砂漠にて
今回からイリスから天音に変わります。
国境付近の堅牢な要塞。その一室で、イリスは凄く緊張していた。孤児として育った自分には、優雅さや気品なんて有るわけがない。アカデミーでは礼儀作法も少しは教わったけど、その程度で身に付く筈もない。こんな事なら、自分には関係無いと思わないで、ちゃんと勉強しておけば良かったな。保護されてた時に感じた貴族の嘲りや蔑む視線は、こういう所を見抜いていたからだと思う。仕方ないなんて言ってたらだめだよね。
とりあえず挨拶の練習をしてみたり、ちょっとでもお淑やかに見えるように、アイゼルの仕草を思い出してみる。
「ていうか本当、今更だよね」
それでも、やっと逢える両親に、幻滅されたくはない。先方が着いて、準備が整ったというので、静かに席を立って部屋から出ると、レンがクスリと笑う。
「もしかして、緊張してる?」
「変?」
「滅多に見られない物が見れたなとは思う」
「私だって、緊張する事位あるし」
レインフォート様、と呼ばれるレンに、あれ?と首を傾げると、エンデに睨まれてしまった。だって、自国の人は殿下って呼ぶし、私にとってはレンはレンだから。でもおかげで緊張が少しほぐれた。
扉が開いて、両親の姿が見えると、頭が真っ白になってしまった。記憶にあった両親の姿と、ピタリと心の中ではまる。何も考えずに駆け出していた。
「本当に、生きてた…良かった!」
抱き止めてくれた王妃の胸で、声を上げて泣く。イリスの頭を撫でる王も、目に涙を浮かべている。
「アマネ、やっぱり貴女は神子なのね」
「え?」
王妃が取り出した、太陽をモチーフにした杖の先端には、賢者の石が付いている。引き寄せられるように、それを手にしたイリスが意識を失う。
「!イリス…アマネ王女」
「心配ありません。あの子は普通の人間とは少し違う存在。それを思い出しているだけです」
「太陽の神子ということですか?」
「何故、それを…貴方は、ニホン由来の方ですね?」
「確かに私の先祖はニホンの出身です。神子の伝承も、僅かですが知っています」
「そうですか。お名前を伺っても?」
「エンデと申します」
「貴方は、ニホンへは行かないのですか?」
「以前は何の興味もなかったのですが、姫様と接するうちに、行かねばならないと思うようになりました」
「それなら、アマネと行くと良いでしょう」
「そうですね…来年の夏前には、そうなると思います」
「え?…アマネは直ぐに行かないのかしら?」
「失礼ですがミコト王妃様、あの杖を何処で手に入れられたのですか?」
「私は神子様に仕える巫女だったの。月の神子様の予知で、長く不在だった太陽の神子が私の娘として生まれる事が分かったので、人里に降りて、交流のあったドムハイトの王子…この人に求婚されて、国をでたの。私の力を政治利用しない条件で。その時に神子様から杖をお預かりしたの。本当は、7歳の時に渡すはずだったのだけれど、あの事件でアマネは行方不明になってしまったから」
「太陽の神子は、不在だったのですね。では、各地で起こっている魔物のバランスが崩れているのも?」
「ええ」
「エンデ、アマネ王女はこれからどうなってしまうか、分かるのか?」
エンデは、レンの顔をまともに見る事が出来なかった。
「…伝承では、神子はニホンの神殿に住んでいること位しか、分かりません」
「側に居てくれると言ったのに?!やっと…好きだって…」
「レインフォート王子?どういう事ですか?」
「アカデミーで、同じクラスで、僕は王女とは知らずに、好きになっていたんです。只のイリスとして、結婚を望むようになっていました」
「でもそれは、貴方の片思いだったのではありませんか?神子であるあの子が、特定の人を好きになることは有りません」
「いいえ!確かにずっと良く分からないと言っていましたけど、この前、ちゃんと好きだって」
扉が開き、しっかりとした足取りで、天音が入って来た。右手にしっかりと太陽の杖を握っている。
「レンの言うとおりです。お母様。神子の在り方としては邪道かもしれない。倍近い時を人の中で過ごしたせいかも知れない。私は確かに、特別と思える人が出来たんです」
いつものイリスとは違い、凛とした表情をしていた。
「天音…」
ミコトの瞳に涙が浮かぶ。
「お母様?」
「嬉しいのよ。貴女には、人としての幸せなんて望めないと思っていたから…ごめんなさい。私の立場でこんな事言ってはいけないのに」
「ううん、嬉しい。ちゃんと私の事考えてくれてたって分かるから」
「けど、大丈夫?人は歳をとってゆくもの。普通の人なら誤魔化せても、王妃になるなら」
「長く不在だったから、調整に少し時間かかるけど、大丈夫。人の体だから、子供だって産めるよ。何か問題あれば、ニホンに転移出来るから」
「アマネ、私はまだ、嫁に行く事を了承していない。そもそもが、その力を政治利用されたらどうする?人には過ぎた力だ」
「そんな事はしません。僕には、側に居てくれるだけで充分ですから」
「お父様、私、レンの側に居られないなら、神子になるしかないんです」
「うっ…わ、分かった。しかし、結婚は15になってからだ。それまでは、私たちの側にいなさい」
「アカデミーを卒業してから。戻るのは5月でいいですか?…それから半年は、ニホンに行かないとダメだけど」
「しかし…今まで親として、何もしてあげられなかったのに」
「大丈夫。レンとお父様が頑張って、国どうしが仲良くなればいいんだよ」
「わ…分かった。勿論これ以上こちらには争う意志はないのだし」
「そうですね。そこはなるべく早急に。…所で、何で5月?」
「ん?レンが王様になるのお祝いしたいからだよ。じゃあ私は、話し合いの間、ちょっと散歩してくるね」
「あー、エンデ?」
「了解です。ミーアに行かせます」
さっさと退出する天音に、慌ててミーアが付いて行く。
「王位を5月に継がれるので?」
「いや、まだ何も決まってないんですけど…多分その位ですかね。なんとなくって凄いですね」
「私も、ミコトがなんとなくレインフォート王子がアマネを見つけてくれると随分昔に聞いていたが、本当になってしまったな」
「それにしても、落ち着きのない子。誰に似たのかしらね?」
「はあ。アマネも、性格は私似か。ユアンも、離れて暮らしていたとは思えないほど似ているな」
持って来ていたローブにさっさと着替え、意気揚々と採取に出かける。この辺りは下草が多く、サボテンまでは、ちょっと距離がある。砂もさらさらしていて、何かに使えそうだ。
「ミーアちゃん、これに乗って」
魔法の絨毯を広げると、ドムハイトの兵士が戸惑っている間に飛び去る。
「結構大きいし、チクチクだね。ミーアちゃん、ちょっと離れててね」
風の魔法ですっぱりと切り取り、イベントリに収める。さらさらの砂も、タルに詰めておく。辺りを警戒していたミーアだったが、感知した時には、天音の魔法が魔物を仕留めていた。
「自分より強い人の護衛って、虚しい…」
「あの蛇の魔物は、毒持っていたから、危ないし。魔法でも治せるけど」
喋りながらも、採取の手は止めない。
「ね?こっちの砂の方が光っているよね?」
「成分が違うんですかね?光る砂、多めに集めておきましょう」
錬金術師としての血が騒ぐのか、いつの間にか一緒になって採取を楽しんでいる。
「そういえば知ってますか?首都から西のオアシスでは臭い泥が採れて、それが燃料になったりするみたいですよ?」
「えー!それは研究してみたいな」
「首都にもアカデミーがあるんですから、そこで研究されているんじゃないですかね?」
「だよね!その為にも卒業資格は必要だから、頑張らないと!」
やっぱり私は、錬金術大好きなんだよね。まあ、趣味でやる分には問題ないか。
10連休なんて、大迷惑!!




