煙と妹と生徒会と
琴美たち日ノ本文化部が自分たちで作ったお昼ごはんを楽しんでいる頃、生徒会では一つの問題が浮上していた。
「喫煙…ですか?」
中等部生徒会長・伊勢野巫鈴は、総生徒会長である大野博美の話を聞き、思わず目を見開いた。まさかそんな深刻な報告があるとは思っていなかった。
「そうなの。旧校舎から、時々お昼休みに煙が見えるという報告があってね。どうやらその時間帯に旧校舎を使っているのは、日ノ本文化部だけみたいなのよ。」
博美は穏やかに語りながらも、その目は真剣そのものだ。
「でも、発起人は吉峰琴美さんですよね? 彼女は品行方正なはず…」
巫鈴は兄の友人でもある琴美を思い浮かべて戸惑いを隠せない。博美は苦笑いを浮かべ、首を振った。
「私もそう思っていたけれど、噂が一度広まるとね…。先生たちが動き出す前に、生徒会でしっかり状況を確認しておきたいの。」
博美の真摯な姿勢に打たれた巫鈴は毅然と立ち上がり、はっきり言葉を発する。
「承知しました、総生徒会長! この伊勢野巫鈴、必ず真相を突き止めてみせます!」
「もし、兄が関わっていたら…」
そう言いかけた巫鈴の唇に、博美はそっと指を当てて制止した。
「大丈夫よ、きっと誤解だから。」
昼休みになると、巫鈴はまず旧校舎の外で様子をうかがった。日ノ本文化部のメンバーが次々に部室へ入っていくのを確認し、しばらく見守っていたところ、問題の「煙」が窓からもくもくと立ち上るのを目撃する。
「あぁ…」
思わず声を漏らしてしまった巫鈴だったが、すぐに気を引き締める。兄の友人たちとはいえ、学院の風紀を守る自分の立場上、見逃すわけにはいかない。
意を決して部室のドアを勢いよく開けた巫鈴は、力強い声を上げた。
「生徒会です! ここで今、喫煙が行われていますね!!」
突然の乱入に、部室内は一瞬静まり返る。
「えっ、神聖な部室で誰がタバコ吸ってんの!? すぐ名乗り出なさい!! 簡単な八つ裂きで許してあげる!」
いきなり物騒な発言をする琴美に、周囲は「はぁ?」と困惑の表情。
「簡単な八つ裂きって何よ…」
沙羅が冷静にツッコミを入れるが、まだ事情を把握していない巫鈴は真剣なままだ。
そんな中、窓際で七輪を使って魚を焼いていた真平が巫鈴と目を合わせる。
「…何やってんだ、お前。」
そこにはこんがり焼けたサンマが香ばしい煙を立ち上らせていた。
「えっ…この煙…? お兄ちゃん、それ、タバコじゃなくて…魚…?」
状況を悟った巫鈴の顔は、見る見るうちに赤く染まる。
琴美がすかさず言葉を続けた。
「そりゃそうでしょ! ここは昭和文化を愛する日ノ本文化部なんだから。タバコなんて吸うわけないわ!」
沙羅が淡々と補足する。
「“昭和精神”とかは別にして、単に魚を焼いてるだけ。」
「パォ~! この匂いはサンマですね~! すごくいい匂いです~!」
シャオが嬉々として声を上げ、美優は微笑みながら「えへへ~、巫鈴さんも、よかったらどうぞ♪ 焼きたておいしいですよ~」と誘う。
巫鈴は顔を真っ赤にしながら手を振り、「い、いえ! 生徒会として、ただ確認に――」と弁明を試みる。
しかし琴美がニヤリと笑いながら手を引っ張る。
「いいから、ここ座って食べていきなさいよ! 初・七輪サンマ体験で昭和魂を感じるの!」
こうして、七輪で焼いたサンマを囲む日ノ本文化部の面々に、巫鈴が加わる形で和やかな昼休みが始まった。
巫鈴は照れくさそうにサンマを一口食べては、そのおいしさに驚き、ほっと安堵の表情を浮かべる。
「…これが噂の原因だったんだ。煙って、サンマの煙だったのね…。」
巫鈴は多少気まずそうに口をつぐむが、真平が「誤解が解けてよかったろ?」とニヤニヤしながら言葉を投げかける。
「ええ、よかったわ…総生徒会長にどう報告しようか、少し悩むけど。」
巫鈴は言葉を曖昧に濁しながらも、兄たちがタバコなどとは無縁であることに胸をなでおろす。
「これからも毎週水曜は昭和の味を追求するわよ! 七輪があれば何でも焼けるし、次はホッケとかイワシとかもいいわね!」
琴美は意気揚々と語り、沙羅が「あんまり煙を出すとまた誤解されるわよ…」と呆れながら諭す。
「放課後でしたらスルメ焼きましょう」と勇馬。
「パォ~! 私も焼き魚、練習します~!」
シャオも声を上げ、部室に笑いが広がる。
こうして日ノ本文化部の「煙」事件は、ちょっとしたハプニングで片付いた。
サンマの香ばしい匂いが残る部室で、巫鈴は微妙に残る恥ずかしさを感じつつ、学院の風紀を守る自分の使命を改めて思い出す。
しかし今はこの空気を壊す気になれず、そのままの流れで昼休みを終える――そんな穏やかな学園の一幕が、また一つ加わったのである。
巫鈴は日ノ本文化部の温かい雰囲気に包まれながら、サンマの美味しさを噛み締めていた。周囲の笑い声や談笑が心を和ませ、いつの間にか緊張感が消えていた。
「これからも、こういう楽しい時間が続くといいな」と思いながら、巫鈴は心の中で自分に誓った。彼女は学院の風紀を守る立場であるが、こうした明るい瞬間も大切にしていきたいと感じた。部室の中で交わされる会話は、彼女にとって新鮮で、心地よいものだった。
「巫鈴さん、次は何を焼きたいですか?」と美優が優しい笑顔で尋ねる。巫鈴は少し考えた後、思わず口を開いた。「じゃあ、次はお肉とか焼いてみてもいいかも…!」と彼女は提案した。
「お肉もいいわね! 七輪で焼いたら、絶対美味しいわ!」琴美が声を弾ませて応じる。沙羅は「それなら、みんなで材料を持ち寄りましょうよ」と提案し、他のメンバーも賛同する。
「パォ~! 私もお手伝いします~!」とシャオが元気に声を上げ、部室は再び賑やかさを取り戻す。
巫鈴はこの新しい友情の輪に感謝し、これからも日ノ本文化部との交流を続けたいと心に決めた。彼女は、ただの生徒会ではなく、仲間としてこの部活に関わっていくことを楽しみにしていた。
昼休みが終わる頃、巫鈴は「また、皆さんと一緒に焼き魚を楽しみたいです!」と笑顔で告げた。すると、メンバーたちも笑顔で頷き、彼女を温かく迎え入れた。
こうして、日ノ本文化部と巫鈴との新たな絆が生まれ、彼女たちの学校生活はますます色彩豊かになっていくのだった。




