戦士の寝床
翌朝——。
「パォ~♪ 」
シャオが伊勢野家の玄関先に立っていた。応対したのは真平の母・香織。
「あら、真平のお友達ね。朝早くからいらっしゃい♪」
香織は優しく微笑みながら、シャオを家の中へ案内する。
「パォ~♪ お邪魔します~♪」
「真平なら、まだ寝てるわよ。よかったら部屋で待っててね。」
「パォ~♪ ありがとうございます~♪」
シャオは礼儀正しくお辞儀をしながら、真平の部屋へ向かった。
ガチャ。
ドアを開けると——
真平、爆睡中。
「……パォ~♪ まだ ‘気’ を貯めてるんですね~♪」
シャオはベッドでぐっすり寝ている真平を見つめながら、興味深そうに頷いた。布団をがっつりかぶり、スースーと穏やかな寝息を立てている。
「パォ~♪ ‘戦士’ の朝は早いはずなのに~?」
シャオは小首をかしげた。
彼女は興味津々で真平の部屋を見回す。
「パォ~♪ ここが ‘戦士の寝床’ ですね~♪」
壁にはポスターや本棚が並び、机の上にはノートや文房具が雑然と置かれている。
床には昨夜のスナック菓子の袋が転がっており、そこには「夜更かしの証」が散らばっていた。
「パォ~♪ なんか ‘文化部っぽいもの’ が全然ないですね~?」
そこにあったのは、勉強道具、ゲーム、雑誌、そしてスナック菓子の袋。確かに、昭和文化を研究する部活の一員の部屋とは思えない。
「パォ~♪ これはまるで ‘普通の男子高校生の部屋’ ですね~♪」
そんな中——
真平が途中で作るのを諦めたらしいプラモデルを見つけた。
「パォ~♪ これ、途中で放置されてますね~♪」
彼女は箱の中を覗き込み、部品の配置を確認すると、迷いなく組み立てを始めた。
細かいパーツを手際よくはめ込み、説明書を軽く流し読みしながら、シャオの指はまるで職人のように動いていく。
「パォ~♪ これ、作るの楽しいですね~♪」
そんな中——
「……んん……?」
布団の中から真平がもぞもぞと動き出した。まぶたを重たそうにこすりながら、寝ぼけ眼であたりを見渡す。
「……ん? なんか……?」
ぼんやりとした頭で思考を巡らせながら、視線を部屋のテーブルへ向ける。
——そこには、いるはずのないお下げ髪が揺れる姿が。
「……は?」
一瞬、自分の目を疑った。
「……って、うおおおおおおおおい!!! なんでお前がいるんだよ!!?」
真平は布団を跳ね飛ばし、上半身を勢いよく起こした。
「パォ~♪ おはようございます~♪」
シャオはにこにこと微笑みながら、手元のプラモデルをくるっと回して見せた。
「いやいやいやいや!!! なんで俺の部屋で勝手にプラモデル組み立ててんだよ!!?」
「パォ~♪ 途中で放置されてたので、完成させてあげてます~♪」
シャオは器用にパーツを組み合わせながら、楽しそうに作業を続ける。
「……いや、確かに途中で放置してたけど……って、そうじゃなくて!! なんで朝っぱらから俺の部屋にいんだよ!!?」
「パォ~♪ 今日は ‘戦士の修行’ をする日ですから~♪」
「……は?」
真平の思考が一瞬で停止する。
「パォ~♪ 昨日、 ‘文化部の武道家育成化’ について話しましたよね~♪」
「してねぇよ!!! そんな話してねぇよ!!! つーか ‘文化部の武道家育成化’ ってなんだよ!!?」
「パォ~♪ 文化部の ‘活動の幅’ を広げることですよ~♪」
「文化部の ‘活動の幅’ って、普通は ‘新しい昭和の資料を探す’ とかだろ!! なんでいきなり ‘武道家育成’ なんだよ!!?」
「パォ~♪ 文化部も ‘体が資本’ ですからね~♪」
「いや、それは違うだろ!!! 昭和文化を研究するのに ‘戦士の体’ は必要ねぇだろ!!!」
完全に混乱する真平の横で、シャオは手際よくプラモデルの最後のパーツをはめ込んだ。
「パォ~♪ 完成しました~♪」
彼女は嬉しそうに完成したプラモデルを持ち上げる。
「いや、普通にすげぇな……! でもおまえこんな朝早くに何しに来たんだよ!!?」
真平は思わず見入ってしまった。細かいディテールまでしっかり仕上げられたRG1/144 ガンダムは、もはや職人の域だった。
「パォ~♪ 沙羅先輩の ‘戦士の体’ の真相を探るためです~♪」
「だから、それが問題なんだよ……。」
真平はようやく落ち着いて椅子に座り、頭を抱えながらため息をついた。
「沙羅が急に ‘バキバキ戦士化’ してるのは確かにおかしいんだけど……それを ‘気’ で解決できるのか?」
「パォ~♪ もちろんです~♪ ‘気’ は ‘力’ ですから~♪」
「お前、もしかしてマジで ‘武道家育成部’ みたいなこと考えてる……?」
「パォ~♪ 文化部は ‘精神と肉体の調和’ を大切にする部活ですから~♪」
「それもう ‘昭和文化部’ じゃなくて ‘カンフー道場’ じゃねぇか!!!?」
「パォ~♪ じゃあ、さっそく ‘気’ の調査に行きましょう~♪」
「いや、待て待て待て、俺まだ起きたばっか——」
ドンドン!!!
「お兄ちゃーん!! シャオちゃんいる!? なんかすごい音が聞こえたけど、まさかまた ‘夜中の騒ぎの続き’ じゃないでしょうね!?!?」
「うおぉぉぉぉ!!? まずい!!」
バンッ!!!!
そこには、完全にブチ切れた伊勢野巫鈴が立っていた。
「お兄ちゃん!!! また ‘文化部の騒動’ に巻き込まれてるの!!?」
「何度も言うけど文化部は ‘武道部’ じゃないのよ!!!!!!!」
伊勢野家の朝に、巫鈴の絶叫が響き渡るのだった——。




