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催眠解除大作戦

 放課後、日ノ本文化部・部室の空気は異様だった。

——なぜなら、琴美が“お嬢様”になっていたからである。

 いつもなら「ズズズッ!」と音を立てて豪快に飲む紅茶を、今日は小指を立てて優雅に嗜んでいる。

 カップをゆっくりと傾け、まるで英国貴族のティータイムのような光景。

——異常事態である。

 隣でお茶を注ぐ美優と合わせて真平は一瞬、「……絵になるな」 などと思ってしまったが、すぐに頭を振ってその考えを振り払った。

「……なあ琴美、お前 ‘音源’ って言ってたよな?」

「ええ、そうよ♪ ‘心を落ち着け、内なる女性らしさを引き出す’ ヒーリング音源よ♪」琴美は優雅に微笑む。

「それ、具体的にどんなの?」

「えっとね……『あなたの心に癒しを……あなたは女性らしく、優しく、穏やかになっていきます……』 っていう声がずっと流れてるの。」

——部室の全員が凍りついた。

「……それ、完全に ‘催眠音声’ じゃね?」

「パォ~~!? そう聞くと、ますますヤバい感じです~~!!!」シャオがガタガタ震える。

「勇馬、これ調べて。」真平が即座に指示を出す。

「はい、今すぐ解析します。」勇馬はメガネをクイッと上げ、スマホを操作し始めた。

「琴美先輩、その ‘音源データ’ 送ってもらえますか?」

「ええ、いいわよ♪」琴美が何の疑問も抱かずに送信すると、勇馬はすぐさま解析を始めた。

「……このデータ、ただの ‘ヒーリング音源’ じゃないですね。」

「やっぱりな。」

「どういうこと?」 沙羅が身を乗り出す。

 勇馬はパソコンの画面を見せながら説明した。

「この音源、低周波のバイノーラルビート が含まれています。」

「バイノーラル……何?」沙羅が首をかしげる。

「簡単に言えば、人間の脳波を特定の状態に誘導する ‘音のトリック’ みたいなものです。」

「つまり?」

「この音声を聴き続けることで ‘リラックスしすぎる’ 状態になるんです。」

「……リラックスしすぎる?」

「ええ。たぶん、この音源は ‘攻撃性’ や ‘衝動’ を抑えるように作られていますね。」

「それがこんな ‘おしとやかお嬢様’ になった原因ってこと!?」沙羅が驚く。

「可能性は高いです。」

「パォ~~!? 琴美先輩は ‘催眠音声’ で ‘お嬢様’ になっちゃったんです~~!!?」

「そういうことだな。」真平が腕を組む。

全員が琴美を見た。

しかし、当の本人は優雅に紅茶を啜り、にこやかに微笑んでいる。

「もう ‘乱暴な私’ には戻らないわ♪ だって、本来の私は ‘淑やかで上品なレディ’ なのだから♪」

「いやいやいや!! ‘本来のお前’ は ‘文化部の狂犬’ だろ!!!!!」

「パォ~~!! どうやって ‘元に戻す’ ですか~~!!?」

「方法は二つです。」勇馬が冷静に指を二本立てる。

① 強制的に ‘催眠音源’ を打ち消す刺激を与える。

② 逆に ‘元の琴美’ を思い出させる音源を作成する。

「つまり、簡単に言えば——」

『琴美の野生を呼び覚ます!!』

「なるほど…… ‘昭和の血’ を目覚めさせるってことね……。」沙羅が深刻な顔で頷く。

「ちょっと待って下さい、 野生って何ですか!?」美優が首を傾げる。

「 ‘昭和の血’ を ‘昭和の音’ で呼び戻すんだよ!」

「パォ~そんなので戻るの~~!?」シャオが半泣きで叫ぶ。

「まずは ‘強制刺激’ を試してみよう。」

「琴美先輩の ‘本能’ を刺激する ‘最強の音源’ を流します。」勇馬はスマホを操作し、スピーカーに繋いだ。

『ロッキーのテーマ』

♪タタタターン タララ~ラ~♪

「……!!?」琴美の眉がピクリと動いた。

「よし、効いてる!!!」

「もう一押しだ!!!」

『銭形平次のテーマ』

♪チャッチャチャチャチャ~~ン♪

「……っ!?」琴美の目がカッと見開く。

「もう一押し!!!」

『エアーウルフのテーマ』

♪ タタタタタタタッタッララタッタッララタッタッララ タンタンタンタタタンタン!!! ♪

「……なんだ、なんか……体が熱い……!!」

「よし、キてるぞ!!!」

——しかし、まだ決定打には至らない。

「もう一押しだ……!」

『レイダースマーチ(インディ・ジョーンズのテーマ)』

♪タッタッララ タッタッララ タンタターン♪

「続けて行け~~~~~~~~~~~~!」

『暴れん坊将軍 - オープニングテーマ』

♪チャ~チャチャチャラララ~~ン!!!♪

「うおおおおおおお!!!!!」

ガタン!!!

琴美が椅子をひっくり返して立ち上がった。

「……」

「……」

「んあぁぁぁぁ!?!?!? なんか ‘お上品な夢’ を見てた気がする!!!!!」

「戻ったぁぁぁぁぁ!!!!!」

「パォ~~!! 琴美先輩、おかえりなさいです~~!!!」シャオは琴美に抱き着いた。

「ちょっとシャオ!あんた達、なんで私の顔をそんな ‘お化けを見る目’ で見てんのよ!!!」

「いや、お化けみたいな ‘お嬢様琴美’ だったんだよ……」

「…… ‘紅茶’ とか ‘小指立てる’ とかしてたのよ……?」

「はぁ!? そんな気持ち悪いことするわけないでしょ!!!」

「…… ‘してた’ んだよ。」

「……」琴美は全身に鳥肌を立てて震えた。

「うぇぇぇ~~~!?!?!? なんか気持ち悪い!!! なにそれ!!! ‘黒歴史’ じゃん!!!!!」

「うふふ、私はどっちの琴美先輩も好きですよ」

「勘弁してくれ~」

 こうして、日ノ本文化部の 『琴美お嬢様化事件』 は無事解決したのだった——。


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