女子力、加熱しすぎました。
昼休み、部室のホワイトボードに書かれた文字。
「女子力鍋、ついに解禁」と書いたのは――琴美。
「次は“豆乳鍋”よ!まろやかでヘルシーで美肌効果もあって……ってもう最強じゃない?」
「女子力って何だ……」真平が静かに眉をひそめる。
「それはね、豆乳のとろみに宿るやさしさと野望のハーモニーよ!」琴美がどや顔。
「パォ……豆乳って、おぼろ豆腐に変身するんですよね……!」シャオは期待に胸を膨らませ、
「お野菜いっぱい摂れて、体もポカポカになりますねぇ~♪」美優の笑顔が部室を包む。
だがその時――
「……あたしは、“甘ったるい鍋”には屈しない。」静かに立ち上がったのは、沙羅。
「ごま豆乳鍋か?辛味噌豆乳鍋か?真の女子力は、甘さじゃなく“パンチ力”でしょ!」
「始まったな……豆乳派閥戦争」真平が遠くを見つめる。
鍋はやさしいだけじゃ、守れない――
“ふわふわ”の中に潜む、“戦いのスープ”。
豆乳鍋、始まりの合図は――琴美の高らかな宣言。
「さぁ!今日の文化部は“女子力鍋”よ!!見よ!この豆乳の白き湯気を!」
「パォ~、牛乳とは違うんですか?」とシャオがパックを見つめる。
「ちがうの!豆乳は“大豆のミルク”なの!美容と健康に最強って知らないの!?」
「知らないよっ!?」真平が全力ツッコミ。
勇馬が静かに手を挙げる。「……ちなみに、鍋に合うのは無調整豆乳」
「へぇ~。でもこれ、“調整豆乳”って書いてありますよ~……」美優がにこやかに豆乳パックを差し出す。
「ええええええええ!?」琴美、女子力クラッシュ。
「でも甘くて美味しそうですねぇ~」美優はすでにひと口飲んでいる。
「それは飲む用のやつ!!鍋に入れたらミルクセーキ鍋になっちゃうから!!」
沙羅が目を細めて冷静に指摘。「というかそれ……バニラエッセンス入ってるわよ」
「なにぃぃ!?」真平が叫ぶ。
「パォ!?デザート鍋になるってことですか!?バニラ風味の白菜!?スイーツ鶏団子!?」
「そんなものは存在してはならないっ!!」
勇馬がまな板の上のネギを力強く刻みながら言った。切り口が女子力じゃなくて“武士力”。
「仕切り直して無調整豆乳買ってきましたー!」琴美が猛ダッシュからの帰還。
「おかえりなさいです~。じゃあ、甘い方は……」
「勇馬、あとで飲んで」
「了解した(すぐ冷蔵庫にイン)」
豆乳鍋、完成。
まろやかでやさしい香りが、部室中に立ちこめる。
豆乳・だし・塩で仕上げた“理想の女子力豆乳鍋”が、部室の中央に湯気を立てる。
「お野菜もたっぷり、鶏団子もふんわり……これはまさに“食べる美容液”ですねぇ~♪」
美優がうっとり、レンゲですくった豆乳スープをすする。
「この味……豆腐とミルクのあいのこ……」真平が妙に詩的。
「パォ~!湯葉っぽいの出てきました!これが“女子力の膜”ですか?」
「なんだその表現!?でも否定できない!」琴美が全力でうなずく。
「豆乳……しみてる……」真平がしみじみ。
「パォ~、まるで“食べる温泉”……」
「名言出たな……」沙羅がほほえむ。
「じゃあ、仕上げに“女子力フィナーレ”として、豆乳鍋の上に――チーズとトマトを投入しまーす!」琴美が宣言。
「はっ!?トマト!?チーズ!?」
「それは“イタリア鍋”では!?」真平が慌てる。
「いいの!“女子力とは自由”なの!!」
「それもう“鍋という名の幻想郷”になってない!?」
シャオがまじまじと鍋を見る。「パォ……色が、ピンクになってきました……」
「ピンクは女子力の色だからセーフ!」
「でもさ、これ……なんか、グラタンの香りしない?」沙羅が真顔で言う。
「……豆乳鍋って、変化球に弱いんだな」勇馬がつぶやいた。
鍋のふちでぐつぐつ煮えたチーズ+トマト+豆乳の“融合スープ”が、
今や立派な“謎のピンクシチュー”に進化していた。
琴美が最後のひとすくいをレンゲに乗せ、
「これぞ女子力の集大成……その名も、プリンセス鍋・アルティメットフォーム!」
と叫ぶ。
「もはや鍋じゃないし、プリンセス鍋ってなに!?」
真平が全力でツッコむが、もう誰にも止められない。
「さぁ!最後のひとくち、いくわよぉおおお!!」
\ぱくっ……/
「…………」
\しーん……/
「……味が……」 「味が……?」 「どうなったの……?」
琴美が震える手でつぶやく。
「……無限……」
勇馬が静かに目を閉じた。
「パォ!?勇馬先輩、鍋で悟りを開いた!?」
「トマトの酸味、豆乳のまろやかさ、チーズのコク、そしてだしの記憶……味が“輪廻転生”している……」
沙羅も黙ってスプーンを置く。
「お腹がポカポカして……なんだか、自分の中の“女子”が目覚めてきた気がします……」
美優が手を胸に当て、うっとり。
「俺……鍋で性別とか超越したかも……」真平、若干トリップ気味。
「パォ……私、いま“味の概念”に恋してるかもしれません……」
「……で、これ、味変ってアリなの?」琴美が湯気の向こうからにやりと笑った。
「味変……?」沙羅が警戒する。
「せっかくだから、ちょっと豪華にさ!まずは――牛肉!」
\ジュゥウウ……/
甘辛く焼かれた牛肉が投入され、スープがやたらとコク深く変貌。
「うおっ、すき焼き始まったぞ!?女子力どこいった!?」真平の混乱が止まらない。
「女子力とは、力強さの中にこそ宿るのです!!」琴美が宣言。
「じゃあ、これも入れていいですか?」とシャオが持ち出したのは――きりたんぽ。
「また来たー!!文化部名物、白米兵器!!」
「パォ!以前の残りです!」シャオが勝ち誇る笑顔で投入。
【豆乳+すき焼き風+きりたんぽ】
「これは……豆乳で煮る“和のグラタン”……?」美優の謎解釈に皆が首をかしげる中――
「……まだ終わりじゃない」勇馬がゆっくりと立ち上がった。
「ま、まさかお前……!」琴美が硬直。
「投入」
勇馬の手には、鮭の切り身。
ドボン。
\ぶわぁあああああああっっ!!/
スープから鮭と豆乳と牛肉と米の混合香が爆発し、部室の空気が“文化部特製・鍋インフェルノ”に変貌。
「これは……っ!?」
「パォ!?これはもう“鍋”というより、“歴史の鍋”……!」
「今ここに、“豆乳×日本列島の味全部乗せ鍋”が誕生した!!」
部員たちは黙って一口ずつ、カオス鍋を口に運ぶ。
「……うまい」
「うまっ!?何これ!?意味わからんけどおいしい!!」
「パォ……豆乳が全てを包み込んでる……慈母……」
「これが……“融合の味”……」真平の眼が遠くなる。
「よし、名前決めよう」琴美が立ち上がった。
「“昭和女子力・文化鍋”はどう?」
「いや“平成米国味噌グラタン鍋with和魂”で」
「長い!!!」全員から総ツッコミ。
鍋がグツグツと煮える中、豆乳・牛肉・鮭・きりたんぽ・バターの香りが部室の窓からふわりと立ち上る。
その時だった。
\カララ……/
部室のドアが、音もなく静かに開いた。
「……失礼。“文化の発酵”が行われていると聞きまして」
「でたぁぁあああ!香りに釣られて先生きたぁああ!!」
琴美が鍋のフタを握ったまま、全力で指さす。
「パォ!?先生、すごい嗅覚……!」
「犬並みの探知能力……!」真平が小声で呟く。
「私はただ、廊下で感じたのです。“豆乳と……鮭と……バターの陰謀”を。」
市子先生が遠い目をして語る。
「陰謀て!!」沙羅がすかさず突っ込み。
「なんですかそのフレーズ、かっこよすぎでは!?」美優がうっとり。
先生は湯気立つ土鍋の前に、スッ……と正座。
「では、ひと口、いただきましょう」
勇馬が丁寧に器によそい、差し出す。
先生、箸を取り、一口すくい、口へ運ぶ。
もぐもぐ……
「……うん、これは――」全員が息をのむ。
「“和”の波動に“洋”のコクが侵入し、なお崩れぬこの味のバランス。
まるで、時代と文化が戦いながらも共存し、最終的に“家庭の味”へと落ち着いたかのような――」
「先生、説明が詩的すぎて味が想像できない!!」
「でもすごく褒めてるのはわかる……!」沙羅が感心。
「で、実際の味は?」真平が聞くと――
「美味しいです。が、これはもはや鍋界のラスボスです」
\全員「ですよねぇえ!!」/
そして先生は、お茶を一口すすってこう言った。
「でも、あなたたち……」
「はい……?」(全員)
「明日は、ちゃんとお腹休ませなさいね?」
\ぐさっ!!/
文化部、全員の胃袋に突き刺さる一言。
「……というわけで、次回はお腹にやさしい鍋特集でお願いします」
先生がそう微笑んで立ち去る後ろ姿は――
どこか“豆乳の精霊”のように見えた。
\カララ……/
そのとき、もう一度、部室のドアが開いた。
静かに入ってきたのは――
「……文化部鍋シリーズ、噂には聞いていたわ」
生徒会長・大野博美、優雅に登場。
「おいしいの?それ」
琴美が目を輝かせる。「えっ、会長、食べる!?いまなら“最終形態”だよ!!」
博美は鍋を見つめ、眉ひとつ動かさずに――
「……その色、ちょっと躊躇うけど」
でも、一口すくって、静かに口に運ぶ。
「…………」
\しーん……/
「……これは」博美がゆっくりと言った。
「鍋という名の戦いの果てに生まれた、“文化の残滓”ね」
\なにそれかっこいいーーーー!?/
「じゃあ私たち、文化の残滓食べてたの!?」
「パォ!?名前の響きだけで胃がいっぱいに……」
そして――
博美はそっと、箸を置いた。
「でも、美味しかった。少なくとも、今日一日、世界が平和で良かったと思える味だったわ」
\全員「名言……!」/
そして、全員の心と胃袋が温まったところで、
琴美が最後に言った。
「というわけで、次回は“鍋で世界旅行”シリーズに突入します!!」
「えっ、ちょ、待っ……」
「パォ!?パスポートいりますか!?」
「胃が先に入国拒否するぞ!?」




