影絵と光と混乱の一日
那須の朝。
チェックアウトを終えた日ノ本文化部と王一家の一行は、車に乗り込み、目指すは――藤城清治美術館。
「目的地は“影の世界”よ!」
琴美が、燃えるような瞳で叫んだ。
「昭和の光と影が芸術になる場所!それが藤城清治美術館!!」
「パォ〜!“カゲエ”って、日本の忍者技みたいな名前ですね!光の術!?影の舞!?まさかこれは秘伝の――」
シャオのテンションは朝からトップギアだ。
「落ち着け、芸術作品だ」
真平が冷静に突っ込む。
後部座席では――
「えへへ〜、お土産に影絵モチーフのお菓子あれば買いたいです〜」
美優がいつものようにほわっと微笑み、
勇馬は「光と影の構成技法、どういう原理なんだろう……」と早くもメモ帳を広げていた。
その中で――
「……ふふっ。こういう芸術って、構図と物語性が命よね。燃えるわ」
王豊明は、すでに静かに火がついていた。
館内に足を踏み入れた瞬間、シャオが小さく息を呑む。
「……パォ……なんですかこの神秘の世界……。影が動いて……光が語って……私いま、次元を越えました……」
「そうよ!これが昭和から続く“光と影の詩”!美しさに震えなさい!!」
琴美が高らかに宣言する。
「なにその圧……」
真平が呆れる横で――
「この切り絵の奥行き……この緻密な光の演出……!」
\ガタッ!/
豊明が展示前で硬直する。
「うわ、止まった。芸術的フリーズ来たわ」
沙羅が肩をすくめる。
「えへへ〜……綺麗で、心がふわぁ〜ってなりますね……」
美優の声が、空間にやさしく溶けた。
「パォ〜!私もこんなの作ってみたいです〜!お好み焼きの鉄板に……影を……パフォーマンスアート!!」
「それはただの焼けムラ!!」
「見て、この『銀河鉄道の夜』の展示……幻想的すぎて心が持っていかれる……」
無言でスケッチブックを取り出す豊明。
「今、この光を逃したら私は私でなくなるわ……!」
\カリカリカリカリ……!/
館内に響くシャーペン音。
「うわ、これは完全に“芸術モード突入”ね!」
「ここの静けさでその音はまずいって……!」
「えへへ〜、創作の神様が来てる感じですね〜」
「……テンションが高すぎてむしろ浮いてない?」
「パォ〜!あの影絵、見てください!ネコが……お団子食べてます〜!」
「それは“昭和の童話風景”!背景にあるのはきっと団地だわ!」
「パォ!?団地と影絵!?……なら!台湾の夜市で影芝居やったら最強では!?“台日影融合計画”始動!!」
「なにその日台芸術革命みたいな計画……」
「パォ!焼き小籠包の蒸気を光にして投影すれば……これは……!未来……!」
「いや、それただの湯気!!」
ふざけた空気が一変したのは、美術館の奥――
柔らかな光に満ちた、静かで厳かな空間。
「……ここは……」
真平が小さくつぶやく。
展示の冒頭には、「奇跡の一本松」の影絵。
津波の中で唯一生き残った松の姿を、繊細な切り絵で描いた作品だった。
「……すごく……静かだけど、力強い……」
美優が手を胸の前でぎゅっと握る。
続く展示は、福島の原発跡地、閖上の町、南三陸の庁舎――
どれもが、影と光で描かれていた。
「これ……全部、影絵なんだよね……?」
沙羅が呟く。
「なのに、こんなに胸が……苦しくなる……」
琴美も、何かを言いたげに口を開きかけ、そして閉じた。
「パォ……光なのに……泣きたくなる……」
シャオも、驚くほど真剣な目で展示を見つめていた。
ふと、豊明が静かに言葉を漏らす。
「……私、今まで“美しいもの”ばかり描こうとしてきたけど……本当に強い美しさって、こういうものかもしれないわね……」
その声は、震えるように静かだった。
「人の記憶とか痛みとか……そういうものまで、ちゃんと影絵に込められてるのが……伝わる」
彼女はスケッチブックを閉じ、代わりに両手を前で組んだ。
「……これは、描けない。私の絵では、きっと……届かない」
隣で聞いていた子涵も、静かにうなずいた。
「……日本の震災のこと、学校でもニュースでも見たけど……“見る”だけじゃ分からなかったです」
「こうして“感じる”ことで、初めて……」
子涵は言葉を探しながら、影絵の中に佇む一本松を見つめる。
「……悲しみだけじゃない。立ち上がろうとする姿……それが、心にくるんですね」
そして最後に訪れたのは、「希望の光」と題された作品。
泥まみれの地から芽吹く新芽を、優しい光が包んでいた。
「……復興って、こういうことなのかな」
勇馬の一言に、
「“残す”って、すごい力なのね……」
「誰かの記憶を……こうして未来に届けるなんて……」
豊明が目を細めながらつぶやく。
子涵もまた、手をそっと胸元に置いた。
「これを見られて、よかったです……ほんとうに……」
シャオは涙ぐみながらぽそりと口にした。
「パォ……震災のあとでも、光を見つけようとした人たちがいたってこと……忘れちゃいけないですね……」
琴美も、それを受け止めるように頷く。
「昭和も平成も、令和も――影を超えて光を目指す人たちの時代なのよね」
一行は、その場でしばらく言葉を失ったまま、展示を見つめ続けていた。
外に出た一行は、しばし沈黙していた。
「……なあ」
真平がぽつり。
「俺たちさ、昭和だレトロだって、毎回ワイワイやってるけど……ああいう“影”も、ちゃんとあの時代の一部だったんだよな」
「そうね……昭和って、キラキラしただけの時代じゃなかった。だからこそ、“影”を描く意味があるのよね」
「光を信じてるからこそ、影があっても美しく見えるんだと思う」
「パォ……芸術って、すごいですね……。ただの光と影なのに、気持ちが……ううっ、涙腺が……っ!」
「泣き顔、昭和のアイドルみたいよ!」
「パォ!?昭和のアイドル、泣いてたんですか!?」
空を見上げて、豊明が言った。
「ねぇ……芸術って、表現の手段だと思ってたけど……記録でもあるのね」
「こんなに静かなのに、心を動かすなんて……」
子涵が「……だからこそ、国が違っても、わかるのかも。言葉がなくても、伝わること……ありますよね」
「……影絵の技法、勉強してみたくなりました」と勇馬
すると――
「よし決まり!次の文化部活動は――“昭和影絵ワークショップ”よ!!」
「えぇっ!?もうちょっと余韻に浸らせてよ……!」
「影絵って難しいのよ……光源と素材を考えて……」
「パォ~!じゃあ私は台湾ランタンと影絵を融合させて“影光フェスティバル”を……!」
「発想が規模でかすぎる!!」
こうして、一行の【影と光の遠足】は、
しんみり、そしてにぎやかに――幕を閉じた。




