表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/241

黄金比と油膜の彼方に

昼休み、部室にて。

「……すき焼き、きりたんぽと来て、次は魚の鍋が食いたいな」

真平がストーブ前でぼそっと呟いた。

「えっ、魚?」琴美が眉を上げる。

「うちじゃ冬はずっと肉鍋だったから、ああいうの食うと無性に“ぶり大根”とか“あら汁”的なもの欲しくなるんだよな……」

「それ鍋じゃなくて煮物寄りになってない……?」沙羅がつっこむ。

すると、勇馬が静かに口を開いた。

「魚メインなら、普通に寄せ鍋だな。たらや鮭、ホタテも合う」

「パォ? ホタテ!? 贅沢な……!」

「でもマイナー路線なら、石狩鍋とかある」

「いしかり……なべ?」シャオが首を傾げる。

「石狩鍋ってなんですか~?」

「パォ、知らない名前です……」

「北海道の鍋。鮭を味噌ベースの出汁で煮て、キャベツ、じゃがいも、長ねぎ、豆腐、そして……バター」

勇馬がスマホも見ずに説明する。

「バター!?!?鍋に!?」

「鮭と味噌とバター……北海道の三種の神器」

「今、ちょっと魅力的に聞こえた!」琴美がぐらり。

「日本の地方鍋って面白いですねぇ~」美優がほんわか笑顔。

「パォ……台湾だと、魚の鍋っていったら“酸菜魚”とか“魚頭火鍋”……辛いのもあるよ?」

シャオが自分のスマホで写真を見せる。

「うわ、めっちゃ赤い!」

「それ、文化部が食べたら誰か脱落するやつだ……」真平が引きつる。

「じゃあさ、今回のテーマは“魚”で決まりとして――」

「寄せ鍋派? 石狩鍋派?」

琴美がホワイトボードにまた線を引き始める。

「魚初心者には寄せ鍋、でも文化部っぽいのは石狩鍋」

「野菜いっぱい取れるのもポイント高いですよねぇ~」美優

「パォ~……私は石狩鍋、試してみたいです!」シャオの瞳がキラキラと輝く。

「石狩鍋でいいと思う。いつか“魚で勝負”しようって思ってたし」

勇馬がぽつりとつぶやく。

「なにその“隠し玉ついに解禁”みたいな言い方……」真平が苦笑い。

「よし、じゃあ次回は石狩鍋チャレンジ!」

「ただし、バターは絶対忘れるなよ!」

「あと、あらかじめ部室の換気はしておこうね……」

「パォ……“さけの香り充満事件”にならないように……」

「じゃあキャベツと味噌はうちに任せて!」琴美が笑顔。

「……僕が鮭、捌いてきます」勇馬の言葉に、一同が一瞬静まり返った。

「えっ、捌けるの!?」

「祖父が釣り師だったから……」

「勇馬、ほんとに何者……」

「パォ……料理人のオーラです……」

部室の隅。

まな板、包丁、そして――ドン、と置かれた鮭一尾。

「……え、本当に捌くの?」

琴美が少し引き気味に問う。

「捌く」

勇馬は短く答えると、すっと割烹着を羽織った。

「似合うな!?」

「パォ! なんか武者の出陣前みたいです!」

「しかも手際が職人級……」真平が感心して見つめる中、

シュッ、シュッ……

勇馬の包丁が鮭を滑るようにさばいていく。骨も内臓もきっちり処理。

「見てください、皮もきれいに剥がれてる~!」美優が拍手。

「ついでに骨抜きもしておく」

「ついでのレベルじゃない!」琴美が崩れ落ちる。

一方、野菜班では……

「キャベツはざく切り!長ネギは斜めに薄く!」

「はいはーい!じゃがいもは輪切り~♪」美優がほわほわ調理中。

「バターって、どれくらい入れるの?」シャオがバターの箱を手にする。

「そりゃあもう、北海道魂でドンと!」琴美が勢いよくバターを三かけ投入。

「ちょ、入れすぎじゃ――」真平が止めようとしたが間に合わず、

ぐつぐつ鍋の表面に、あやしげな黄金の光沢が……。

「こ、これは……」

「パォ……なんか鍋というより、スープカレー油田……?」

「ま、まあ味見してみようよ!絶対美味しいから!ねっ?」琴美が笑顔で押し切る。

「鮭、投入」

勇馬が切り身を丁寧に並べ入れた瞬間、

ぶわぁぁっっ……!

石狩鍋特有の、鮭+味噌+バターの暴力的な香りが部室を包んだ。

「うおっ、すごい匂い!?」

「パ、パォ!? 北海道が来た!? 部室に直送!?」

「ちょっと、これ先生来たら絶対怒られるやつでは……」沙羅が窓を全開。

「大丈夫、匂いの強さはうまさの強さってばっちゃが言ってた!」琴美が謎理論を展開。

「……うまい」

勇馬が一口食べて、静かに呟いた。

「本当だ、バターと味噌が合う……!鮭もほろっほろ~!」美優がとろける。

「じゃがいも、いい味出してるな」真平が満足そう。

「……あ、キャベツ溶けてる」

「パォ!?溶けた!?鍋にキャベツ消えた!?」

「いや、味に溶け込んでるって意味で……」琴美がなだめる。

「これは……文化部史上、一番“味の深さ”があるかもしれないな……」沙羅がしみじみ。

「……ところで琴美。さっき“バター三かけ”って言ってたけど……」

「うん?」

「……バター一かけ=10gなんだけど、君が入れたの、業務用の“100gブロック”だったよね?」

「えっ」

「てことは……300g!?」

「パォーーー!?」

「1鍋あたりの脂質、限界突破!!」真平が叫ぶ。

「……なんか鍋の表面に、油膜張ってきてる……」沙羅が冷静に観察。

「でもうまいですね」

勇馬が追いバターしようとして、全員に止められた。

「結論:石狩鍋は、うまいけどバターは計量しよう」

「文化部の教訓増えたねぇ……」

「パォ……次は“ヘルシー鍋”がいいかもです……」

「じゃあ次は、“豆乳鍋”で女子力回復を目指すわよっ!」

「いや、それ“女子力の押し売り”だろ……」真平がぼやいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ