カリエルへ
その日は食材を買い揃えて、次の日の早朝、出発する事にした。けど、ミーアが来ていない。
「部屋まで迎えに行ってくる?」
「ううん、いいよ」
「だよなー。犠牲者は少ない方がいい。…ふぁ」
「犠牲者って…。本当に、気を付けて」
本当は、何を置いても付いて行きたい。でもそんな我が儘は許されない。
「あ、そうだ忘れてた。卒業課題、先生に渡しておいて」
突然渡された神銀に、レンはびっくりする。
「ええっ!まさか本当に出来たの?」
「わかんないけど、普通のミスリルとは違うと思う。これも」
分厚いレポートを渡して、目を白黒させているレンと、微笑ましいものを見る表情を浮かべるシスカ。
「じゃ、またね」
三人は朝もやの中に消えていった。
初日だけで東の大地まで飛んで、暗くなる前に、絨毯から降りる。
「飛ばし過ぎじゃないか?魔力は大丈夫か?」
「全然平気。あ、ワシタカありがとう。ついでにネギニラ探してよ」
「おう。エンデも薪拾い頼むわ」
イベントリからかまどセットを取り出して、ワシタカを解体する。キノコを水で戻して出汁の準備。買ってきた野菜を刻んで、モモ肉と一緒に煮込む。後の部位は一口大に切ってハーブを塩と一緒に揉み込み枝に刺す。
「そろそろいいか?」
ダグラスが伸ばしてきた手をぱしっと叩く。
「まだ生焼けだよ」
先にスープを渡すと、早速パンにつけた。
「明日には着くと思うけど、ダグラスは実家に顔出すの?」
「あー…後でいいよ。どういう状況とか、聞かなきゃだろ?」
「もしかして、7年間連絡してないんじゃない?」
「い、いや、受かった時に連絡したし」
「6年になっただけじゃん!信じらんない」
「う、うるせーよ。向こうは元気みたいだし、いいんだよ」
ダグラスをジト目で見て、残りのスープに米を入れて煮込む。
ダグラスはエンデに、こそっと耳打ちする。
「国境越えた辺りの崖に、アイツの好物が出るんだ。放電する魔物だから、止めるの協力してくれ」
エンデは頷いて、その辺りの魔物を思い出そうとするが、さすがに国外の魔物、しかも強力でないものは思い出せない。
可愛い魔物でもいるのだろうか?そもそも可愛いの基準が分からないのだが。
通常なら5日はかかる日程だが、魔法の絨毯に使われているのが通常の魔石ではなく魔宝石のため、そして無駄に魔力量の多い天音が操るので、二日目の朝には国境を越えた。
「うん?何か白くて丸いのが…!もふー!」
スピードを落とさずにほぼ直角に曲がり、エンデ達は振り落とされないようにするのが精一杯だった。急ブレーキでとまり、天音はこぶし大の魔物を素手で捕まえる。
「ふぎゃ!」
放電攻撃で、体に痺れがはしる。それでも魔物は離さない。
「あーあ。やっぱこうなったか」
「手を放せ!」
「や…だ。もふもふ…」
いらっときたエンデが、腕に手刀をあてる。ポロッと落ちた魔物は、ふよふよと飛んでいく。
「あぅ。私のもふもふが」
「もふもふだろうがアイツは魔物!痺れてるくせに何言ってんだよ」
「魔法耐性あるから平気かなって」
「…いや、麻痺耐性だろう」
「いっぱい触れば生えるかな?麻痺耐性」
「いいかげんにしろ!目的を忘れたか!」
「う。ごめんなさい」
なごり惜しそうに毛玉を見つめ、溜息をついて魔法の絨毯に魔力を注いだ。
カリエルの首都が近づくにつれ、雪深くなってゆく。厚手のマントに身を包み、街に降り立つ。冒険者証を出して厚い石垣に囲まれた街に入る頃には夜も更けてきた。
「とりあえず宿に行くか」
ダグラスの案内で、迷う事無く宿に着く。カウンターで部屋を借りると、食堂兼酒場に足を運ぶ。
「うん?もしかしてダグラスか?お前、帰って来たのか?ていうか生きてたのかよ。待ってろ、セシル呼んでやる」
男がカウンター越しに名前を呼ぶと、ダグラスと同じ栗色の髪と青い瞳の女の子が出て来た。
「お兄ちゃん!びっくりした。生きてたんだね」
「ひでぇなセシル。つーかおめー、酒場で働いてるのか?」
「料理人だよ。こちらはお兄ちゃんのお友達?」
「ああ。同級生だ。エンデとア…イリスだ」
「兄がお世話になってます。えっと、アイリスちゃん?小さいのにここまで来るの大変だったでしょう。今、暖かいシチュー持って来るからね」
「うぅ…見かけ7歳だけど13歳だもん」




