表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/241

影絵と光と混乱の一日

那須の朝。

チェックアウトを終えた日ノ本文化部と王一家の一行は、車に乗り込み、目指すは――藤城清治美術館。

「目的地は“影の世界”よ!」

琴美が、燃えるような瞳で叫んだ。

「昭和の光と影が芸術になる場所!それが藤城清治美術館!!」

「パォ〜!“カゲエ”って、日本の忍者技みたいな名前ですね!光の術!?影の舞!?まさかこれは秘伝の――」

シャオのテンションは朝からトップギアだ。

「落ち着け、芸術作品だ」

真平が冷静に突っ込む。

後部座席では――

「えへへ〜、お土産に影絵モチーフのお菓子あれば買いたいです〜」

美優がいつものようにほわっと微笑み、

勇馬は「光と影の構成技法、どういう原理なんだろう……」と早くもメモ帳を広げていた。

その中で――

「……ふふっ。こういう芸術って、構図と物語性が命よね。燃えるわ」

王豊明は、すでに静かに火がついていた。

館内に足を踏み入れた瞬間、シャオが小さく息を呑む。

「……パォ……なんですかこの神秘の世界……。影が動いて……光が語って……私いま、次元を越えました……」

「そうよ!これが昭和から続く“光と影の詩”!美しさに震えなさい!!」

琴美が高らかに宣言する。

「なにその圧……」

真平が呆れる横で――

「この切り絵の奥行き……この緻密な光の演出……!」

\ガタッ!/

豊明が展示前で硬直する。

「うわ、止まった。芸術的フリーズ来たわ」

沙羅が肩をすくめる。

「えへへ〜……綺麗で、心がふわぁ〜ってなりますね……」

美優の声が、空間にやさしく溶けた。

「パォ〜!私もこんなの作ってみたいです〜!お好み焼きの鉄板に……影を……パフォーマンスアート!!」

「それはただの焼けムラ!!」

「見て、この『銀河鉄道の夜』の展示……幻想的すぎて心が持っていかれる……」

無言でスケッチブックを取り出す豊明。

「今、この光を逃したら私は私でなくなるわ……!」

\カリカリカリカリ……!/

館内に響くシャーペン音。

「うわ、これは完全に“芸術モード突入”ね!」

「ここの静けさでその音はまずいって……!」

「えへへ〜、創作の神様が来てる感じですね〜」

「……テンションが高すぎてむしろ浮いてない?」

「パォ〜!あの影絵、見てください!ネコが……お団子食べてます〜!」

「それは“昭和の童話風景”!背景にあるのはきっと団地だわ!」

「パォ!?団地と影絵!?……なら!台湾の夜市で影芝居やったら最強では!?“台日影融合計画”始動!!」

「なにその日台芸術革命みたいな計画……」

「パォ!焼き小籠包の蒸気を光にして投影すれば……これは……!未来……!」

「いや、それただの湯気!!」

ふざけた空気が一変したのは、美術館の奥――

柔らかな光に満ちた、静かで厳かな空間。

「……ここは……」

真平が小さくつぶやく。

展示の冒頭には、「奇跡の一本松」の影絵。

津波の中で唯一生き残った松の姿を、繊細な切り絵で描いた作品だった。

「……すごく……静かだけど、力強い……」

美優が手を胸の前でぎゅっと握る。

続く展示は、福島の原発跡地、閖上の町、南三陸の庁舎――

どれもが、影と光で描かれていた。

「これ……全部、影絵なんだよね……?」

沙羅が呟く。

「なのに、こんなに胸が……苦しくなる……」

琴美も、何かを言いたげに口を開きかけ、そして閉じた。

「パォ……光なのに……泣きたくなる……」

シャオも、驚くほど真剣な目で展示を見つめていた。

ふと、豊明が静かに言葉を漏らす。

「……私、今まで“美しいもの”ばかり描こうとしてきたけど……本当に強い美しさって、こういうものかもしれないわね……」

その声は、震えるように静かだった。

「人の記憶とか痛みとか……そういうものまで、ちゃんと影絵に込められてるのが……伝わる」

彼女はスケッチブックを閉じ、代わりに両手を前で組んだ。

「……これは、描けない。私の絵では、きっと……届かない」

隣で聞いていた子涵も、静かにうなずいた。

「……日本の震災のこと、学校でもニュースでも見たけど……“見る”だけじゃ分からなかったです」

「こうして“感じる”ことで、初めて……」

子涵は言葉を探しながら、影絵の中に佇む一本松を見つめる。

「……悲しみだけじゃない。立ち上がろうとする姿……それが、心にくるんですね」

そして最後に訪れたのは、「希望の光」と題された作品。

泥まみれの地から芽吹く新芽を、優しい光が包んでいた。

「……復興って、こういうことなのかな」

勇馬の一言に、

「“残す”って、すごい力なのね……」

「誰かの記憶を……こうして未来に届けるなんて……」

豊明が目を細めながらつぶやく。

子涵もまた、手をそっと胸元に置いた。

「これを見られて、よかったです……ほんとうに……」

シャオは涙ぐみながらぽそりと口にした。

「パォ……震災のあとでも、光を見つけようとした人たちがいたってこと……忘れちゃいけないですね……」

琴美も、それを受け止めるように頷く。

「昭和も平成も、令和も――影を超えて光を目指す人たちの時代なのよね」

一行は、その場でしばらく言葉を失ったまま、展示を見つめ続けていた。


外に出た一行は、しばし沈黙していた。

「……なあ」

真平がぽつり。

「俺たちさ、昭和だレトロだって、毎回ワイワイやってるけど……ああいう“影”も、ちゃんとあの時代の一部だったんだよな」

「そうね……昭和って、キラキラしただけの時代じゃなかった。だからこそ、“影”を描く意味があるのよね」

「光を信じてるからこそ、影があっても美しく見えるんだと思う」

「パォ……芸術って、すごいですね……。ただの光と影なのに、気持ちが……ううっ、涙腺が……っ!」

「泣き顔、昭和のアイドルみたいよ!」

「パォ!?昭和のアイドル、泣いてたんですか!?」

空を見上げて、豊明が言った。

「ねぇ……芸術って、表現の手段だと思ってたけど……記録でもあるのね」

「こんなに静かなのに、心を動かすなんて……」

子涵が「……だからこそ、国が違っても、わかるのかも。言葉がなくても、伝わること……ありますよね」

「……影絵の技法、勉強してみたくなりました」と勇馬

すると――

「よし決まり!次の文化部活動は――“昭和影絵ワークショップ”よ!!」

「えぇっ!?もうちょっと余韻に浸らせてよ……!」

「影絵って難しいのよ……光源と素材を考えて……」

「パォ~!じゃあ私は台湾ランタンと影絵を融合させて“影光フェスティバル”を……!」

「発想が規模でかすぎる!!」

こうして、一行の【影と光の遠足】は、

しんみり、そしてにぎやかに――幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ