なんでここに勇馬と美優が・・・
シャオのサプライズ誕生日パーティーが終わった翌日。
部室にはまだ、昭和歌謡の余韻と、紙吹雪の亡骸が残っていた。
「なあ琴美。昭和風クラッカーの残骸、部室の隅で転がってるぞ。片付けろ」
真平が壁際の風船と、謎の「祝・昭和」ポスターを指さす。
「いいじゃない! まだ昭和感に浸っていたいのよ!」
「浸るな。腐る」沙羅が淡々と刺す。「先生に怒られる。あと、普通に邪魔」
「パォ~! みなさん、昨日は本当にありがとうございました~!」
シャオが両手を合わせて頭を下げると、美優がにこにこしながら頷いた。
「えへへ~、ケーキ喜んでもらえてよかったです~♪」
その横で勇馬が、ノートを開いて淡々と報告する。
「予算、少し余りました。次のイベントにも回せます。装飾の再利用も可能です」
「誕生日会を決算する部活、初めて見た」真平が言う。
「管理ができるのは偉いわ」沙羅が一瞬だけ褒める。「琴美が浪費しなければ」
「浪費じゃない! 昭和投資よ!」琴美が胸を張る。
その会話の間に、美優は何も言わず、机の端に落ちていた紙吹雪を指先で集め、綺麗に折り畳んでゴミ箱へ入れていた。
動作が静かで、無駄がない。旅館の仲居の手つきだ。
真平はそれを見て、ふと気になったことを口にした。
「……そういえばさ。勇馬と美優って、なんでここにいるんだ? 改めて聞いていい?」
最初に答えたのは勇馬だった。眼鏡をクイッと押し上げ、少し照れたように言う。
「僕は単純です。昭和文化が好きで。レトロ家電とか、古いゲーム機とか、昔のプログラム文化とか……」
「同志!」琴美が食い気味に叫ぶ。「あなたも昭和の子認定よ!」
「昭和の子って何」沙羅が即座に落とす。
「いや、さすがに昭和魂って叫ぶほどじゃないです」勇馬が真面目に訂正する。「でも、この部……倉庫から出てくるものの質が異常で」
「おい、褒め方が物騒」真平が言う。
「パソコン部に行こうか迷ったんですけど、あそこは綺麗すぎて……」
勇馬は一瞬だけ遠い目をする。
「ここは、壊れたものが眠ってる。僕には……放っておけない感じがしました」
琴美が机を叩く。
「わかる! 昭和の遺物は救済されるべきなのよ!」
「今、神話にするな」真平が止める。
沙羅は肩をすくめた。
「つまり、修理したいから入ったのね。まあ一番健全」
シャオが身を乗り出す。
「パォ! 勇馬、修理できるのすごいです! BASICっていうのも、昨日知りました!」
「BASICはいいですよ。手で考えて、手で動かす。今のITにも通じます」勇馬が妙に熱い。
「熱くなるポイント、そこなのが怖い」真平がぼそり。
琴美が満足げに腕を組む。
「うちの部活は昭和×IT×料理よ! 世界にない!」
「バラバラすぎて、世界にないだけだ」真平が言った。
沙羅が顎で美優を示す。
「で、美優は?」
美優は少しだけ頬を染めて、ふわっと笑う。
「わたし……勇馬さんに誘われて……」
部室が一瞬だけ静まり返った。
琴美の目がギラリと光る。
「……誘われて?」
「ちょっとちょっと、詳しく!」琴美が机に前のめりになる。
「琴美、変な方向に走るな」沙羅が即座に牽制する。
「パォ~! どんな展開なんでしょう!」シャオはもう楽しそうだ。
勇馬が慌てて眼鏡をクイッ。
「ち、違います! その……誤解を招く言い方は……」
「今さら遅い」真平が言う。
美優は、そんな騒ぎを気にせず、思い出すように語り出した。
「部活紹介が終わって、教室に戻ったときです。勇馬さん、すごかったんですよ。
『日ノ本文化部、すごいよ! 昭和のことやってて、レトロゲームも料理もあって、絶対楽しい!』って、誰にでも声かけてて……」
「……お前、そんな陽キャだったの?」真平が引く。
「陽キャではないです」勇馬が即否定する。「ただ……熱が出ただけで」
「熱って便利な言葉ね」沙羅が言う。
美優は小さく笑って続けた。
「それで、私……目が合って。
断れなくて、つい『うん』って言っちゃって……そのまま来ちゃいました~」
「うわ、人生の分岐点が『うん』」真平が頭を抱える。
「でもその『うん』、ナイスよ!」琴美が親指を立てる。
勇馬が小さく咳払いする。
「正直、驚きました。僕、誘ったというよりどう?って聞いただけで……。美優さんがあっさり『うん』って言うとは」
「……言っちゃうんです」美優がふわっと笑う。「昔から、そうで」
その一言だけ、少しだけ重かった。
真平はそこで初めて気づく。美優の笑顔は柔らかいのに、どこか慣れている。
沙羅が、珍しく優しく言った。
「で、入ってみてどうだった?」
美優は一拍置いて、いつもの声で答えた。
「楽しかったです~。
旅館だと、やることが決まってるじゃないですか。段取りも、正解も。
でもここは……正解がなくて、みんな勝手で……」
琴美が胸を張る。
「勝手は正義!」
「黙れ」沙羅が即座に言う。
美優は笑って続けた。
「でも、勝手なのに……誰も怒らないんです。
『こうしなきゃ』って言われなくて……それが、ちょっと息しやすくて」
部室が、ほんの少しだけ静かになった。
「……なるほどね」真平が小さく頷く。「勇馬が背中押さなきゃ、美優は別の部活行ってたかもな」
「危なかった!」琴美が大げさに胸をなで下ろす。「うちの癒し担当が逃げるとこだったわ!」
「癒し担当って役職、本人の同意ある?」沙羅が言う。
「えへへ~、いいですよ~」美優が笑う。
勇馬が真面目に言った。
「僕も、美優さんが来てくれて助かってます。部室の片付けが……」
「そこかよ!」真平が突っ込む。
シャオが満面の笑みで手を叩いた。
「パォ~! じゃあ、次のイベントも、みんなで楽しくやりましょう!」
「……結局、また騒がしくなる未来しか見えない」真平がため息をつく。
沙羅は肩をすくめて笑った。
「でも、それがここでしょ」




