“ぽ”を求めて三千里
水曜の昼休み、日ノ本文化部部室。
巨大土鍋から立ちのぼる湯気と甘辛い醤油の香りに包まれながら、文化部のメンバーは夢中ですき焼き鍋をつついていた。
「やっぱ、昼から鍋って最高すぎない?」琴美が笑いながら、すき焼きうどんを箸ですくう。
「肉、もうちょっと……いや、まだある。奇跡」真平が静かに感動している。
「パォ!この豆腐、味が染みててとっても美味しいです~」シャオが満面の笑みでほかほか顔。
「生卵つけるって文化、ほんとすごいですよね……」美優がぽやっと呟く。
鍋の中も、お腹の中も、心の中も満たされたそのとき――
琴美が口をぬぐいながら、次なる提案をぶち上げる。
「じゃあさ、次の鍋、どうする?」
「もう次の話!?」と沙羅が箸を止める。
「だってさ、せっかくこの昭和土鍋があるんだし、シリーズ化するしかないでしょ。“日ノ本文化部 鍋でめぐる日本列島”とかさ!」
「おお、それいいじゃん……」真平がなぜか乗り気。
「パォ!それって、全国の鍋料理を体験するってことですか?」
「そうそう。でね、次は食べたことない鍋にしようよ!」
琴美の提案に、メンバーは顔を見合わせた。
「よし、じゃあ放課後、みんなでスーパー行こう!」
そうして部活終わりに向かったのは、地元の中規模スーパー。
「鍋に使える変わり種を探すんだ!目指せ、次のご当地鍋!」琴美がカゴを片手に歩き回る。
「おでん用コーナーにヒントがあるかもですよ~」美優がうれしそうに駆け寄る。
そのとき――
「パォ? これ、なんですか?」
シャオが手にしていたのは、長くて太い棒状の謎の物体。
「……それ、きりたんぽだよ!」沙羅がすぐに反応する。
「きり……たんぽ……?日本語、かわいい……けど、食べ物?」
「秋田の郷土料理だよ。潰したごはんを丸めて焼いたやつ。鍋に入れて食べるの!」琴美が目を輝かせる。
「そうそう。鶏だしで煮込むのが本場。ごぼうとか、セリとか入ってるのよね」真平がすかさずフォロー。
「えっ、それ絶対おいしいやつ……!」
「食べたこと、ないです!」シャオの目がきらきらする。
「よし、次は“きりたんぽ鍋”に決定!!」琴美が即決する。
買い物カゴには、きりたんぽ、鶏もも肉、ごぼう、長ねぎ、そしてセリの代わりに三つ葉。
「本場風は無理かもだけど、文化部的アレンジで再現してみようよ!」
「よし、次の鍋は“東北の冬に思いを馳せる会”だな」真平がメモを取り始める。
「パォ!鍋の旅、日本全国いけますね……!」
「じゃあ次は、沖縄の“アグー豚しゃぶ”とか狙っていこう!」と琴美がすでに次回を見据えている。
「よし!材料はばっちり揃ったわ!」
琴美が鼻息荒く土鍋のフタを開ける。
「パォ~!ごはんの棒!焼けてるのが不思議です!」
シャオはきりたんぽを両手で持ち上げてクルクル回している。
「落ち着け、シャオ、それは回すものじゃない」真平がそっと止める。
「ごぼうも切ったし、出汁もとったし……よし、あとは鍋にぶっこむだけ!」
沙羅が鶏肉を投入。ジュッと出汁の音がして、部室内が一気に“秋田の香り”に。
「よっしゃ~、それじゃあ、秋田式きりたんぽ鍋、開始ィィィ!」
琴美がまるで実況中継のように叫ぶ。
「……で、セリはどこ?」勇馬が材料一覧を確認して首をかしげる。
「えっと、代わりに三つ葉を買ってきました~」と美優。
「……まあ近いからセーフか」と真平が判断を下すも――
「待って、それ“近いけど遠い”やつ!」沙羅が即座にツッコむ。
「パォ……でも緑色だし、ヒラヒラしてて可愛い……」
「見た目だけでOK出すな!」琴美がピコピコハンマーを(文化部の定番)手に取りかけて止めた。
「……いい感じに煮えてきたな」
真平が土鍋のフタを開けると、そこにはぐっつぐつに煮えた謎の緑の塊が浮かんでいた。
「……えっ、それ三つ葉?」「違う、これは……まさか――」
「シャオ!これ、春菊じゃん!!!」
「パォ!?かわいかったから間違えました……」
「これはこれで……アリじゃない?」と琴美が無理やりポジティブ変換。
「昭和って“なんでもあり”だもんね」美優が優しくまとめてくれる。
「それ、言い訳に使うのそろそろやめましょう」勇馬が苦笑。
「じゃ、いただきまーす!」
全員で一口……のはずが、
「パォ!?きりたんぽが……き、切れない!?」
「お、おぉぉ……食感が……まるで木の枝……」琴美の顔がひきつる。
「シャオ、もしかして焼く前のごはんに“水”入れた?」
「パォ~?ベチャベチャのほうが成形しやすいかと思って……」
「……完全におこわの煮物じゃん……」
「きりたんぽの“ぽ”どこいったの!?」と沙羅が吹き出す。
「……でもこれ、鍋粥っぽくて意外といける」真平がふと呟く。
「じゃあ名前変えよう。“きりたんぽ風昭和の混沌鍋”でどう?」琴美が即ネーミング。
「そんな鍋、食べたくないですよ……」勇馬がスプーンを置いた。
「でも!このカオス感が、まさに文化部だよねっ!」
「パォォ~!」
「やけに説得力あるのが腹立つわ……」沙羅がピコピコハンマーを手にする。
その夜、先生に余った鍋をお裾分けに持っていった結果――
織田市子先生、一口食べて静かに言った。
「これは……鍋ではなく、昭和の考古学ね。」
「えっ、褒めてます?」
「“文化の層”を感じるって意味では、貴重よ……ふふっ」
あの“春菊粥事件”から数日後――
部室では、あの日の反省会(という名の雑談)が繰り広げられていた。
「いやー……あれはもう、“きりたんぽ鍋”じゃなくて“ぽい鍋”だったよね……」
琴美が遠い目で言う。
「“ぽ”の部分、完全に消えてたしな……」真平が重たくうなずく。
「パォ~……あれは、私の判断ミスでした……」
シャオがしょんぼり肩を落とす。
「いや、可愛かったけどね。見た目は完全に“ふわふわ白玉スティック”だったし」
美優がふんわり笑いながら慰めると、
「でも、私たちはまだ“本物のきりたんぽ鍋”を知らない……」
琴美が静かに、だが熱く語り始めた。
「だから……リベンジしよう。既製品のきりたんぽで。」
「最初からそれ使えばよかったじゃん」沙羅が即座にツッコむ。
放課後、再び訪れたスーパー。
目指すは冷蔵コーナー、地味に置いてあった【比内地鶏スープ付き・本場秋田のきりたんぽセット】。
「うわ、ちゃんと焼き目ついてる……これが、プロの仕業……!」
琴美が手を震わせながらセットを手に取る。
「パォ!このスープ、黄金色してます……!」
「比内地鶏って、たしかすごい高級なやつなんでしょ?」美優がパッケージをのぞき込む。
「よし、今度こそ“きりたんぽ鍋”と名乗っても許されるものを……!」
真平が気合いを入れ、部員たちは再び土鍋を囲む。
鶏肉、ごぼう、長ねぎ、せり 糸こんにゃく。
黄金のスープの中で、既製品の焼き目のついたきりたんぽがふっくらと煮えていく。
「……香りが、ちがう」
「このスープ、まじで沁みる……」
「パォ……スープが……きりたんぽに吸い込まれていきます……」
そして、ついに一口。
「……うまっ!!」
「これ!これがきりたんぽ鍋だよぉぉ!!」
琴美が感極まって土鍋のふちを抱きしめる(※危ない)。
「前回の……あれはなんだったんだろうな……」真平が箸を持ったまま空を見上げる。
「“文化部的きりたんぽ幻想鍋”ってことで、記録には残しましょう」勇馬が淡々と記録係を務める。
「パォ……きりたんぽ、ちゃんとしたやつは、もちもちでおいしい……」
シャオの目にうっすら涙が浮かぶ。
「やっぱ、“文化の継承”って、まず本物を知るところからなんだね!」
琴美がどこか悟ったような顔で言うと、
「お前が言うと深そうに聞こえねぇんだよなぁ……」
と真平がぼそっとツッコミ。
「でも、昭和の土鍋で平成・令和の味を煮込むのって、時代を超えた鍋ロマンだと思いませんかぁ~?」
美優のふわっとした言葉に、全員がなぜか納得してしまう。
その日、鍋をつついた文化部員たちが最後に出した結論。
「次回は……九州・水炊き鍋編いくか!」
「文化部の旅は、まだ始まったばかりよ!」
「パォッ!今度こそ、失敗しませんように!」
こうして、土鍋を抱いた日ノ本文化部は――またひとつ、鍋と共に成長していくのであった。
(※先生にもちゃんと取り分けて渡したら「これは文化遺産ね」と本気で言われた。)




