クラッカーと涙とGG
一学期の終業式が終わり、蝉時雨の降り注ぐ黒磯の午後。
部室に集まった日ノ本文化部は、どこか浮き足立った空気をまとっていた。
「明日から夏休みよ!」
琴美が机に片足を乗せ、どや顔で叫ぶ。
「そこで! 夏休みへの出陣式をおこなうわよ!!」
いつもなら——「また始まった」と真平が呆れ、「出陣ってなによ」と沙羅が冷静にツッコむところ。
だが今日は、二人ともにこやかに微笑むだけだった。
「おかしいな……」
ズーハンが首をかしげるが、一同は「とにかく行こう」と歩き出した。
たどり着いたのは磯貝家のお好み焼き屋「磯貝亭」。
暖簾をくぐった瞬間——
「ハッピーバースデー! お誕生日おめでとう!!ズーハン!!!」
クラッカーが鳴り響き、紙吹雪が舞う。
「えっ……オレ……!?」
ズーハンは呆然と立ち尽くした。
鉄板の上には、ソースで「HAPPY BIRTHDAY」と描かれた特製お好み焼きケーキ。紅しょうがが花火のように咲いている。
「パォ〜〜! ズーハンおめでと〜!」シャオが飛びつき、
「……GG……みんな、ありがとう!」
ズーハンの顔に、自然な笑みが広がった。
「サプライズ大成功ね」沙羅が満足げに頷く。
「今日は、あなたを祝う日なの」
美優がおずおずと包みを差し出す。
中には黄金色に輝くマンゴーショートケーキ。ふわふわのスポンジに果実と生クリームが層をなし、夏の日差しのようにまぶしい。
「えへへ〜♪ マンゴープリンもありますよ〜!」
冷蔵庫から取り出された器の中で、柔らかく光を放つデザート。
「わぁ……! これ……マジで高級品だろ……」
ズーハンは感動のあまり、しばらくスプーンを持つ手を動かせなかった。
そこへ暖簾が揺れ、大野博美先輩と巫鈴が姿を見せる。
「……少し遅れてしまったわね」博美は苦笑し、細長い包みを差し出した。
「ネーム入りの万年筆。大切な記録や勉強に役立てて」
「マジか……! こんなの、オレの人生初……!」
ズーハンは胸に抱きしめ、感無量の表情を浮かべた。
「じゃ、次はあたし!」琴美が身を乗り出す。
「はいっ! 昭和のバスケットボール漫画の復刻版!!」
「GG……スラダンじゃなくて……『ダッシュ勝平』!?!?」
ズーハンは硬直し、部屋は爆笑の渦に包まれた。
沙羅は小箱を差し出す。
「私はバスケシューズのアクセサリー。鞄につければ、いつでも“本気モード”よ」
「……沙羅先輩、やっぱりカッコいいな」
ズーハンは少し赤面。
「パォォ〜! シャオからは台湾直輸入“功夫パンダTシャツ”!」
「おぉ……! これ着たら絶対勝てる気がする!」
「えへへ……私はお菓子担当ですから」
美優のクッキーにはアイシングで「HAPPY ZUHAN」と描かれていた。
「僕からは……これです」勇馬が出したのは小さな修理工具セット。
「レトロゲームでも自転車でも直せますよ」
「GG……文化部の“工具男子”から受け取るとか、熱いな」
巫鈴は少し照れながら分厚いノートを差し出す。
表紙には「ZUHAN’s JAPAN STUDY」と手書きで題がある。
「日本語の勉強用。文化部での会話をそのまま写したから、きっと役立つ」
「……巫鈴ちゃん……」
ページをめくると“名言・迷言”がびっしり。
「パォォ!? “屁仲間”って単語まで残ってる!!」
「それも文化の一部だから」巫鈴は淡々と告げる。
笑い声と同時に、ズーハンの瞳にはうっすら涙がにじんでいた。
続いて真平が小箱を取り出す。
中には木製のキーホルダー。バスケットボールを模した木玉に「Z」の刻印が彫られている。
「工房で削って作った。……これ持ってりゃ、いつでも“文化部の一員”だ」
「……真平先輩……」
ズーハンは胸がいっぱいになり、「GG……一生大事にする」と声を震わせた。
最後は萌香。
「文化部全員のバースデーメッセージ動画、編集してきたんだ!」
画面に映るのは、笑顔で祝う仲間たちの姿。照れながらも真心のこもった言葉。
ズーハンの瞳から、とうとう涙がこぼれた。
「……オレ、こんなに祝ってもらえたの初めてだ。日本に来てよかった……文化部に出会えてよかった!」
琴美が手をパンと打ち鳴らす。
「さぁ〜! ここからはお約束! バースデーボーイのスピーチ・タイムよ!!」
「えぇ!? オレが!?」
全員の「スピーチ!スピーチ!」に押され、ズーハンは立ち上がる。
深呼吸し、真剣な顔で仲間を見渡した。
「オレの人生、最初は完全にアウェー戦だった。でも、ここで“文化部”って最高のチームにドラフト指名された。みんなのナイスカバーに助けられて……今日はマジでオーバータイム突入級の感動だ!この友情、バスケットカウントワンプレイだぜ!!」
「……いや、何言ってんの?」沙羅が冷静に首をかしげ、
「完全にスポーツニュースのインタビューだよな」真平が苦笑する。
だが、ズーハンの言葉の熱は全員に伝わっていた。
「パォ〜! かっこいい〜!」シャオが大拍手。
「……用語は難しいけど、心は伝わったですぅ〜」美優はぽやんと微笑む。
勇馬は「これぞ異文化融合スピーチ!」と感心し、
巫鈴は「……全然ロジカルじゃない」と一刀両断。
ズーハンは両手を高く掲げ、声を張り上げた。
「よっしゃぁ! この夏も全員で勝ち切ろう! GG!」
「勝ち切るって何と戦う気なのよ!」琴美が叫び、
「文化部にリーグ戦なんてないから!」真平が机を叩いた。
爆笑とツッコミの渦の中、博美先輩だけが静かに微笑む。
「……あなた、本当にいい仲間に出会えたわね」
笑いと涙が入り混じる中、ズーハンの誕生日はにぎやかに幕を閉じた。




