スタンピード 1
頼んでみたら、以外とあっさり見せてくれた。ただし魔法を使わない事と、内容を教える条件付きだが。レンの部屋に、エンデもついてくる。
「それで、何か分かった?」
顔を上げたイリスにレンが聞く。
「太陽の魔法は、神器である太陽の杖を使って神子が行使すべし。って。後はこの本を読めた者はニホンに来いって。あとは普通の呪文の書と一緒で、効果と呪文だよ」
「神子って?」
「私の一族の伝承に、太陽と月の神子が存在し、世界のバランスを保っているとされています」
「太陽と、月の神子?」
指差すレンに、エンデが反抗する。
「私は神子ではありません!私にはこれ程の魔力はありませんし、神子というのは、時の制約を受けぬ少女達だとされています」
「神子は興味ないけど、太陽の杖は見てみたいな。なんか強そう」
「今より強くならなくてもいいと思いますが」
「ミコト王妃は、ニホンの人なのかな?」
「黒髪に黒い瞳は、他にはあまりいませんからね」
「ね、いつ会える?」
「来月初め頃に予定しているよ。そうだ。君にも兄弟がいるよ。ユアン王子とアリア王女。確か今年で10歳と7歳だったかな?」
「そっかー。でもこんな子知らないって言われたらどうしよう?」
「それはないと思うけど、そうなったら僕が家族になってあげる。何も変わらないよ」
「もし私が、大人にならなくても?」
「神子かもって気にしてる?それともなかなか成長しない事?」
「両方かな」
「神子がどういうものか分からないけど、成長が阻害されていても、大人にならない訳じゃないし、そこまで気にしなくてもいいんじゃないかな?それに君は僕が王子と知っても変わらずにいてくれた。媚びへつらう訳でもなく、身を引いて離れてしまう訳でもなく。その事に僕がどれ程救われたか。勿論15になっても大人になり切れなければ待つよ」
「でもそれは、考える時間があったからだし。それに私も、レンの側にいたいって思えるようになったんだから、私の為でもあるし」
「やっと片思い脱却かな?」
「少し前からかな。こんな風に誰かに拘るのも初めてで、戸惑ったりもしたけど、本当にレンの側にいたいって思ったから」
レンはイリスを抱き上げて、自分の膝の上に乗せる。嬉しいけど、どきどきもする。変なの。でも、嫌じゃない。
「それで?僕の事、やっぱり服でバレた?」
「!それは、ないけどあるかも…う、そうだよ。だって王族の色だし」
エンデがイリスを見て、眉をひそめる。
「嘘だな。しかも私で無くとも分かる。嘘が下手ですね」
イリスの目が泳ぐ。
「もー、エンデの方が変な力持ってるじゃん」
「月の力ですね。で?」
「うぅ、まだミーアちゃんに謝ってないんだよな…言わなきゃダメ?」
「ミーアから何かを聞き出したって事?」
「そんなミスをするような奴ではありませんが」
「待って!ミーアちゃんは悪くないの。4月に進路の話しをしてた時、ちょっとだけミーアちゃんの記憶が見えたの。鳥の模様の緞帳が見えたから、玉座だと思う。そこに座っているレンと、後ろに聖騎士の鎧を着たエンデも見えて」
「あー、風乗り鳥は国旗のモチーフだね。でもそれは、血筋だと思うけど。ミコト王妃はその強大な魔力で人の心を見、未来さえも見通すらしいから。そこをなんとなくにすれば、ね?」
「うーん、でもそれは、エンデも言ってるよ?やっぱりお兄ちゃん?」
「だから一緒にするな!私にはそれ程の力は無い!」
「あはは。エンデはイリスと同類に見られるのが嫌みたいだね」
「すみません。私はこの訳の分からない力が嫌だったのです。それなのに、イリスと関わるにつれ、私の力も強くなっていき…それでも最近は、これも運命なのかと思うようになりました」
「エンデは、ニホンに行かなきゃいけないって思う?」
「以前は全く考えませんでしたが、最近は、少し。私にその資格があるかは分かりませんが」
「ニホンというのは、この大陸の遙か東の島国だったかな?資格ない者は、入る事すら叶わないらしいって聞いたね。行くとすると、ドムハイトから舟で行くしかないかな?」
街から東へ徒歩半日。湖の南にこの国唯一のダンジョンがある。
「流石に散歩の距離ではないな。頼んでも入れてやらないぞ?」
入口には兵士がいて、冒険者以外の人を入れないようにしている。勿論15歳未満も入る事が出来ない。
「この辺はよく来るもん。まあ、もうちょっと西だけど。それよりお昼にしよう」
イリスは、シートと簡易テーブルを取り出して並べる。
「この串焼き熱々だね!いいなあ、イベントリ」
「時間停止のマジックバッグ創れたらいいんだけどね。無理そう」
「遙か昔から様々な人に研究されて来た物が、そう簡単に創れる筈はないがな」
お腹がいっぱいになってきた所でエンデとリリアにも、青茶を渡す。
「余り食べていないようにみえたが、食欲がないのか?」
「私は元々小食なの」
「食べないと、大きくなれないよ?」
「…私にもあったな…食べれば大きくなれるって思ってた時期」
「おーいイリスちゃん、戻っておいでー」
「入れないのを分かっていて来たのか?」
「なんとなく、だよ」
「なるほど。うん?入口が騒がしいな。ここで待て」
エンデが行く間にも、人がわらわらと出て来る。一人の兵士が馬に乗り、街に走ってゆく。
「なんかあったのかな?エンデが珍しく慌ててるっぽい」
「!ダンジョンから魔物が…!まさかスタンピード?!」
「お前たちは街にもどれ!」
「でも私は冒険者だから、対処しなきゃ!」
「だめだよイリスちゃん、それに子供には緊急時対策の義務は無いから」
「それに直ぐにギルドも動く筈だ」
「ならそれまでのつなぎでいい。溢れた魔物だけでも倒す!」
杖の一振りで現れたサンダーアローが、魔物を貫く。
「うっわ、遠いのによく届くね」
「ここからならいい?後方支援ならいいよね?」
「全くお前は頑固だな。魔力が尽きる前に離れるんだぞ」
「うん!大丈夫だよ」
魔法で支援しつつ空飛ぶポーションを投げる。
「ポーションの方はゴミにならなかったよ!」
「よかったな」
それでも飛ぶ必要は無いと思うエンデだが、黙っておいた。
数時間後に、荷馬車から沢山の冒険者が降りて来る。
「イリス、魔力に余裕は?」
「まだ全然平気だよ。わ…なんか大っきい魔物出てきたね」
「オーガだね。隊長、私はそろそろ魔力が尽きます」
「あれ?リリアちゃん、魔法使ってた?」
「速度上昇の魔法。イリスちゃんて、どんだけ魔力あるのよ…」
「と、言われても。数値化出来る訳じゃないし、いっぱい使えるよ?」
「あはは。流石に規格外だね」
「規格って、そんなの無いじゃんとりあえずマジックポーション。数は無いけど。エンデは栄養剤」
「ありがとー!助かる」
「自分のぶんは、残しておけよ?お前は護衛対象だということを忘れるな」




