卒業式より盛大!文化部の博美先輩見送り大作戦!
明日は卒業式だった。
感傷に浸る生徒たちが校内にあふれる中――
日ノ本文化部の部室だけは、どこか浮世離れしていた。
「ふーん、卒業式かー。私たち、関係ないし」
「送辞とか来賓とか、そういうのは公式の人に任せよう」
「むしろ早く終わって午後自由になってほしいな」
ゆるく、どこか他人事のような空気が漂っていた。
しかし、ただ一人。吉峰琴美だけが、違っていた。
「でもさ……博美先輩だけには、何かしたくない?」
そのひとことが、部室の空気を変えた。
生徒会長・大野博美。“氷の生徒会長”と呼ばれ、校則という剣で文化部の数々の暴走に立ち向かってきた人物。だが、彼女はいつだって――止めるだけの存在ではなかった。
「これは行事ではなく、“課外文化研究”として処理できます」
「事故が起きた場合は……文化部員の自主活動という形で」
どれだけ、あの冷静な言葉に救われてきたことか。
真平が、遠くを見るような目でつぶやいた。
「……確かに、めちゃくちゃ怒られたけど、最終的には“処理”してくれてたよな」
沙羅も、小さくうなずく。
「怒るときも、ちゃんと筋通ってたし」
その瞬間、琴美の中で、何かが音を立ててはじけた。
「よし!文化部式・感謝イベント、やるわよ!!」
その瞳には、いつもの無計画な勢いではなく、微かに本気の色が宿っていた。
「“卒業式より盛大”な――見送り大作戦よ!!」
部室の黒板には、大きくチョークで描かれていた。
『卒業式より盛大!博美先輩見送り大作戦!』
ちゃぶ台の上に身を乗り出し、琴美が宣言する。
「まず、コンセプトは“文化部式・感謝の表現”よ!」
真平が半眼でツッコむ。
「……なんかフワッとしてない?」
「というか、“感謝”って言葉だけが先行してる気がするんだけど」
沙羅も苦笑しながら同意する。
だが琴美は、微動だにしない。
「いい?演出っていうのは、“思い”さえあれば形になるの!」
「昭和の卒業式では紙吹雪や胴上げがあったって聞いたのよ!なら文化部だって――」
「……それ、どこ情報?」
勇馬の問いには答えず、琴美はスケッチブックを開いた。
《琴美案:見送りイベント演出》
•博美先輩を花道に誘導 → 昭和歌謡を生演奏
•シャオによる“カンフー演武感謝舞”
•美優のスイーツ提供 → サプライズメッセージ入り
•最後に全員で合唱(曲未定)
沙羅がボソッとつぶやく。
「……カオスなのに、妙に完成度高いのがムカつく」
「ていうか、博美先輩をどうやって連れ出すんだよ?」
真平が現実的な問いを投げかける。
琴美は当然のように、沙羅の肩を叩いた。
「そこは、うちの交渉担当に任せるわ!」
「……断る余地は?」
「ないわ♡」
・勇馬は自作スピーカーの音響チェック。
「これが昭和の音響技術なんだよ!」
・美優は文化部キッチンでミルフィーユをせっせと作る。
「ケーキは、心を込めて焼きますね~」
・シャオは校庭で華麗な演武を練習。
「パォォ!この蹴りは“感謝の型”アル!」
・真平はスケジュール調整と脚本に頭を抱えていた。
「……これ、当日うまくいくのか?」
粛々と進んだ卒業式。
静かに会場をあとにしようとする博美の前に、突如現れたのは――
文化部渾身の“感謝ゲート”。
段ボールで作ったアーチ、手作りの紙花。
スピーカーからは、懐かしの「卒業写真」が流れていた。
カンッと地を蹴る音。
シャオがカンフー演武で道を開く。
「……これは、何の行為ですか?」
眉一つ動かさずに問う博美に、沙羅が答える。
「文化部による、非公式感謝の儀です」
琴美が、胸を張った。
「ありがとう、博美先輩! ルールに守られて、私たちはここまで来られました!」
「えへへ……スイーツも、どうぞ~」
美優がケーキを差し出す。
「このプレート、僕が溶接したんです。“氷の会長に、あたたかい感謝を”って」
勇馬が、手作りの金属プレートを掲げる。
「……一応、君のためにみんな動いてたってこと、伝わればいいなと思って」
真平は、少し照れくさそうに言った。
しばらくの沈黙。
博美は、ふっと小さく笑った。
「まったく……あの人たちは……」
そして、静かに一言だけ。
「ありがとう。……文化部の皆さん」
後日。生徒会の記録に、文化部のこの暴走劇が残されることはなかった。
だが――
部室のちゃぶ台の上に、そっと一枚の付箋が貼られていた。
『その行為、文化の名において――感謝します』
――大野博美
数日後。春の風が、少しだけ暖かくなった頃。
文化部の部室には、いつも通りちゃぶ台が戻ってきていた。
「あれ、成功だったよなー」
「めっちゃ感動してたじゃん」
「私、ちょっと泣きました~」
そんな会話に花が咲く中、ドアが静かに開く。
「こんにちは。お久しぶりですね」
きっちり制服を着こなした彼女――元・生徒会長の博美が立っていた。
その表情は、どこかやわらかくなっていた。
「那須塩原学園大学、法学部に進学が決まりました」
「なので、これからは――OBとして遊びにきますね」
しん……と沈黙。
そして。
「まさかの超近場進学!?感動返せーーー!!」
「いや、うん……めっちゃいいんだけどね!?拍子抜けすぎる!」
「OBってそんなカジュアルだった!?法学部だよね!?」
「えへへ~、またお茶できるんですね~♪」
「センパイ常連決定アル!!」
「つまり……校則チェック延長……?」
博美は、微笑んだ。
「当然です。非常勤・校則顧問として、参上します」
「ズコーーーーーーッ!!!!」
こうして、文化部最後の暴走は――
いつまでも語り草となる“伝説”になった。
そして、伝説はまだ、少しだけ続いていく。




