屁仲間リターンズ外伝:ジャグジーの陰謀
普段おっとりな美優の怒声に、全員が凍りついた。
「ひっ……!?」琴美が思わず後ずさる。
「お、おい……美優がキレたぞ……」真平が青ざめる。
「三角巾つけて……マスクして……重曹とお酢でピカピカにしたのに……!また……全部台無しじゃないですかぁぁぁ~~~~っ!!!!」
バンッ!!!
美優が机を叩くと、羊羹とドーナツとモンブランが一斉に跳ね上がる。
「パォォ!? 美優ちゃん、こわい~~!!」シャオが泣き出し、
「GG……天使が悪魔に……」ズーハンが震え上がる。
「……や、やりすぎたな」沙羅が小声でつぶやき、
「文化部の歴史に……新しい恐怖が刻まれた……」勇馬がメモを落とした。
こうして日ノ本文化部は、全員のすかしっぺ実験によって再び地獄絵図に陥り、
そして——普段は一番温厚な美優の怒りを買う、最大の悲劇を迎えることになったのだった。
おなら地獄の再来で部室を悪臭まみれにした日ノ本文化部。
普段は天使のような美優の怒りを買い、全員は土下座同然の状態に追い込まれていた。
「……みなさん。罰として……うちの旅館のお風呂、全員でお掃除してください」
にこりともせず告げる美優。
「ひ、ひぃ……美優が女将モードになってる……」真平は青ざめる。
「パォォォ!? お風呂掃除ですかぁぁ!?!?」シャオは腰を抜かす。
「GG……罰ゲーム発動……」ズーハンは肩を落とした。
その日の夕方、文化部は旅館「花屋」の大浴場に集結した。
三角巾にゴム手袋、雑巾にデッキブラシ。
壁や床、湯船の縁に至るまで、全員が総出で磨き上げる。
「ぬぉぉぉっ、こびりついた湯垢が手強い!」勇馬は歯ブラシでタイル目地を攻め、
「くそっ……俺の高校生活、なんでこんなことに……!」真平はバケツを抱えて嘆く。
「パォォ~! 泡だらけです~~!!」シャオは転げて全身石鹸まみれ。
「萌香、動画撮るな! 証拠残すな!!」琴美が雑巾片手に叫ぶ。
「……やっぱり、この旅館すごいわね」沙羅は鏡を拭きながら呟いた。
「なんで?」
「だって、こんな大浴場を一から掃除するなんて、普通なら大人でもギブアップよ」
数時間後。
照明に反射して、湯船も床もピカピカに輝いていた。
「……完璧ですね」巫鈴が満足げに頷く。
「ふぅ~……やり遂げたな」真平が腰を伸ばす。
そこへ、チェックを終えた美優が戻ってきた。
最初の怒り顔とは打って変わって、にっこりと笑う。
「みなさん……ありがとうございます♪ おかげでピカピカになりましたぁ!」
「お、おぉぉ……」部員一同は膝から崩れ落ちる。
「これで許してもらえるんだな……」琴美は安堵の涙を浮かべた。
そして最後に、美優は小さく付け足す。
「えへへ~♪ ご褒美に、このお芋をふかして食べましょうね」
――どん、と置かれたのは、まだまだ残っている巨大アイダホ産ジャガイモ。
「「「「「うわああああああああ!!!!!」」」」」
結局、ジャガイモ地獄からは逃れられない文化部であった。
大浴場の大掃除を終えた日ノ本文化部。
汗と埃にまみれた身体を流し、ついにご褒美の温泉タイムがやってきた。
「はぁぁ~~……極楽極楽……!」
琴美は肩まで湯に浸かり、思わず目を閉じる。
「パォォ~~♪ 気持ちいいですぅ~!」
シャオはバタ足をしてはしゃぎ、巫鈴は「生き返るわね」と腕を回す。
そんな中、不自然なほど混雑している一角があった。
――ジャグジーバス。
ゴボゴボと泡が立ち昇る浴槽に、琴美・美優・沙羅・巫鈴・萌香まで全員がぎゅうぎゅうに入っている。
「ちょっ、狭いんだけど!」沙羅が眉をひそめる。
「えへへ~……泡が気持ちいいからですよぉ~」美優は曖昧に笑う。
「そうそう! マッサージ効果よ、マッサージ!」琴美はやたら強調した。
「……」巫鈴は静かにタオルを肩にかけ、彼らをじっと見つめる。
「ねぇ……」
湯気の中で、冷ややかな声が響いた。
「みんな……おならをごまかしたいだけでしょ?」
「「「「「!!!!!!!」」」」」
泡の音に混じって、誰かの肩がびくっと揺れる。
「なっ……!? ち、違うわよ!!」琴美が真っ赤になって否定。
「パ、パォォ!? シャオは無実です~~!!」
「えへへ……でも、バレちゃいましたかぁ……」美優がもじもじ。
「……つまり、ジャグジーは屁のセーフゾーンだったわけね」沙羅がぼそりとまとめる。
「やめて~~っ!! 温泉でそんな真理を突き止めるなぁぁぁ!!」巫鈴の絶叫が湯気の中に響いた。
こうして温泉は、心も体も癒やすどころか、
またしても屁仲間の疑惑を深めるだけの場となったのであった。
ジャグジーバスの泡音にまぎれて、文化部員たちはどこか落ち着かない顔で肩を寄せ合っていた。
巫鈴に真実を突きつけられた直後も、誰一人動こうとはしない。
「……あ、あのさ」萌香がそっと呟く。
「泡が多いのはいいけど……なんか、妙に水面が揺れてないか?」
その瞬間。
――ぶくぶくぶく……ごぼっ……
ジャグジーの中央に、桶ほどの巨大な泡がむくむくと膨れあがった。
湯気の中で、ぼこぉん! と弾ける。
「……………………」
誰もが言葉を失い、互いに顔を見合わせる。
そして。
「だれよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
琴美の絶叫が大浴場に響き渡り、
温泉全体が地鳴りのような笑い声に包まれた。




