ようこそ、世界とパォの交差点へ
春を間近に控えたある午後。ぽかぽかとした陽射しの中、那須塩原学園の文化部部室では、つい昨日までの“文化部静粛命令”を吹き飛ばすかのように、テンションが少しずつ持ち直していた。
「よーしっ! 春休みはレトロ合宿第二弾よ!」
いつものように、吉峰琴美が両腕を広げて堂々と宣言する。
「場所はどこにする? 昭和の香りが残る温泉街とか最高じゃない?」
その勢いに、すぐ隣の沙羅がジト目で鋭く反応した。
「……あんた、博美先輩に説教されたばっかでしょ。反省の色どこいったのよ」
「せめて“ケチャップ禁止”を文化部ルールに加えようぜ……」
真平がカレンダーをめくりながら、苦い記憶を反芻するように呟いた。
そのとき、ぽんと手を打ったのは王小梅だった。
「パォ! あっ、そうだ。姉ちゃん来るヨ~!」
「え? お姉さん遊びに来るの?」琴美が即座に食いつく。
「ううん、お仕事。なんか“徳川家康特集”するらしくて、日光に取材来るって~!」
シャオは嬉しそうに続ける。「でね、たぶんカメラマンさんとかスタッフさんも、あのへんから――」
「ちょっと、シャオちゃん!」
ピクリと反応したのは、美優だった。普段はふわふわとした笑顔の彼女が、少しだけ強い声を出す。
「パォ? なにかいけなかった……?」
きょとんとしたシャオの顔に、静かにため息をつく美優。
「そういうの、勝手にしゃべるのよくないよ……」
「えっ、どういうこと? ねえ、美優?」
琴美がぐいっと詰め寄るように問いかけると、美優は観念したように微笑んだ。
「……台湾のテレビ局の取材クルーが、家の旅館“花屋”を拠点にするんです」
「……うわ、それガチのやつじゃん」
真平が目を丸くする。
「待って。ってことは、王家財閥の人間と台湾のテレビ局スタッフが、那須塩原に大集合ってこと……!?」
琴美が息をのむ。
「つまり――我ら日ノ本文化部の領域に、全世界の文化が押し寄せてくる……! これはもう昭和とか言ってる場合じゃない!」
「いや……逆に言えば、文化交流の大チャンス……!」
勇馬がぽつりと呟き、目元がきらりと光る。
――そして、迎えた春休み初日。
朝の澄んだ空気のなか、文化部メンバーは花屋の玄関前に集まっていた。
「パォ~! 姉ちゃんたち、もうすぐ来るよ~!」
ツインテールを揺らしながら跳ね回るシャオ。
「テレビ局の人たちが、今日から花屋に滞在するんだっけ……」
玄関の石畳を掃きながら、真平が緊張した面持ちで振り返る。
「うん……家族みんなで、準備してるんです……」
エプロン姿の美優が、そっと頭を下げながら、いつものように穏やかに微笑む。
「いやいや、美優ちゃんの“拠点”ってレベルじゃないでしょ!? 台湾のトップ番組よ!? しかもメインキャスターはシャオのお姉さんだって!? これはもう、全力で昭和プレゼンするしか――」
「ちょっと待って。静かにしてよね……今は“お客さん”じゃなくて“取材陣”なのよ。騒がず、丁寧に、誠実に。基本でしょ」
沙羅が持っていたおしぼりセットを確認しながら、いつにも増してピリピリしている。
「僕、搬入口で台車と荷物係やります」
勇馬はすでに裏口で待機していた。工具箱を脇に置き、静かに構えるその姿は、まさに準戦闘態勢。
そこへ――
ブロロロロ……
一台の大型バンが、旅館の前に滑り込んだ。
「来たっ!!!」
琴美が声をあげ、誰よりも早く駆け寄る。車のドアが開く。カメラやマイク、照明機材を抱えたスタッフたちが次々と降りてくる。
そして、その後ろから――風にロングヘアをなびかせ、サングラスをかけた女性が降り立つ。
「はろー那須塩原。王豊明、取材モード入りまーす」
「うわっ、本物だ……オーラすごっ……」
真平が一歩引き下がる。
「姉ちゃーん!!」
シャオが勢いよく飛びつこうとするが――
「ストーップ。今、マイクついてるから! ノー接触、パォ」
「パォ……って、えぇぇ!? お姉ちゃんから“パォ”!?!?」
シャオ、まさかの逆パォに撃沈。
「ふむ……これが“日ノ本文化部”の面々か」
プロデューサーらしき男性が眉をひそめ、手元の資料を確認する。
「部活で旅館の手伝い……? しかも、昭和オタクの女子高生……? 台本にちょっと入れてみるか?」
「パォ? みんな、映る?」
シャオがきょとんと振り返る。
「えっ!? もしかして、番組に出られる!?」
琴美がぐわっと一歩前へ出て、すでに「文化交流コーナーの司会台本(自作)」を握りしめていた。
……が。
「だから言ったでしょ!!! 静かにしてって!!!」
沙羅の怒号が、旅館の玄関で見事な反響音を立てた。




