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おもてなしは昭和の心で。文化部、花屋に参上!

「みなさん、今日はよろしくお願いしますっ!!」

 美優が深く頭を下げると、後ろで文化部の面々が揃って「よろしくお願いしまーす!」と並ぶ。

「え、全員仲居モードなの?」「うち、部活のはずじゃ……」

 真平がこっそり呟くと、琴美がきらんと笑う。

「これぞ実地文化研究よ!昭和の旅館といえば、浴衣に三つ指!文化部の本領発揮ってわけ!」

「……それ、仲居体験ってより、ほぼ職業体験だから」

 沙羅が冷静に返しながらも、帯をきっちり締め直すあたり、手は抜かない。

 シャオは旅館ロゴの入った前掛け姿で、「パォ~! 今日はお茶出し隊長やります~!」と嬉しそう。

 勇馬は厨房のサポートに回り、力仕事と湯呑みの補充係に徹していた。

 そして――。

「うーん、この風情……絵になるわね」

 ロビーに腰を下ろしていた王豊明は、壁際に飾られた段飾りの雛人形に目を奪われていた。

 豪華な七段飾り。金屏風に照らされる赤い毛氈、その上には雅な顔立ちの男雛・女雛。煌びやかな装束と、繊細な小道具。

「この美しさ……なんて完璧なアングル……!」

 豊明が立ち上がり、すぐに撮影スタッフに指示を出す。

「今すぐカメラ準備して。大女将への取材許可も取って。急ぎよ!」

「えっ、予定にないですよ……!?」「ロケ表どうするんですか!?」

 スタッフたちが慌てる中、豊明は一歩も引かない。

「こういう“生きた文化”こそ、撮るべきなのよ!」

 そのとき、静かにロビーへ現れたのは、大女将・花村康江だった。

「……雛人形がお気に召しましたか?」

 年季の入った和の佇まいに、凛とした声が響く。

 豊明は一瞬言葉を失い、すぐに丁寧にお辞儀をした。

「台湾テレビ局の王と申します。あなたの旅館のこの雛飾り……そして、こうして守られてきた空気に、心を奪われました」

「まあ……そう仰っていただけて、光栄です」

 康江の口元が、ほんのりと緩む。

「これは、母の代から受け継いできた雛人形なんですよ。毎年飾るたびに、昔のことを思い出します」

「……もしよければ、この“日本のひな文化”について、カメラの前で語っていただけませんか?」

 康江はしばらく考え、やがて、静かに頷いた。

「……若い人が、こういう文化に興味を持ってくださるのなら、ね」

 急遽、ロビーは“ミニ取材スタジオ”に早変わり。

 文化部のメンバーたちは、急いで背景の整えや雑音対策に動き出す。

「さすが、文化部……! いいぞ、全員フォーメーション入れ!!」

 琴美がやけに嬉しそうに指揮をとり、沙羅は渋々ながら照明コードを巻き始める。

「えへへ~、雛人形の隣でお抹茶を出すのも、風流ですね~」

 美優がそっと茶菓子を整える。

「パォ……! 豊明姉ちゃん、いつもは厳しいけど、こういう時、ほんと情熱的だヨ……」

 雛人形、旅館、代々の物語。

 その全てが、春の日差しのなかでひとつに重なっていく。

「よーし、“おもてなしモード”全開でいくわよ!!」琴美の声が旅館中に響いた。

 着慣れない作務衣に袖を通しながら、勇馬がぼそっと漏らす。

「完全に旅館の人みたいになってる……」

「文化部、現場主義! これも全部、体験型文化活動の一環よ!」

 琴美は鼻息荒く、すでに客室チェック表を片手に走り出していた。

「……あんた、絶対こういう仕事向いてるよね」

 沙羅は肩をすくめながらも、手には完璧に畳まれた浴衣のセット。

「パォ~! お茶菓子、配る係やるヨ~!」

 シャオは台車を押して廊下を滑走中。すでに二人のスタッフから「ありがとう小さな仲居さん」と言われて満面の笑み。

「えへへ~、お膳、きれいに並べられましたよ~」

 美優は厨房と客室を何度も往復しながら、丁寧に器を運んでいた。旅館の女将の娘として、やはり立ち居振る舞いは完璧だった。

「ボイラーの調整完了。湯温、均一」

 勇馬は裏方での働きぶりが光り、板長から一目置かれていた。

 そんな中――ロビーでは、王豊明が湯上がりの髪をタオルでくくりながら、プロデューサーと話し込んでいた。

「やっぱりこの旅館、空気がいい。映像映えも最高だし……」

「明日からの本番、期待してますよ」


 夕方には、取材陣の歓迎宴が大広間で開催された。

 花屋自慢の懐石料理が並び、客席には浴衣姿のスタッフたちがリラックスした様子で座っていた。

 もちろん、仲居姿の文化部も宴会サポートに全力稼働。

「はい、こちら焼き魚でございます!」

「お飲み物、お伺いします~♪」

 宴が進むにつれ、スタッフたちの表情がどんどん和らいでいく。

「……いいなあ、この旅館。なんか、忘れてたもの思い出した気分になる」

 誰かのそんな呟きに、豊明がグラスを手にしながら微笑んだ。

「それが、日本の文化の底力ってやつよ」

 夜更け――

 片付けを終えた文化部メンバーは、縁側に集まって湯上がりの風に当たっていた。

「……あれ? もしかして、ちょっと楽しいかも」

 真平がぽつりと漏らす。

「でしょでしょ? 昭和旅館体験、悪くないでしょ?」

 琴美がどや顔で笑い、

「……まあ。次は“ケチャップ禁止の誕生日会”も、ここでやってもいいかもね」

 沙羅が苦笑いで締める。

「パォ~! 明日は取材本番! がんばるヨ~!」

 夜空の星が、そっと見守っていた。


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