おめでとうは、“いつも通り”がいちばん
栗の爆発騒動も落ち着き、焚火の炎もゆっくりと落ち着きを見せはじめた頃。
それぞれが湯気の立つ飲み物を片手に、名残惜しそうに火を見つめていたその時――
沙羅がふと立ち上がり、みんなを見渡して言った。
「――あぁ~、そうそう。週末、あたしんちで誕生パーティーやるからね。」
「えっ、パーティー?」琴美がぱっと顔を上げる。
「誰の誕生日?」美優が首を傾げると、
「……あたし。」沙羅が少し照れくさそうに、でもどこか誇らしげに笑った。
「パォ!沙羅先輩、お誕生日だったんですか!?おめでとうございますっ!」
シャオがぱちぱちと小さな手で拍手する。
「ちょっとなんで今言っちゃうのよ」と琴美が抗議。
「ごめんね、あたしサプライズバースデイ苦手なの」
「なるほど……」と真平が頷く。「いつものテンションで祝われたいってやつね。」
「うん。気ぃつかわれるの、ちょっと苦手でさ。でも、みんなでワイワイするのは好きなんだよね」
沙羅は、焚火の明かりに照らされながら、ほんの少し照れくさそうに笑った。
「それなら、全力で“普通に”楽しい誕生会にしよう!」琴美が勢いよく宣言する。
「お祝いムードは隠せないけど、サプライズは封印ね~♪」美優がふんわりと付け加える。
「パォ!じゃあ私は、台湾式のお祝いお菓子を作ります!“紅龜粿(アンコ入りお餅)”っていうんですけど、縁起が良いんですよ!」
シャオが張り切ってメモを取り始める。
「……じゃあ、僕は焼きそばパン用の特製ソースでも考えるか」勇馬が自然な流れで言うと、
「勇馬、それってもう“職人のスイッチ”入ってない?」琴美が笑う。
「ケーキは……やっぱり自家製だよな」真平がぽつりと呟くと、
「え、それも手作り!?真平、そんなことできたの?」沙羅が少し驚いたように振り返る。
「妹がレシピ本集めててさ。たまに手伝わされてんだよ。あんま期待すんなよ?」
「ふふっ、でも楽しみにしてるわよ」と沙羅が笑った。
焚火の炎がパチパチと揺れながら、メンバーたちの笑顔をやさしく照らしていた。
特別なサプライズはないけれど、仲間たちの手で作る“いつもの空気”が、いちばん嬉しい贈り物になる。
「もちろん。お好み焼きもたこ焼きも、ぜんぶ出すわよ。ついでにあたしが作るバースデー焼きそばパンもね!」
「それ、屋台じゃん……!」真平が呆れつつも笑う。
「パーティーの準備、手伝います~。風船とか、飾り付けとか♪」美優がほんわかと手を挙げる。
「じゃあ、プレゼントもちゃんと用意しておかないとな」真平がボソッと言うと、
「ちょ、気合い入りすぎじゃない?それとさ博美先輩も呼ぼうよ」と琴美が肘で小突く。
文化部の焚火ナイトから数日後。空気はさらに冷え込み、那須塩原の街はすっかり晩秋の装いになっていた。
週末、夕方。
沙羅の家「磯貝亭」には、日ノ本文化部のメンバーが次々と集まってきた。
「おじゃましまーす!」
「うわ、めっちゃいい匂い……!」
「お好み焼き、焼けてる~!」
店の一角には、暖簾の代わりにカラフルなガーランド。
萌香が張り切って飾った風船が天井からぶら下がり、ほんのりとした電球の明かりに照らされていた。
座敷の中央には、大きなお好み焼きプレートと、湯気を立てるたこ焼き器。そして――
「これが、沙羅特製“バースデー焼きそばパン”よ!」
「ほんとに作ったんだ!?」琴美が目を輝かせる。
「パォ!すごい……屋台どころじゃないクオリティです!」
「このソース、勇馬くんの味でしょ?甘さとスパイスのバランス、完璧だわ」
沙羅はちょっと照れつつも、みんなが食べてくれるのを嬉しそうに見ていた。
真平が焼いたしっとりガトーショコラは、美優が用意したリボン付きのプレートに載せられて登場。
「へぇ、真平にしてはやるじゃん!」と琴美がからかうも、
「うまっ……!」とひと口で黙らされる。
シャオは台湾の縁起菓子「紅龜粿」を、綺麗な竹の容器に詰めて持ってきた。
「アンコが優しい甘さで、あったかい気持ちになります~」美優がにっこり。
そして、いつの間にか呼ばれていた――
「こんばんは。遅れてごめんなさい」
生徒会長・大野博美も登場。
和柄のマフラーを首に巻いて、さりげなくプレゼント袋を持っている。
「博美先輩!ほんとに来てくれたんだ!」琴美が嬉しそうに駆け寄る。
「当然でしょう?文化部の“イベント”には、ちゃんと参加しないと。」
博美は柔らかく微笑むと、沙羅に向き直る。
「磯貝さん、お誕生日おめでとう。」
「ありがと。来てくれて嬉しいわ、先輩」
沙羅がちょっとだけ、恥ずかしそうに笑う。
大げさな演出も、サプライズもなし。
けれど、プレゼントが手渡される時の笑顔と、何気ない「おめでとう」の言葉の温かさは、沙羅にとってかけがえのない時間だった。
「おい、誰だよ。『誕生日用』って書かれたたこ焼きにチョコチップ入れたの」
「パォ!?シャオじゃないです!琴美先輩が――」
「ちょ、私!?」
笑い声と焼けたソースの香ばしい匂いが、磯貝亭の座敷いっぱいに広がる。
沙羅がふと、立ち上がり、みんなを見回す。
「……ありがと。なんか、めちゃくちゃ嬉しい。ほんとに、特別なことはいらないの。こうやって集まってくれて、笑ってくれて、それが一番――いい誕生日プレゼントだと思うわ。」
「こら、泣くなよ?」真平がちょっと照れたように言うと、
「泣いてないっての!」沙羅は笑いながら、焼きそばパンをもう一個かじった。
こうして、文化部の仲間たちが作る“いつもの空気”に包まれて、
沙羅の誕生会は、何より温かく、心に残る一夜となった。




