映画のような故意をしたい
琴美が浴槽に向かおうとするとスマホに着信があった。見てみると、両親から自治会の緊急メールを転送したらしく、内容は別荘近辺に別荘荒らしやキャンプ場でのテント荒らしが出現しているというものだった。
琴美はスマホの画面をじっと見つめながら、額に手を当てた。 「…まじか。泥棒が出るとか、ちょっとやばくない?」 普段なら大げさに騒ぎそうな琴美だったが、今回はさすがにその表情は真剣だった。みんなに余計な心配をかけさせることを恐れた琴美はとりあえず黙っていることにして浴槽清掃を始めた。
浴槽の清掃をしながらも、琴美の頭の中には「泥棒が出るかもしれない」という情報が渦巻いていた。さすがに一人で抱えるのは不安だったが、「みんなに言ったら騒ぎになるかも」と考え、様子を見ながら判断することにした。
ホッケーマスクを装備した真平は、荒れた雑草を次々と刈り取っていた。その姿はまるでホラー映画のキャラクターのようだが、本人は至って真剣だ。真平は草刈りの途中、ふと別荘の敷地内に目を向けた。その先には、自分たちのグループにはいない見慣れない人物が立っていた。中年の男で、帽子を深くかぶり、リュックを背負っている。その挙動がどこか落ち着かず、あたりをキョロキョロと見回している様子に違和感を覚えた。
(…誰だ、あれ?) ホッケーマスクの中で小声でつぶやく真平。そのまましばらく様子を伺っていると、男は別荘の裏側に歩いていこうとしているのがわかった。
真平は男の後をつけながら、どんどん別荘の裏手に近づいていった。男は別荘の窓の近くでしゃがみ込み、中を覗き込んでいる。
(…やっぱり怪しいな。) 真平は意を決して男に声をかけることにした。 「おい、あんた! ここで何してるんだ!」と言おうとしたが、ホッケーマスクごしで声にならなかった。
低いうなり声を聞いた男は驚いて振り返った。その瞬間、ホッケーマスクを装備した真平の姿を見て、「ギャー」と叫ぶと一目散に逃げだした。
(あっコラ!) 真平は草刈り鎌を振り上げて男を追いかけた。
男が叫びながら逃げ出す様子に、真平は思わず「待て!」と声を張り上げたが、ホッケーマスクのせいでくぐもった声になり、余計にホラーじみた雰囲気を醸し出してしまった。草刈り鎌を手にした姿も相まって、男は振り返ることなく全速力で逃げていく。
(…いや、ホッケーマスクで追いかける俺もどうかしてるな…) そう思いながらも、真平は男を逃がさないように必死で追いかけた。男は森の中へと入り込もうとしていたが、道路に飛び出しパトロール中のパトカーに助けを求めた。真平は途中で足を滑らせ、崖を滑り落ちて気を失ってしまう。周囲は木々に囲まれ、静けさだけが広がっている。
「…ん…」 真平は微かに意識を取り戻し、頭を押さえながら周囲を見回した。草や土にまみれた服を見て、状況を思い出す。 (とんでもない目にあったな) そう思いながら日が暮れているということは相当時間がたったことを確認し、急いで別荘に戻ろうとした。
別荘では、琴美たちが真平の姿が見えないことに気づき、騒ぎになり始めていた。 「真平、どこ行ったの?」 琴美が窓から外を覗き込むと、草刈りをしていた場所には中途半端に刈られた雑草の跡が残るだけだった。
「…嫌な予感がする。」 琴美は手をぎゅっと握りしめながら沙羅たちに声をかけた。 「ねえ、真平がいなくなったんだけど、誰か見てない?」 沙羅が驚いた表情で振り向き、「外にいたけど、どこか行ったのかもね」と答えた。
「パォ~! 真平先輩、どこ行ったんでしょう~?」 シャオは心配そうに首を傾げ、萌香も「ちょっと心配だね…」と小声でつぶやいた。
琴美はしばらく考え込んでいたが、ついに口を開いた。 「実は…さっき、泥棒が出るっていうメールを親から転送されてきたの。」
「は? 泥棒?」 沙羅が目を丸くし、他のメンバーも驚きの声を上げた。
「なんですぐ言わないの!」 沙羅は琴美を優しく叱った。みんなも同意していた。
「もしかして真平、誰か怪しい人を見かけて追いかけたんじゃないかって思うの。」 琴美は申し訳なさそうに視線を落とした。
「それ、早く探さないとやばいんじゃない?」 沙羅が真剣な表情で言い、全員が即座に動き出そうとした。
その時リビングの外から誰かが窓を叩く音に気付いた美優は「真平さん!」と期待しながらカーテンを開けた。そこには泥だらけの作業着にホッケーマスクをかぶった真平が鍵を開けてと必死にゼスチャーしている。
美優は一瞬固まりカーテンを閉めリビングの中央に来ると 、
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」 と力の限り叫んだ。
美優の悲鳴が響き渡り、リビングにいた全員が一斉に振り向いた。 「え、え、何!? 美優、どしたの!?」 琴美が驚きながら駆け寄る。
「ま、窓の外にホッケーマスクの人が…! 泥棒かもしれません…!」 美優は顔を真っ青にして震えながら訴えた。
「ホッケーマスク!? 嘘でしょ!?」 沙羅が慌ててリビングの窓に近づくと、外で泥だらけの真平が必死に窓を叩きながら手を振っていた。
美優に続いて全員の悲鳴がリビングに響き渡った。
「ギャーー!!!!!!!!!」
「パォー!!!!!!」
シャオの独特な悲鳴も混じり、リビングは一時騒然となった。萌香とシャオは抱き合って椅子の後ろに隠れ、琴美は武器になりそうな物を必死で探し、沙羅は冷静を装おうとしたが顔がひきつっている。美優は完全に腰が抜けていた。
外で窓を叩いている真平は、みんなの大騒ぎを見てため息をつき、ホッケーマスクを外そうとするが、滑り落ちた時に金具がおかしくなったのかうまく外れない。
真平はこの騒ぎの中で勇馬がいないのに気付き、彼になんとかしてもらおうと考え、すぐその場を離れた。
真平は、みんなの大騒ぎに呆れつつも、ホッケーマスクが外れない状況に焦りを感じていた。窓の外で必死に説明しても誰も聞いてくれないため、「勇馬なら冷静に対処してくれるかも…」と考え、別荘の裏手に回った。
勇馬は別荘の温泉を満喫していると風呂場の窓を叩く音に気付いた。
「先輩? 何やってんですか?」 窓の外に泥だらけのホッケーマスクをかぶった人物をすぐに真平と見抜くあたり、さすが勇馬であった。窓を少しだけ開けて問いかけた。
その問いに、真平は必死にジェスチャーで「俺だ!」とアピールする。頭を指差し、マスクを外そうとする仕草を見せながら、「助けてくれ!」という表情を浮かべた。
勇馬は湯船に浸かりながら窓の外の真平を見て、一瞬驚いたものの、すぐに状況を把握して苦笑した。 「先輩、なんでそんな姿なんですか?」 少しだけ窓を開けながら問いかけると、真平はジェスチャーを交えながら必死に説明する。頭を指差し、「マスクが外れない」と訴える仕草をする真平に、勇馬は「なるほど」と頷いた。
「ちょっと待っててください。今、上がりますから。」 そう言うと、勇馬は手早く湯船から出てタオルで体を拭き始めた。
バスローブ姿で外に出た勇馬は、泥だらけの真平を見て、再び吹き出しそうになるのをこらえた。 「先輩、なんでそんなことになったんですか?」 勇馬が苦笑しながら聞くと、真平は「怪しい奴を追いかけたらこうなったんだよ!」とやけになったように答えた。
「ホッケーマスクのままで追いかけたんですか?」 「それしかなかったんだよ!」 真平の返答に勇馬は再び笑いをこらえ、「まあいいです。マスク、外しましょう。」と言って作業に取りかかった。
勇馬は物置小屋から工具箱を持ち出し、ホッケーマスクの金具部分を調べ始めた。 「うーん、金具が歪んでますね。これ、外すのに少し時間がかかりそうです。」 真平は「早く頼む!」と急かしながらも、勇馬の慎重な作業を見守った。
数分後、勇馬が金具をうまく調整し、ついにホッケーマスクを外すことに成功した。 「よし、外れましたよ。」 勇馬がホッケーマスクを持ち上げると、真平は深々と息をつき、「助かった!」と感謝の言葉を述べた。
「でも先輩、泥だらけですし、その格好だとみんなに誤解されますよ。」 勇馬が指摘すると、真平は「あいつら、もうすでに大騒ぎだよ…」と肩を落とした。
勇馬は「とりあえずみんなにちゃんと説明しましょう」と言い、真平を引き連れてリビングへ向かった。
リビングでは、まだ全員が怯えた様子で窓やカーテンを確認していた。琴美が「大丈夫かな…」と不安そうにしているところに、勇馬が真平を伴って登場した。
「みんな、落ち着いてください。これは真平先輩です。」 勇馬が落ち着いた声で説明すると、全員が驚きの表情を浮かべた。
「え、真平!? 泥棒じゃなかったの!?」 琴美が叫ぶと、真平は「俺だよ! 泥棒なわけないだろ!」と少し怒ったように言い返した。
「でも、そのホッケーマスクと泥だらけの姿は…誤解されても仕方ないですよ…」 美優がため息をつきながら言うと、シャオと萌香も「パォ~…真平先輩、怖すぎました…」と震える声で続けた。
全員に事情を説明し終えると、ようやく場が落ち着いた。琴美は「ごめん、最初に泥棒の話をちゃんと言えばよかったね…」と反省し、沙羅も「確かに、最初から共有していればここまで大騒ぎにならなかったかも」と頷いた。
「まあ、結果的に誰もケガしなかったし良かったけどな。」 真平が苦笑いでまとめると、全員が安堵の表情を浮かべた。
「でも、泥棒が本当に近くにいるかもしれないから、今夜は注意して過ごそう。」 琴美の提案で、全員が交代で見張りをすることに決まり、波乱の夜はなんとか終息に向かっていった。




