第三話「子供な神獣様」
「ふわぁ……それにしても、人間はどこも変わらないね。未知を求めて探求を続ける。こんな朝早くから、この山に何十人もの人間達が入ってきた。あ、中には普通の人間じゃない者も混ざっているけどね。君の、知り合いなんだろ?」
それは、コトミちゃんやコヨミ、サシャーナさんのことだろうな。ゆっくりと俺の下に近寄り、その触り心地がいい毛を俺に擦り付けてくる。
俺は頭を強めに撫でながら、説明を始めた。
「いいか。その人間達は、お前を探しているはずだ。世の中では、お前が新種のUMA。未確認生物だと認識されている」
「へぇ。そうなんだ」
そうなんだじゃないぞ、まったく。
あぁ……こいつは、今の肌寒い時期にはかなり重宝されるだろう。こいつの毛が、すごく温かくまるで毛布の包まれているようだ。
「お前は、いったいここで何をしていたんだ?」
「んー? えっとね、僕ってさ。人の優しさのエネルギーを貰って。それを変換し幸福にする力があるのはわかるよね?」
「そりゃあな。ヴィスターラじゃ、お前は幸福を呼ぶ神獣様って呼ばれてるぐらいだからな」
フェリルは、世界中を駆け回り人々から優しさのエネルギーを貰うことができ。その貰った分だけ、人々に幸福にさせるエネルギーを撒き散らせている。
だから、こいつを祭っている人々はかなり多い。ただし、本当の優しさがないと無理なんだ。上辺だけの、幸福がほしいから仕方なく誰かに優しくしている。
そんな奴は、こいつが簡単に見抜いてしまう。だから、そいつには一向に幸福は訪れない。
「こっちの世界でも、そういうことをしようと思ってさ。でも、ヴィスターラと違って僕のような図体の多き獣が人の前に出たら大騒ぎになるよね?」
「まあ、確実にな。実際、この山でお前のことを見かけてUMA扱いされ大騒ぎになってる」
「僕も、見つからないように努力はしていたんだけどね。それね、見てよ!」
何かを見せてくれるようで、フェリルはエネルギーを集中させていく。
すると……あら不思議。
子犬サイズになってしまったではないか。これだったら、人前に出ても騒がれることはないだろう。額の宝石も綺麗になくなっているし。
「すごいでしょ? 今まで、小さくなることなんて考えたことなかったからさ。ちょっと苦労したんだぁ」
なるほど。この山にしばらくいたのは、小さくなる特訓をしていたのか。神獣と呼ばれたこいつでも、努力をしないとできないことがあるとは。
「ねえ。これからのことなんだけどさ」
そう言って、フェリルは元の姿に戻る。
だが、それはちょっと迂闊だった。
こちらに近づいてくる気配。しかも、これは。
「おーい! そっちはなんか見つかったかー!!」
藤原の声だ。あいつ、まだ五分経ってないのにどうしてこっちに。
「おい。もう一回小さくなれ!!」
「ごめん。まだ慣れてなくて、一回で十五秒ぐらいかかる」
十五秒。それはかなり長い。なぜなら、すでに藤原は茂みを抜けてこっちに来ようとしていたからだ。
ならば、仕方あるまい。
「刃太郎? こっちにいるのか?」
「すまん!」
フェリルの姿を見られる前に、俺は藤原の背後に回りこみ魔力の波動を飛ばし、衝撃を与えることで気絶させた。
倒れる藤原を受け止め、俺はその場に寝かせる。
「ふう……なんとかなったか」
「乱暴だね、友人なんだろ?」
「誰のせいだと思ってるんだ、誰の」
俺は、すぐスマホを取り出し。電波があることを確認。電話帳から駿さんを選び電話をかける。
『はい、駿です。どうされましたか? 刃太郎様』
コール一回で出てくれる。頭を掻き、倒れている藤原を見た後、フェリルを見て。
「すみません。ちょっとコトミちゃん達と一緒にこっちに来てくれますか?」
それから、数分後。
俺は魔力を体から出し、コトミちゃん達のことを導いた。到着したコトミちゃん達は、まずフェリルのことを見てびっくりするもあっという間に慣れてしまう。
「なるほど。こちらの神獣をどうするか、ですか」
「正直、ニィに頼んでヴィスターラに帰すって考えたんだけど」
「僕はいやだ!! もっと地球にいたい!!」
「とまあ、図体に似合わず中身が子供でして」
「魚肉ソーセージ食べる? おいしいよ」
「食べるー」
「非常にいい毛並みだね。それに、乗り心地も最高だよ」
「でしょー」
本当に、ただの図体のでかい犬にしか見えない。コトミちゃんやコヨミとはすっかりと打ち解けている様子。同じイヌ科だから、という理由はどうかと思うがどこか似た雰囲気があるからすぐ仲良くなれたんだろうな。
「正直、俺のところはペット禁止だから無理なんですよ。華燐のところは、なんかリフィルのことがあるから頼みにくくて。リリーのところも考えたんですが」
「じゃあ、うちで飼おうよ!」
「そうだね。うちには広い森があるし、住んでいる人達も絶対受け入れてくれるはずだよ」
そう言ってくれると嬉しいが、なんだか頼りっきりだな天宮家に。
「先ほど、卓哉様とイズミ様に確認を取ったところ快く承諾してくださいました!!」
「はやっ!?」
「では、フェリル様がこちらで引き取るということで」
「やったー!!」
と、フェリルが喜び。
「やったー!!!」
コトミちゃんが喜んだ。
「よろしくね、同じ犬同士」
一応、イヌ科だけど、君はきつねでしょうが。フェリルも、犬より狼。いや、神獣だからそういう存在とはちょっと違うんだけど、まあ細かいことはいいか。
フェリル自身はまったく気にしていないようだし。
「ですが、これほど大きいとヘリを手配して運ぶしか」
「ヘリだと目立つんじゃないですか?」
「心配要りませんよ。そいつ小さくなれるらしいんで」
「それは助かるけど、電車や新幹線などにペットを乗せる場合は、ケージに入れないといけないんだけど」
なるほど。こいつを入れるケージがないのか。
「じゃあ、これが一番手っ取り早いな」
俺は再びスマホを取り出し、電話帳からニィを選択。
通話ボタンを押すと、コール一回なる前に出てくれた。
『はい。刃くんのニィーテスタなのです』
とりあえず、いつも通りのことなので無視する。
「ニィ。ちょっと今いいか? こっちに来てほしいんだけど」
『了解なのですー』
事情を聞いてからそういうことを言うもんだろ、と思ったところで。
「来たのです」
「……ご苦労様」
もはやこのスピードにも慣れてしまった。ニィは、次元ホールで到着するとすぐにフェリルを見て、なるほどーっと状況を理解してくれた模様。
「この犬をヴィスターラに帰せばいいのですね」
「ええ!?」
「その通りだ」
「ええええ!?」
「嘘だよ」
「よ、よかった……」
本当に、反応が子供だなこのお犬様は。それから、俺はニィに詳しく事情を話した。
「なるほどなるほど。まあ、事情は理解したのです。今から、私がオージオ様に確認を取ってくるとして。まずは、天宮家の敷地内に送るのです」
「頼む。俺は、友達と一緒に帰るから帰りは夕方になると思うから」
「お夕飯を作って待っているのです。ささ、天宮家の皆さんとフェリルはこっちなのですよ」
再び次元ホールを開き、コトミちゃんコヨミ、サシャーナさん、駿さんと次々に入っていく。俺は、気絶している藤原を背負いながら集合場所に行こうとしたのだが。
フェリルに声をかけられる。
「あ、そうだ刃太郎」
「なんだ?」
「僕が感じた限りだけど。この地球、ちょっと面白いことになっているみたいだね」
それは、帰還してきてからずっと思っていたが。
神獣様がわざわざ言うことだ。
まだこの地球で何かが起こっているってことか。
「そうだな。毎日が刺激的で、疲れるけど。退屈せずに済んでるよ」
「ほら、何をしているのです。早くしないと、ヴィスターラに強制送還しちゃうのですよ」
「わー! ごめんなさい! 今いくからぁ!?」
その後、芳崎と合流した俺は気絶した藤原のことを軽く説明して山を降りた。結局、新種のUMAを見つけられなくて藤原は残念がっていたが、帰りの新幹線の中でこう言ったのだ。
「そういえば、高速で動く何者かが俺のことを気絶させたような……まさか、新たなUMA!?」
すまん、それ俺なんだ。
と言えるはずも無く、俺は来る時と同じく景色を眺め続けていた。




