お兄ちゃん……や、やっぱりそ、そういう関係だったの?」


 なんて威圧感だ。

 この俺が圧倒されるなんて。


「あ、有奈さん? なんだか目が怖いっすよ? あれはほら、お礼って言っていたじゃないっすか。それに、子供のやることっすから! ね!? 舞香さん!!」


 舞香さんに助けを求めるが、舞香さんはただ後ろでふふっと笑顔を作るだけだった。


「どうでしょうね。あれは、結構本気だったと思うけど」


 これからどうしよう、そう思っていたところに。


「かかか華燐! やっぱり、刃太郎さん小さい子のほうが!!」


 そこへリリーと華燐までが今の現場を目撃していたようだ。リリーはあまりの衝撃に、持ってきた手提げ鞄を落とし、華燐に寄りかかっている。


「だ、大丈夫だよリリー。さっきのはそういう意味じゃないって刃太郎さんも言ってたじゃない。そ、そうですよね?」


 リリーを支えながら華燐は問いかける。俺は全力で首を縦に振った。


「だが、あれは少なからず好意のようなものがあったと我は思うな。刃太郎よ。この世界では一夫多妻は無理だぞ? 選ぶならちゃんと選ぶのだな」


 ことをややこしくするように現れるロッサ。

 この魔帝め……だから、お前は空気を読めとあれほど。


「ロリコンか。これは社会的に抹消しないとだめだな。バルトロッサ様、今俺が警察に連絡をします」

「お前にだけは言われたくない!!」

「俺はロリコンじゃない!!」


 反論する光太だが、それはどうだろうな。というか、会社はどうしたんだ。この時間帯だとまだ会社にいる時間だろうが。


「はい! 皆集まって! これから緊急会議を始めます! 議題は、お兄ちゃんの今後について!!」


 決意が宿った瞳で、有奈は叫ぶ。

 それは混乱しているリリーと華燐をも落ち着かせた。


「異議なし!」

「まったく。ほどほどにね?」

「面白そうだな。我も参加しよう」

「それじゃ、うちに集合ー!」


 そして、舞香さんの掛け声に有奈達はマンションへと向かっていく。唖然としている俺の肩に光太は手を置きふっと笑う。


「覚悟したほうがいいぞ」

「俺は違うんだ……」


 もう涙が出てきそうだ。平凡は訪れるんだろうか……。

というわけで、第三章完結! リアルでは、まだ暑い日が続いていますので皆さん熱中症などお気をつけて!


次の第四章についてですが……第三章よりもファンタジー色が濃くなるかもしれません。

と言っても、ジャンルがローファンタジーなのであまり濃くしないように気をつけるつもりです。

では皆さん! 第四章をお楽しみに!

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