表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/241

ケチャップ先輩、誕生の瞬間

ホワイトデーの翌日、3月15日。

教室には春の空気が漂い始めていたが、文化部の部室はどこか妙に静かだった。

部屋の扉を開けた伊勢野真平は、警戒するように一歩引いた。

「……なんか嫌な予感がする……」

そのときだった。

「じゃじゃーん! 真平、お誕生日おめでとう!!」

満面の笑みで飛び出してきたのは、いつものごとく絶好調の吉峰琴美。

ちゃぶ台の上には、生クリームたっぷりのホールケーキが鎮座していた。

中央にはチョコプレートが載っている。

“Happy Birthday SHINPEI”

「……え、マジで?ちゃんと祝ってくれるの?」

驚く真平に、琴美はドヤ顔で胸を張った。

「当たり前でしょ! 文化部は仲間の節目を全力で祝うのよ!」

「えへへ~、ケーキ、わたしが焼きましたぁ~」

花村美優がふわっと微笑む。

「トッピングは僕が昭和の参考資料から研究しました」

加藤勇馬はどこか得意げだ。

沙羅は少し引きつった笑みを浮かべながら、真平に言った。

「さ、せっかくだから……もうちょっと近くで見てみなさいよ」

「えっ、なんでそんな圧……って、ちょ、近い近い――」

「パォ!!」

王小梅の声が響き、背後から強烈なプッシュ。

――ズドン。

真平の顔は、見事にホールケーキの中心へと沈んだ。

「大成功ーーー!!」

「……昭和式“祝砲”ケーキダイブ、再現度高かったわね」

「真っ白な真平さん、かわいいです~」

「おめでとうアル! 甘さは顔から染み込むがよし!」

勇馬はそっとタオルを差し出しながら、ぽつりとつぶやく。

「……これも文化のひとつ、ってことで」

真平はというと、甘い香りとスポンジにまみれながら、呻くように言った。

「……俺、なんか……嫌な予感してたんだよな……」

鼻の奥に生クリーム、耳の中にもスポンジの感触。

そんな状態の彼に、さらなる悪夢が迫っていた。

「さぁて、トドメよ!」

琴美の手には、いつの間にか業務用サイズのケチャップボトル。

何の迷いもなく、ボトルは逆さにされた。

――ドバァァァァ。

ケチャップが真平の頭上に降り注ぐ。

赤い液体が髪をつたい、ぽたぽたと制服を染めていく。

「……ちょ、琴美? おい、それ……」

「こうよぉぉおおおっ!!!」

「……あぁっ!? なんてこと!? 誰かに殴られたみたいになってるじゃない!?」

沙羅がひとつため息をついた。

「これはもう、いよいよ救急車案件だわ」

「パォッ!! 文化部、負傷者一名発生アル!」

「違う、これは事故じゃない。……文化的犯罪だ……!」

真平は顔面ケーキ、頭部ケチャップという“複合被害者”としてよろよろと立ち上がった。

ぽたぽたと赤い液体を垂らしながら、唇をわずかに歪める。

「……お前、ホントいいかげんにしろよ……」

その姿はもはや、祝われた男子高校生ではなかった。

――完全に、“事件の被害者”だった。

そのときだった。

部室の扉が、静かに開いた。

「こんにちは。文化部の皆さん、今日はお邪魔――」

現れたのは、かつての生徒会長、大野博美。

一歩、踏み出したその瞬間。

彼女の目に飛び込んできたのは――

顔からケーキ、頭からケチャップが滴る男子生徒の姿。

「……っ!!」

博美は即座にスマートフォンを取り出し、冷静に、しかし迅速に通報を始めた。

「はい。那須塩原学園内で、負傷者と思われる男子生徒を発見しました。

 頭部からの出血を確認。加害者は……」

ふと、後ろを見る。

そこには、

ちゃぶ台。

ケーキ。

タッパー。

空のケチャップボトル。

――そして、誰もいなかった。

「これは…僕の関わったレシピじゃありませんからッ!!」

勇馬が姿を消し、

「文化部員に、発言の自由と逃走権を」

沙羅が窓から去り、

「真平さん、頑張ってください~♪」

美優はケーキ皿を持ったまま笑顔で走り去る。

「文化部、解散アル!!」

シャオは煙玉を残して退場。

「これは事故よ!文化の暴走じゃないの!!」

琴美はちゃぶ台ごと撤収。

――残されたのは、真平ただ一人。

その場に、ロングヘアを揺らしながら歩み寄ってくる人物がいた。

「……まったく、あなたたちは……」

それは、顧問教師・織田市子だった。


紅茶の香りが漂う静かな室内で、市子先生はおしぼりを差し出しながら、淡々と口を開いた。

「真平くん……これは文化活動と呼んでいいものかしら?」

「……誕生日だっただけなんです、僕」

「それで顔にケーキ、頭にケチャップ?」

「……はい」

「……で、ひとり残されて?」

「……はい」

市子は紅茶を注ぎながら、ゆっくりと微笑んだ。

「……文化部らしいわね」


こうして真平のホワイトデー&バースデーリベンジ作戦は、

文化部による最大級の“返り討ち”で幕を閉じた。

通報騒ぎは、博美先輩の機転によって「文化部特有の誤解」として処理されたが、

その後しばらく、彼は那須塩原学園内でこう呼ばれることになる。

“ケチャップ先輩”

――この名は、文化部の伝説として語り継がれていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ