脱出
え?私?イリスは呆気にとられて黄色いおじさんを見る。あれ?どっかで見たような?
「私はこの国の大臣だ。イリス、お前はこの模様の赤い石を持っているな?」
「!何で!エリザベートなんかに形見、見せた事ないのに!」
「ええ?貴女まさか、持っているの?見せて!」
「でも」
「もしそうだとしたら、それは形見なんかじゃ無いわよ!貴女の両親、生きているわよ!」
…え?生きているって…どういう事?
呆然と形見を取り出し、見つめる。
「やっぱり。貴女は11年前に行方不明になったアマネ王女よ!」
「違うよ、アイゼル。私は14歳だし。生きてたら13歳でしょ?」
「もう!変な所でぼけないでよ!そっちが間違っているの!」
「酷いよ。だってこれは錬金術で作られた物だよ?国からのお触れにはそんな事書いてなかったし」
「私はミコト王妃にお会いしたことがある。イリスはとても似ていると思う。私が姫をご両親に会わせて差し上げましょう」
胡散臭い。だけど、王女とかいうのは嘘っぽいけど、手掛かり位は掴めるかもしれない。この石を作った人が見つかれば。
「イリス、そんなの信じるなよ。大体おめーが王女様の訳ねーだろが。ドムハイトには、俺が連れてってやるし」
「口を慎みたまえ平民が。無礼である。それに戦争が始まろうという今、どうやって無事に送り届けると?」
「アイゼル、これは本物なの?」
「家に戻れば資料はあるわ。でも、どのみちこの国では鑑定は無理よ」
「イリス、とにかく一度落ち着きましょう?ドムハイトは遠いのだし、夏休み中に戻れなくなるかも知れないし」
「開戦前の今しか機はない。私なら、明日にも馬車を出す事が出来る」
「お願い…します」
大臣が、ペンダントを取り上げようとするが、イリスはイベントリの中にしまった。
「お願いはしても、私に散々酷い事したあの人のお父さんを、全部信用出来ないから」
「まあいいでしょう。ではどうぞ、姫様」
「行くなよイリス!何で肝心な事がわかんねーんだよ!…ちくしょう」
悔しくて地面を殴るが、イリスを乗せた馬車は闇に消えた。
「あー。さすがにこういう展開は予想出来ねぇや」
闇から現れたのは、ノーマルランクで卒業したかつての同級生、カミルだ。
「取りあえずお前たちは良くやったよ。今、陛下にお知らせする為に人をやってるし、どのみち本人が行くと言った以上、止められねぇしな」
「イリスが王女様かもっていうのは?」
「さあ?だから予想外だって。アイゼル殿、申し訳ありませんが今夜の事は他言無用でお願いします」
「ちょっと待ってよ。何でイリスに親衛隊の方が付いているの?」
「済みません。殿下からの任務でして」
「シスカさんもダグラス先輩も、どうして?」
「私たちも殿下に頼まれていたのよ。…でも、失敗しちゃったわね」
「ほっとけねぇ。いっそ屋敷に乗り込むか?」
「ばーか、落ち着けよ。お前が犯罪者になるぞ?下手すると、命じた殿下にまで影響があるかも知れねぇし」
「なら、屋敷の前で見張ってましょうよ。イリスの事だから、悪巧みに気づいたら、きっと出て来るもの」
「だな」
「お前らなー。違法ギリギリだって分かってんだろうな?まあ、止めはしねーよ。後でミーアに行かせるから、いいか?くれぐれも見ているだけにしろよ?」
「了解っす」
カミルは拳を合わせて二人を激励し、去って行った。
「では、こちらでおくつろぎ下さい」
通されたのは三階の一室で、小型のテーブルセットと、ベッドだけの部屋。
私はちっとも冷静じゃなかった。両親が生きている。その言葉だけで、何も考えられなかった。嘘でもいい。でもわずかな可能性に賭けたい。この石を創った作者に会いたい。もしかしたら只の工芸品かもしれなくても、王家に伝わる石に似たものをそう量産は出来ないだろうし。
明け方近くに何とか少し寝て、起きたら魔法反射壁の中だった。
「ちょっとこれ、どういう事よ!」
「姫様を守る為でございます。申し訳ありませんが私はすぐに登城しなければなりません。しばしお待ち下さい」
慌てて出て行く黄色い姿を眠そうなエリザベートが見守る。
「ふん。無様ね、イリス」
「!え…」
「お前がアマネ王女の訳ないでしょう?替え玉よ。どのみちお前は殺されるのよ。そして戦争が始まり、私達親子は隣国の貴族になる」
替え玉、の時点で愕然となる。開戦のきっかけは王女に似た死体。
「酷い!!」
魔力を叩きつける、が、その全てはイリスに跳ね返る。慌てて防御するが、弾けた魔力はイリスを傷つける。白いローブが赤く染まっていく。
「おおいやだ。魔法反射壁の魔道具も知らないのかしら。私も死体を見るのは嫌なの。お父様が帰るまで大人しくしていることね」
「エリザベート、レンの事好きだったじゃん。その好きな人を困らせていいの?」
「そんな気持ち、初めからありませんわ。王妃という立場は魅力的ですけど、意見は合わないし、私の美貌に気づきもしない。それに私が隣国に行けばモテモテになるのに決まってますし。国と一緒に滅ぼされてしまえばいいのよ」
「…!」
怒りに目が眩む。感情のままに魔力を爆発させてしまった。深く傷ついた肌が、血で染まる。
「…くぅ」
エリザベートは汚い物を見る目で一瞥し、去って行った。
シーツを裂いて応急処置をし、だがイリスは全く諦めてなどいなかった。数々の活躍から、魔法使いとしてばかり目立っているけど、錬金術師でもあるのだ。
「錬金術師だって、薬ばかり創ってる訳じゃない。魔力反射壁なんて、物理攻撃の前には無力なんだから」
錬金術の道具に使えそうなのはない。けど、イベントリにはコップや調味料がある。とにかくここから出る!大好きな人に迷惑はかけられないから。
ちょっと足りない、かな。アイテムボックスに何か入ってないかな?でも、出せども出せどもガラクタばかり。やばい。ガラクタで圧死する。ていうか要らないの捨てなきゃ。イベントリを覚える前に摘んだ薬草は枯れてるし、後で直そうと思ってたこれも、必要な時は創ればいいし、魔物の皮とかも、これじゃ納品して貰えないし。んー、これもすぐに採取出来るから、こんなに要らないし…これも要らない、これも…あ、これ使えそう!よし!何とかなるかも。
イリスはほんのちょっとの必要な物を入れ直して、錬金術にとりかかった。
次の日の早朝
「へへへ、やっぱり爆弾はロマンだよね。で、ここを抜け出したら、褒めて貰うんだ。頭も撫でて貰って…へへへ」
イリスは爆弾にわずかな魔力を込めた。
その少し前、エンデは街に戻って来た。門に立つ騎士に、イリスが今、大臣の家に囚われていると聞く。エンデはそのまま屋敷に向かった。
「隊長?!うそ…」
「ミーア、状況を詳しく」
「おとといの夜、ダグラス君達の合格祝いで、アイゼル殿を加えて焼き肉してたんですけど、その際中に大臣殿が現れて、いきなりイリスちゃんがアマネ王女って。でもアイゼル殿がイリスちゃんの持っている石が、本物の宝玉だって。両親が生きていて、しかも会わせて貰えるって、だから付いてっちゃったみたいですね。次の日の朝には陛下が動いて下さって、大臣殿を足止めして下さってますけど、あくまでも一時的ですから」
「そうか。で、ダグラスはどうしてここに?」
「あー、責任を感じて。でも昨日少し寝たし、今はシスカも帰っているし」
「お前たちが責任を感じる事でもないし、働き過ぎだ。ダグラス、お前はイリスの形見を見ているか?」
「ああ、まぁな」
その時、爆発が起きた。煙が収まり、イリスが顔を覗かせる。
「お前たちはここで待て」
「止まれ!ここは今、誰も通れない!」
「私は殿下の命を…!」
イリスが三階の窓からひらりと飛び下りた。
そのまま真っ直ぐ走ってくる。
「な、何でイリスがここに?ひえっ!」
後退する門番。エンデはイリスの手を掴む、が、捕まったと思ったイリスに逆に投げ飛ばされる。
「イリスちゃん!」
抱きついてきたミーアに、イリスは我に返る。
「ミーアちゃん!よかった。…出られた」
その時、朝靄の中に黄色い姿が見えた。
「おや、何事ですかな?」
「嘘つき!私の事替え玉にする気だったんだ!」
「…ふむ。だから屋敷を破壊して逃げ出して来たと?先に説明した筈だ。守る為だったと」
「そんなわけないし!それなら魔道具の方向が逆でしょう!」
「おや。それは気づきませんでした。とにかく責任は取って頂きましょう」
「お待ち下さい。私は先ほどイリスより攻撃を受けました。殿下からの命令によって動いている以上、これは公務執行妨害に当たります。その場合、何よりも優先して、20日間の拘束が認められます。ミーア、連れていけ」
「うぅ。私エンデだって気が付かなくて。ごめんなさい!」
「イリスちゃん、大丈夫だから、先ずは傷の手当てしなきゃ。ね?」
イリス達が道の向こうに消えると、エンデは視線を大臣に向ける。
「では大臣殿、アマネ王女かも知れぬ者を陛下や殿下に報告せずに拘束した。その申し開きは直接陛下にして頂きましょう」
「屋敷内の者を全て拘束せよ。国家反逆罪容疑だ。エリザベート殿も同様にせよ」
応援に呼んでいた騎士達が、屋敷内になだれ込む。
「おいエンデ、さっきのは酷くねーか?ダメージ受けないように身体強化した上で、わざと投げられただろ!それにあれ位なら、絶対避けられた筈だろ!」
「馬鹿だな。あれはイリスを真っ先に保護する為の口実だ。そういう意味で酷いと言われたと思ったが…。それよりも仕事だ、ダグラス。屋敷内から例の石を捜索して貰えるか?」
「うっし!任せとけ!」
「全く、馬鹿かお前は!自分の魔力で傷つくなど。可視化出来る魔力反射壁内で、気が付かなかったとは言わせんぞ!」
イリスがトーヤに叱られながら手当てされている。
「幸いにして深い傷は無いが、その割には血の量が。まさか自然治癒力か?」
「あの、トーヤ先生、隣国の王女にそれ以上は」
「まだ本物だと決まった訳でも無かろうが」
「そうだよミーアちゃん、私は替え玉って言われたし、それに14歳だし。だから違うよ」
「むしろ7歳位にしか見えんがな」
「トーヤ先生、酷い!」
宮廷医療室に、エンデが入って来た。イリスはビクリとエンデを見上げる。
「そんなに怖がるな。捕まえたりしないから」
「だよね!エンデが本気なら絶対避けられた筈だし。あ…でも私、お屋敷壊しちゃったから」
「それも心配ない。それよりもその傷は、斬られたのか?」
「ううん、魔力反射壁内で攻撃魔法使っただけ。エリザベートに色々言われて、頭に来てつい」
「全く。それで、囚われてからの経緯を話して貰えるか?」
「その日は取りあえず寝て、朝早くに起きたら既に魔道具が起動してて、大臣の人は出かけちゃって、その後に私は開戦の為の替え玉って言われて、自分達はドムハイトの貴族になるから、とか酷い事いっぱい言ってた。とにかく逃げなきゃ迷惑かけちゃうと思って、アイテムボックスの中を整理しながら爆弾創る材料探して。一日かけて爆弾創ったんだよ」
「了解した。宝玉は?」
「イベントリに入っているけど、そういうのじゃないよ?」
革紐に通された石を、じっと見る。春に現れた偽姫が持っていた物と、どこが違うか分からない。いや、表面の傷は多いが。神父にも問い質さねばならないだろう。
「少し預からせて貰ってもいいか?」
「…いいけど、本物と似ているの?」
「似ているのは、お前とミコト王妃だな。…いや、言葉使いもこれでは不味いか。姫様、取りあえず客室にご案内します。こちらへ」
「だから私、違うって。言葉使いも変えないでよ。それに、寮に戻って宿題やらなきゃ」
「申し訳ありませんがアマネ王女かもしれない人物を今、城内で保護しない訳にはいかないのです。宿題は、後で届けさせますので」
「うー、エンデが何か意地悪だ」




