その気で変身
時刻は10時半。
伊勢野家の庭には、ジャージ姿の真平と沙羅、そしてなぜか磯貝萌香が並んで立っていた。
彼らの前には、ツインテールを揺らしながら、シャオが両手を腰に当てて立っている。
そして、縁側には腕を組んで座る伊勢野巫鈴——明らかに見張るつもりでいる。
「パォ~♪ では、 ‘気’ の調査を始めるです~♪」シャオが両手を叩いて宣言する。
「……なぁ、俺は ‘見張りの補佐’ ってことで良くないか?」 真平はジャージの裾を引っ張りながら、面倒そうに言った。
「ダメよ、お兄ちゃん。」巫鈴が即座に釘を刺す。
「昨夜の騒動の元凶が ‘文化部の武道家化’ なら、しっかり ‘調査’ させてもらうわ。」
「パォ~♪ それに、真平先輩も ‘気’ の流れを調べないといけません~♪」
シャオが微笑みながら言う。
「おい、俺 ‘気’ 使えねぇからな?」
「パォ~♪ でも、夢で ‘韓信’ の記憶を見たんですよね~?」
「それと ‘気’ になんの関係があるんだよ!?」
「パォ~♪ ‘英雄の魂’ は ‘気’ と繋がっていますから~♪」
「んなオカルト信じねぇよ!!!」
「パォ~♪ では、まず ‘体のエネルギー’ を測るです~♪」
「……で、なんで萌香がいるんだ?」真平はようやく、横でやる気満々の萌香に気がついた。
「えへへっ、お姉ちゃんが ‘戦士の体’ になっちゃったから、私も ‘強くなりたい!’ って思って!」萌香は拳を握りしめながら、目を輝かせている。
「いや、お前まで ‘武道家化’ しなくていいからな!?」
「パォ~♪ じゃあ、まず ‘気’ の流れを感じてもらうです~♪」シャオは、両手を胸の前で合わせて、すうっと息を吸い込んだ。
「みなさんも ‘気’ を感じてみるです~♪」
「えっ、どうやんの?」萌香が首をかしげる。
「パォ~♪ 手を前に出して、ゆっくりと ‘押すように’ 動かすです~♪」
言われるがままに、萌香、沙羅、そしてしぶしぶ真平も手を前に出す。
「パォ~♪ そこに ‘空気の壁’ を感じたら、それが ‘気’ です~♪」
「……空気の壁?」
真平は半信半疑のまま、手をゆっくり押し出してみる。
何も感じない。ただの空気だ。
「……何も感じねぇんだけど。」
「パォ~♪ では、 ‘気’ を送りましょう♪」
シャオがゆっくりと真平の手の前に手をかざすと——。
「……!? ん?」
真平は微妙に ‘手が押し返される’ ような感覚を得た。
「えっ!? なんか ‘ふわっ’ てした!!?」萌香も驚いて手を動かす。
「パォ~♪ これが ‘気’ です~♪」シャオがにこにこと微笑む。
「お前、マジで ‘気’ 使えるのかよ……!?」
「パォ~♪ 台湾の ‘伝統武術’ では ‘気’ はとても大事なものです~♪」
「……なにそれ、 ‘文化部’ ってそんな ‘修行’ する部活だったっけ……?」沙羅が冷静にツッコむ。
「パォ~♪ では、沙羅先輩の ‘気’ を調べます~♪」
「よし、来い!!」沙羅が意気込む。
「パォ~♪ では ‘気の押し合い’ をやってみましょう♪」シャオは沙羅の手の前にそっと手をかざした。
「パォ~♪ では ‘お互いに押す’ ように意識してください~♪」沙羅が力を込める。
——ボンッ!!!
「えっ!!?」
シャオがその場で少し後ろに吹っ飛んだ。
「パォ~~~!?!?!? つ、強すぎるです~~!!!」
「えっ、おい、大丈夫か!?」真平が慌ててシャオの方へ駆け寄る。
「パォ~……! 沙羅先輩の ‘気’ 、めちゃくちゃ強いです~~!!!」
「……私、 ‘戦士’ じゃなくて ‘達人’ になってきてない?」沙羅が冷や汗をかきながら呟いた。
「お姉ちゃんすごい!!!」萌香が目をキラキラさせながら拍手する。
「その ‘気’ とか ‘気功’ で、このマッチョな体型、なんとかできない?」
沙羅は自分のガチガチに鍛え上げられた腹筋を撫でながら、切実な眼差しでシャオに尋ねた。
シャオは一瞬考え込むと、「パォ~♪ ‘気’ で筋肉をコントロールする方法もありますよ~♪」と答える。
「ホントに!? それ教えてよ!」沙羅が食いついた。
「パォ~♪ でも、その前に ‘呼吸法’ をしっかり身につけることが大事です~♪」
「……え? 呼吸法?」
「パォ~♪ ‘気’ の流れを意識するためには、 ‘丹田呼吸’ が必要です~♪ 体の中心にある ‘エネルギーの源’ に意識を向けるのです~♪」
「はぁ……めんどくさそう……。」沙羅が頭をかく。
「パォ~♪ でも ‘強い人’ は、みんな自然とやってるですよ~♪ 沙羅先輩も、無意識に ‘気’ をコントロールしているかもしれません~♪」
「それって、つまり ‘私は本当に戦士’ ってこと?」
「パォ~♪ そうかもしれません~♪」
「いや、ダメだろそれ!!!」真平が即座にツッコむ。
「おい、沙羅、マジで ‘文化部’ やめて ‘武道の道’ に進む気か!??」
「ちょっと待って、それはまだ考えてない!!!」沙羅が慌てて手を振る。
「パォ~♪ では、 ‘戦士’ ではなく ‘文化部流気功法’ を試してみましょう~♪」シャオはすっと手を前に出した。
「パォ~♪ まずは ‘呼吸’ に意識を向けるです~♪ 息を吸って……ゆっくり吐く~♪」
「……ふぅ~……。」沙羅は真似して呼吸する。
「パォ~♪ そして、 ‘気’ を体の外に流すように……。」
「……ん?」沙羅が少し目を見開いた。
「なんか、体が軽くなったような……?」
「パォ~♪ そう、それが ‘気の流れ’ です~♪ これをマスターすれば ‘気’ を意識的に制御できるようになります~♪」
「……!」沙羅が驚いたように自分の手を見つめる。
「つまり、これを極めれば ‘自分の筋肉をコントロール’ できるってこと?」
「パォ~♪ その通りです~♪」
「……! じゃあ、もうちょっと ‘気’ について教えて!!!」沙羅の目がギラギラし始めた。
完全に置いてけぼりの真平・萌香・巫鈴は真平の部屋でゲームで遊んでいると、沙羅が「真平見て!」とジャージを脱ぎ捨てタンクトップ姿になるとそこには、以前と変わらないモデル体型の沙羅がいた。
「……は?」真平は思わずコントローラーを落とした。
「お姉ちゃん……元に戻ってる……!?」萌香が驚いたように沙羅のタンクトップ姿を見つめる。
「パォ~♪ ‘気’ のコントロールに成功しましたね~♪」シャオが満足そうに頷く。
「すごい!! 本当に筋肉が消えた……!?」巫鈴まで目を丸くしている。
沙羅は自分の体を見下ろしながら、しばらくの間、無言で確認していた。
そして、腕やお腹を触りながら、ゆっくりと実感が湧いてきたのか——
「やったぁぁぁぁぁ!!!」突然、大歓喜の叫びを上げた。
「これよ! これが ‘私’ よ!!」沙羅は嬉しそうにくるりと一回転して、元のスレンダーな体型を堪能する。
「いや、すげぇな ‘気’ って……本当にそんなことできるのかよ……。」真平はまだ現実を受け入れきれず、ぽかんと口を開けている。
「さぁどんどん食べて♪」
午後1時を少し過ぎた磯貝亭の奥のテーブルには、ご機嫌な表情でお好み焼きを焼く沙羅。
その向かいでは、驚異のスピードで次々とお好み焼きを平らげていくシャオ。
そして、若干引き気味の表情でその光景を見つめる真平、萌香、巫鈴。
「パォ~♪ おいしすぎます~♪」シャオは幸せそうに頬を緩めながら、箸を止める気配もなく次の一枚に手を伸ばす。
「ほら、あんたたちもどんどん食べてよ!」沙羅がフライ返しを片手に、どんどん焼き上げていく。
「いや、もう十分だろ……。」真平はすでに二枚食べ終え、胃をさすりながら苦笑する。
「パォ~♪ まだまだいけます~♪」シャオは3枚目を完食し、すでに4枚目に突入していた。
「……この子、どこに入ってるの?」巫鈴が呆れたようにシャオの小柄な体を見つめる。
「シャオちゃん、食べるの早いね……。」萌香は尊敬の眼差しで見つめている。
「パォ~♪ 磯貝亭のお好み焼きは、 ‘気’ もこもっているから、いくらでも食べられます~♪」
「いやいや、 ‘気’ で消化スピード上げるとかないからな!?」真平が即座にツッコむ。
「ほら真平、そんなこと言わずに ‘戦士の相棒’ ももっと食べなさい!」沙羅がドンッと目の前に新しいお好み焼きを置く。
「いや、もう ‘戦士’ の称号は捨てたつもりなんだけど!?」
「ダメよ、 ‘気のコントロール’ には ‘エネルギー’ が必要なんだから!」
「……それ、文化部の活動とは関係ないよな?」
「細かいことは気にしない!」
「パォ~♪ いただきます~♪」シャオはすでに5枚目に突入していた。
こうして、磯貝亭 ‘お好み焼き修行’ はまだまだ続くのだった——。




