バレンタイン再来!昭和味覚地獄ふたたび
2月某日。昼休み。
真平は廊下の窓際で、ぼんやりと空を見つめていた。
手には温かい缶コーヒー。だが、そのぬくもりが心に届くことはなかった。
(……もうすぐ、あの日が来る)
カレンダーを見なくても、身体が覚えている。
ほろ苦くも甘くない、“胃にしみたバレンタイン”の記憶が。
あの時の――
「ほら、男の義務よ!」という強制力を伴った琴美のチョコ攻撃。
「飲んで、真平。さあ、全部!」という笑顔で渡された灼熱チョコドリンク地獄。
(思い出しただけで、喉が詰まる……)
遠くで「バレンタインの準備どうする?」という声が聞こえた気がして、真平はビクッと身をすくめる。
そのとき、ふいに肩を叩かれた。
「真平ー! 今年は去年より本格的にいくわよー!」
――来た。
背後から響く、あまりにも元気すぎる声。
振り向かずとも分かる。
緋色の長髪をなびかせた“昭和の申し子”こと、琴美の姿がそこにあるのだ。
(……俺の胃袋に、今年も春は来ない)
真平の心に、早すぎるバレンタイン警報が鳴り響いた。
「真平ー! ことしのテーマはね――」
琴美がドンッと差し出したのは、手作り感満載の分厚いファイル。
表紙にはマジックで殴り書きされたタイトル。
『昭和バレンタイン再現計画 第二弾! ~甘味と混沌の融合~』
「おい待て、何だよこの“第二弾”って……前回で打ち切りだろ普通!」
「去年は試作品だったのよ!今年は改良型!!」
「それって改良した毒薬をまた飲ませようとしてるのと同じじゃ……」
沙羅が部室のドアを開けながらひと言。
「琴美、それ“毒チョコ”だったって反省はどこいったの?」
「違うわよ沙羅!あれは――“味覚の再教育”だったの!」
「それを“毒チョコ”って言うんだよ。」
琴美はファイルを開き、写真を指差した。
「じゃーん!今回は“昭和三大ご当地バレンタイン”を再現するの!」
「ちょっと待て。そもそもそんなもん存在するのか?」真平がツッコむ。
「たぶんあるって信じればある!想像力が文化部の命!」
沙羅「つまりまたいつもの“昭和っぽい気がする”シリーズね」
琴美は得意げに続ける。
「今回はね、北海道編“チョコジンギスカン”、名古屋編“味噌チョコ手羽先”、関西編“粉もんチョコたこ焼き”を――」
「待て!!やめろお前それは食い物にチョコぶっかけてるだけだ!!」真平が絶叫。
「安心して、今回は“液状”にはしないから!」
「固形かどうかの問題じゃない!!」
その時、シャオが両手いっぱいの紙袋を下げて部室に入ってきた。
「パォ~!チョコの買い出し、完了しました!」
「シャオ、それ何買ってきたの?」沙羅が聞くと、シャオはにっこり。
「黒糖、ウーロン茶パウダー、八角、タピオカ粉、あと“臭豆腐味チョコ”!」
「最後の何!?!?台湾の全力をぶつけてくるな!!」
その頃、美優はすみっこの席で、ふんわりとラッピングをしていた。
「えへへ~、私は普通のガトーショコラでいいですよね~」
「普通って素晴らしい……!」真平は思わず涙ぐんだ。
だがその直後、美優がふと漏らした。
「中にわさびと納豆チップを入れてみたら、味のバランスがすごく不思議になって……」
「そっち側かぁぁぁああ!!」
そこに、大きな紙袋を二つも抱えて部室に入ってきたのは――勇馬だった。
「うわ、すご……そのチョコ全部もらったの?」沙羅が目を丸くする。
「え? ああ、これは……うん、まぁ……」
勇馬はどこかバツが悪そうにメガネを押し上げた。
「お前、実はモテるんだな、コノヤロー」
真平が缶コーヒーを片手にニヤニヤとからかう。
「ち、違いますよ!これは、家電を修理したお礼とか、文化部の昭和展示の時に手伝った人とか、あと…………」
「広すぎる人脈だなおい!!」
「真平ちゃんいる?!」と部室に勢い良く飛び込んできたのは沙羅の妹萌香。「見つけた真平ちゃん!はい!これバレンタインデー」と言って可愛らしい包みを渡してきた。
真平は萌香に抱き着き「こういうのでいいんだよ!こういうので!!」と力説した。




