花村家の家庭事情
夏祭りの賑わいもひと段落し、文化部メンバーは再び 花屋の温泉 へと向かった。祭りの熱気でほてった体を、湯船でゆったりと癒す時間。
「ふぅ~……やっぱり温泉って最高ね……!」琴美は満足げに伸びをしながら、肩まで湯に浸かる。
「パォ~! これで疲れも吹っ飛びますね~!」シャオはバシャバシャとお湯をはねながら大喜び。
「シャオ、あんまり暴れないの!」沙羅が眉をひそめるも、微笑ましそうに見守る。
「えへへ~♪ これが日本の“お風呂文化”ですね~♪」美優はほんわかした笑顔を浮かべながら、のんびりとお湯をすくう。
「……温泉、思った以上に気持ちがいいですね」湯気の向こうで静かに目を閉じる博美。
その表情は穏やかで、心からリラックスしているようだった。
「会長、すっかり温泉にハマったわね?」沙羅がクスッと笑いながらからかうと、博美は少し顔を赤らめながら 「そ、そんなことは……」 とそっぽを向いた。
一足早く湯を上がった琴美は、浴衣に着替え、旅館の中庭へ。
ふぅっと息をつきながら歩くと、心地よい夏の夜風が肌をなで、月明かりが池を照らしていた。
「うん、やっぱり温泉旅館っていいわね……昭和の雰囲気、最高……!」
しみじみと呟いた、その時。
「琴美さん」
ふと声をかけられ、琴美は振り向く。そこに立っていたのは、美優の祖母 花村康江。
「……あっ、おばあちゃん!」琴美は驚きながらも、すぐに丁寧に頭を下げた。
「こんばんは~! 旅館にお邪魔してます!」
康江は優しく微笑みながら、琴美の前に歩み寄る。
「こちらこそ、いらしてくださってありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ! 温泉も最高だし、お祭りもすごく楽しかったです!」
琴美がにこにこと話すと、康江は穏やかに口を開いた。
「実はね……お礼を言いたくて」
「……お礼?」琴美は首を傾げる。何か特別なことをした覚えはなかった。
康江は優しい目をしながら、こう続けた。
「美優がね……あなたと文化部のみんなに出会って、とても楽しそうにしているのよ」
「……え?」
「昔から、あの子はほんわかしていて、おっとりしていたでしょう?」
「ええ、すごく癒し系ですよね!」
「そうね。でもね……少し心配だったのよ」
康江の声には、わずかに寂しげな響きがあった。
「美優は、おっとりしているけれど……それが時々、“人に流されやすい”ってことにも繋がるの。自分の意見をはっきり言うことが苦手な子だったのよ」
琴美は黙って康江の言葉を聞く。
「でもね、あなたたちと一緒に過ごすようになってから、美優は変わったのよ」
康江はふんわりと微笑みながら、琴美の顔を見つめる。
「今の美優は、自分の気持ちを少しずつ言葉にできるようになってきたの。楽しいことがあると、目を輝かせて話してくれるし、文化部の活動のことを家でもよく話してくれるのよ」
「……そっかぁ」琴美は嬉しそうに頷いた。
「美優が何かに夢中になっている姿を見るのは、私たちにとっても嬉しいことなのよ。だから、琴美さん……本当にありがとう」
そう言って、康江は琴美の手をそっと握った。
「これからも、美優のことをよろしくね」
琴美は少し驚いたが、すぐに力強く頷いた。「もちろんです!! だって、美優は文化部の大事な仲間ですもん!」
その言葉に、康江は満足そうに目を細めた。「ありがとうね」
「おばあちゃん、琴美ちゃんとお話?」旅館の奥から、美優の母・由香が顔を出した。
「ええ、少しね」
「そろそろお夜食の準備ができるから、みんな呼んできてもらえる?」
「え!? 夜食があるんですか!?」琴美の目がキラキラと輝く。
「ふふ、旅館に泊まるなら、夜食ぐらい用意しないとね」由香が優しく微笑むと、琴美は勢いよく飛び上がった。
「やったー! じゃあ、みんな呼んできますね!」
「……本当に元気な子ね」康江はくすっと笑いながら、由香と顔を見合わせる。
「ええ。琴美ちゃんがいると、場の空気がパッと明るくなりますね」
「それに、あの子がいてくれたおかげで、美優も少しずつ自分の意見を言えるようになってきたわ」
「そうですね……美優は昔から、何事も『みんなに合わせる』ことが多かったですから」康江はふっと遠くを見つめ、優しく語る。
「でも、琴美さんたちといる時の美優は、とても自然体で、何より楽しそうだわ」
「……ええ、本当に」由香も、嬉しそうに頷く。
浴衣の袖を翻しながら、琴美は旅館の奥へと駆けていった。
温泉の脱衣所に駆け込み――
「みんなー!! 夜食よ!!!」
「パォォォォ!!? それは行くしかないです~!!!」
シャオが飛び上がるように反応した。
「えぇぇ!? また食べるの!? さっきまでお祭りであんなに食べたのに!?」
沙羅が呆れながらも、どこか楽しそう。
「お祭りの食べ物は“遊び”! 旅館の夜食は“癒し”よ!!」
琴美は胸を張って力説する。
「えへへ~♪ でも、夜食って特別感がありますよね~♪」
美優がほんわかした笑顔を浮かべる。
「……確かに、夜食を食べるのは久しぶりですね」
博美もそっと頷く。
花屋特製夜食メニュー
だし巻き卵(ふんわりジューシー!)
温泉旅館のおにぎり(お漬物&焼き鮭付き)
温かいお味噌汁(ほんのりゆずの香り)
ほんのり甘い湯上がり牛乳プリン
「うわぁぁぁぁ!! めっちゃ美味しそう!!!」
文化部の夜は、最後の最後まで 美味しく、楽しく、更けていったのだった ――。




