合格発表と、秘密任務
7月には、騎士隊の入隊試験がある。来週には夏休みも始まるし、8月上旬には結果発表。なので今年は長期旅行は困難なので、ちまちまとギルドの依頼をこなす。来年にならなきゃD以上には上がれないから無駄だけど、依頼料は手に入るし、素材売却料も馬鹿にはならない。
ついでに食肉確保と、葉野菜、キノコとハーブも採取して、門から入る。10歳になってギルドカードを作ってから、通行が随分楽になった。7歳位から、あんまり成長しなくなって、カードを持っていても、たまに年齢を疑われた時もあったけど、アカデミーに入る時、大きくなるのを見越して中古で買った制服は、4年経った今でもぶかぶかで、クラスで一番大きなエンデの隣に並ぶと、お腹しか見えない。
第二次成長期なんていう羨ましいものが自分にはこないのか。
今回は止められる事無く門をくぐり、少し歩くと、視線を感じた。やっぱり、私を見ているんだ。一人だけ殺し損ねた子供。私がそうか、確認したいんじゃないかな?民家の屋根に飛び乗り、辺りを見回す。と、それっぽい奴が、逃げていくのを見つけた。そのまま追うつもりだったけど、家主に怒られてしまった。
「こら!誰じゃ!儂の家の屋根に上っているのは!」
「ごめんなさい!すぐ降ります!」
「お?イリスちゃんか。大きく…はなっとらんな」
「ぶう。これでも来年には私、大人だよ?」
「もうそんなに経つかのー?とにかく、危ないことはしちゃいかんよ」
「はーい」
逃がしちゃったか。仕方ない。もう視線は感じない。教会に寄って、串焼きとスープを作ろう。
「イリスを監視、ね」
初めは僕の気持ちに気が付いてと考えたけど、最近、エリザベートがまとわりついてこない。出会えば会釈程度で、話しかけてもこない。戦争推進派の筆頭が大臣だからかもしれないけれど、他にもあると感じた。
開戦の理由についても然りだ。何か、僕は大変な思い違いをしているのではないだろうか?何かを見落としているような、不安を覚える。
「エンデは何か、思い当たる節はない?」
「強いていえば、子供同士で仲が悪かった位ですが、さすがに関係ないですね」
「そうだね。戦力として利用しようとしても、簡単に利用される子じゃないし」
「ゴブリンの300匹は瞬殺でも、人相手に魔法が使えないようでは」
「その為に、護衛も付けた。イリスの事だから気が付かない訳ではないんだろうけど、敢えて何も言ってこないのは、気遣いに配慮してくれているんだろう」
「殿下の弱点としてと言うわけでも無さそうですし。立場的には同じなダグラスやシスカに監視は付いていませんし…子供の方が与しやすいと考えたのでしょうか?」
「夏休みに入ったら、ドムハイトとの会談もあるし、イリスだって、あちこち行くだろう。止める事は出来ないしな」
「何か理由を付けて、城内で保護しては?」
「大人しく言うこと聞くと思う?」
「思いません。済みません。むしろ軽々と脱走する姿しか思い浮かびません」
「現実的に理由を告げずにリリアとミーアだけに任せる訳にも行かないし、今回は長期旅行は行かないだろうし」
「でしたら、ダグラスとシスカにも頼みますか」
「二人とも受かったんだ。…」
「友人に知れるのは、辛いですか?」
「大丈夫。少し知れるのが早まるだけだ。それに二人なら、立場が変わっても友人で居てくれる気がするし」
それに、一番怖いのは、イリスがどうなるか。付き合いを断られたらどうしよう?
いよいよ明日からは夏休み。
「ね、レンはお仕事で外国も行くの?」
「うん。国境までだけど」
「!なら、砂漠も行くよね?砂漠って、うにの親分みたいなのが生えているんでしょ?」
「もしかして、サボテンの事?…欲しいの?」
「だって、丸くて大っきくてとげとげなんでしよ?」
「おー?イリスが物ねだるなんて珍しいと思ったけど、丸いモノじゃしょうがねーか」
「でも、気候が違うから、育てるのは難しいと思うよ?」
「ううん、一番は現物見たいのと、実験に使いたいから。出来たらでいいよ?レンはお仕事なんだし」
「分かったよ。余裕あったらね」
「やった!じゃ、お仕事頑張ってね」
「さて、と。ダグラス、合格発表の時は一緒に見に行きましょうね」
「少し、待って貰えるか?ダグラスも」
エンデは、イリスの気配が遠ざかるのを待つ。
「…。お前たち、明日10時に城門前まで来てくれるか?」
「言いたい事なら今聞くぜ?」
「私はいいわよ?宿題位しかやる事ないし」
「げ、お前もうやんのかよ」
「そんなこと言ってるから後になって慌てるんじゃない。毎年だけど」
「それで?いいか?」
「おう。依頼も受けてねーし」
「じゃあまた明日ね。エンデさん」
宿題をやっていたレンが顔をあげる。
「僕達も帰ろうか」
次の日。言われた通りに城門前まで来た二人は、城を見上げる。
「いつ見ても圧巻よね。合格したら、ここで叙勲式やるのよね」
「まー、俺は門番かもだけど」
「合格するんだからいいじゃない。私が聞いた時は、エンデさんの方が先に分かるって」
「でもそれって、合格じゃね?」
「だったらいいけど。エンデさん」
「わざわざ呼び出して済まなかった。来てくれるか?」
「いいけど、仕事中なんじゃねーのか?」
「それも含めて、だな」
「と言うことは、私達合格なの?」
「そうだな。発表まであと10日あるが」
「いやっ…!」
「大声を上げるな」
城内に入って行く。中は誰の姿も見えず、人払いがされているらしい。
「お前たち、これから見聞きする事は他言無用だ。守れるか?」
「そりゃあ。もしかして秘密任務とか?かっけー!」
エンデは溜息をつく。
「準騎士扱いのお前たちに頼むのは、心苦しいが、適任者も少なくてな」
謁見室前の大扉を、ゆっくりと開ける。
「御前に進め」
「ごぜん…午前中、だな」
エンデは先に、玉座に座るレンの後ろに立つ。
「え…レン、そこってもしかしなくても玉座じゃね?不味いだろうが」
シスカは、何かが全部繋がった気がした。そのまま進み、頭を垂れる。
「あ、もしかして影武者って奴か?一時期、そういう噂あったよな?」
「僕は一人しかいないよ。ダグラス」
「レンじゃねーのか?…いや、レンだな」
手首から見えるのは、イリスの実験道具だ。
「僕はレインフォード。今日二人を呼んだのは、頼みたい事があったんだ」
固まっていたダグラスも、シスカの隣で頭を下げる。
「二人には、イリスを傍で守って欲しい。イリスは今、大臣配下の者に、監視されている。目的が分からない上に、これからどう動くかも分からない。ミーアやリリアとも連携して、目を離さないで欲しい」
「あのちびっ子、マジで騎士だったんだ」
「ええ?そう…なの?」
「単なる冒険者じゃねーってのは、動きが違うから。騎士でも強い方だろうな」
「私は親衛隊隊長で、ミーアもリリアも、私の部下だ」
「うわ…マジか。エリートじゃん」
「一時的な仮の上司だが、指示に従って貰う。とりあえずは夏休みの間だ。私は殿下と共に国を離れなければならない時もあるし、直接指示を出せない時も多い。元々親衛隊は少人数で、任務も特殊なものが多いが、今はイリスの身の安全だけ確保されればいい」
「どうもイリスは、正体が分かっていないからか、両親のかたきだと勘違いしているようなんだ。少なくとも直接手を下した犯人ではないだろうし、むしろ全く関係ないと思うから、監視者を追って乗り込みかねない。そうしたら、真の目的の為に利用されるだろう。それは最終的には玉座かもしれない」
「たかが友人を人質に取られた位で…ですか?」
「イリスは僕にとって大きな弱点だよ。君はまだ、気付かない?一応イリスとは、去年の冬から付き合っているんだけど」
「?!はあっ?」
「ダグラス、無礼だぞ」
レンはクスクス笑う。
「まあそれが、君の持ち味だよね。おまけにイリスは、恋を理解していないし」
「はあ。でも本気ですか?」
「うん。イリスが大人になり次第、僕は結婚したいと思ってるけど」
「そんな…駄目っすよ!アイツは人間じゃねーし!一生子供のままかもしれないし」
「魔王とか、そういう冗談はなしだよ?」
「…俺は、勘が良くて。教会の子供らの中に一人だけ異質なのがいるなって、思ってました。けど、本人は至って普通の子供で。…それにアイツ、死なないんす。どんなに血が流れても、あの時だって、魔力空になって、躰も冷たくなってくるし、今度こそ駄目かもって。なのに死なねーし」
「そんなことないわよ。街に着いた時は、体温低くてもあったもの」
「俺は、見ただけで死んだとか分かるんだよ。あの時はシスカ、船にかかりきりだっただろ?」
「でも」
「確かに不思議な所もある。が、イリスは人の子だし、大人にもなれると思う。…なんとなく」
「おめーのなんとなくって、何か似合わねーな」
レンも吹き出して笑っている。
「照れながら言うから余計に、だよね」
「笑わないで下さい。…イリスが大人になれる為には、もう少し何かが必要かもしれませんが」
「また人を驚かせる何かがある訳か。全く。それでも、僕の気持ちは変わらない。だから二人とも、頼んだよ」
レンは謁見室の奥の扉に消えた。代わりに一人の青年が入って来る。
「副隊長のサイードです。また、随分と個性的ですね。楽しそうでいいですが。カミルは知っているよね?彼もそうだから。それだけ知っていれば、ひと月は何とかなるでしょう。分からない時は、影にも付いているので。正直、狙われるとしたら、我々よりも君たちが側に居るときだと思います。準騎士には権力がありませんからね。因みに大臣配下の私兵にも、権力はありませんから」
「因みに今イリスは?」
「ミーアと宿題中ですね。君たちも、次の予定を聞き出してくれると嬉しいです。非番の時に、宿題は済ませておいて下さいね。ダグラス君。仕事を言い訳には出来ませんからね。殿下だって、ご自分で宿題は済ませているんですから」
「お、おおう」
「何か質問は?」
「何かあった時、巡回中の騎士を頼ってもいいんですか?」
「勿論、あなた方の事は、全騎士が把握していますので」
「あ、だからあん時。了解っす」
合格発表は、三人で見に行った。あんまり感動していない様子に、イリスはおやっと思ったが、そんなに気にならなかった。
「よし!今夜は焼き肉だからね!アイゼルも誘ってあるし」
「え?合格って分かってたの?」
「落ちたら残念会になるだけだよ」
「なーる」
「本当はレン達も誘いたかったんだけど、お仕事で街にいないみたいだから」
「ていうか、おめーも丸いモノ頼んでたんじゃんよ」
「え、じゃあ今、砂漠にいるの?」
「そうかもってことよ」
シスカがダグラスの足を踏む。
「えへへ。サボテンか。どんなのだろう?レン、忘れてないといいな」
「頭の中に花咲いてないか?」
「知ってる?そのまあるいサボテンにも、お花咲くんだよ?」
「ほーん。うにっぽくて花咲くね。分からん。つーか、そんなのの何が良いんだか。食ったら旨いのか?」
「種類によっては食べられるらしいけど、そんなに美味しくはないみたいよ?」
「役立たずだな」
「ダグラス程じゃないよ」
「あ?植物より役立たずなわけねーし!」
「でも、砂漠では貴重な水分を持っているんだよ」
「あーそーかよ」
「そうだよ。お城の門の前でぼーっと突っ立ってるダグラスより役に立つよ」
「そこでまたなんとなくの呪いかよ!ていうか祝われる側の人間に荷物持ちさせんなよ。アイテムボックス使えばいいだろうが」
「うるさいな。アイテムボックスは、欲しいもの出せないんだよ?広場で中身ぶちまける訳にいかないじゃん」
「そんな沢山、色々入っているの?」
「そうでもないよ?素材は尽きかけてるから、明日からはちょっと遠出して、採取に行かないと」
「じゃあ今、何の為の荷物持ち?」
「スライム枕を、沢山培養中」
「そんなんだしたら、間違いなく騒ぎになるな。街中に魔物が出たって。それにしてもあぢー」
「仕方ないなあ。タオル貸して」
ダグラスが首からぶら下げていたタオルを嫌そうにつまみ、氷の魔法をかける。
「ふうー、生き返る」
「いっその事、そのまま氷づけにして、永眠させてやろうか?」
「残念ながら俺はカリエル出身だから、寒さには強いんだよ」
「なら、試して見る?」
「はいはい、そこまでね。広場に着いたから用意しなきゃ」
イリスは野外用の炊事セットを、組み上がった状態で出す。
「そのイベントリの使い方は、相変わらず非常識ね。どんだけ容量あるのよ」
「さあ?まだ魔力は増えると思うし」
「まだ子供だかんなー。その分背に行かなくて残念だな」
「うー!ダグラスだけ肉抜きにする!」
「じょ、冗談だから」
「それじゃ、アイゼル迎えに行って来るね」
「いいわ、私が行くから。イリスがいないと材料が、ね?」
「下処理は済ませて来たけど。分かった。シスカさんお願い」
冷たいスープを鍋ごと出してもう一度氷づけにし、果実水も凍らす。下味を付けた肉と野菜を出して、麺と絡める。
レンは休憩の為に馬車を降りると、大きく伸びをする。父上じゃないけど、腰が痛くなりそうだ。
「浮かない顔ですね?」
「やっぱり何か、引っかかっている気がするんだ」
「戦争を止める為に必要な事ですか?」
「かもしれない。…それだけじゃないけど」
「殿下…」
「ごめん、エンデ。今は早く、この理由なき争いを止めなきゃね」
「あちらの王も来られるということは、同じ考えでしょうから」
「そうだね」
国境近くに立つ砦に、どうやらこちらが早くに着いたらしい。準備は既に終わっていて、レンは宿題を出した。
「あの…。緊張はされないので?」
「他の事考えていた方が、こういう時は却って落ち着くんだよ」
苛々するよりましだろうけど、とことんマイペースだ。案外似たもの同士なのかも知れないな。
声をかけられて宿題をアイテムボックスにしまい、立ち上がって迎える。背の高い王の後ろに続く小柄な女性。ストレートの黒髪の半分をそのまま垂らしている。その姿を見、声も出ない程驚く。後ろに立つエンデも、珍しく表情を変えて固まっている。
「失礼します、レインフォート王子、私に似た者をご存知なのですか?幼い頃のアマネは、私にそっくりでした」
「レン、さま…」
エンデの、絞り出した声に、はっと我に返る。
「エンデ!先に戻れ!イリスを…アマネ王女を守るんだ!責任は全て僕が取る!」
「了解です!」
足早に去るエンデを見送り、改めてミコト王妃を見る。本当にイリスにそっくりだ。まるでイリスをそのまま大人にしたみたいだ。
「アマネの事を、聞かせてくれぬか?」
椅子に座り、一息つく。
「今はイリスと名乗っていて、アカデミーのマイスターランク2年生です。10歳でアカデミーに入り、1年飛び級しているのですが、姫なら9歳でアカデミーに入った事になりますね。教会の孤児として育ち、非常に高い魔力と、珍しい太陽の属性を持っています。
「宝玉は?いや、なくてもかまわぬ。そこまで詳しいのに、今まで気づかなかったのですか」
「どちらかというと、自己申告に頼る以外の方法をとらなかったミスです。それ以前に、あまりにも身近で、びっくり箱のような子で、考えも付きませんでした」
「同じクラス、ですか」
「バレていましたか。そういえば、形見の石を持っていると。何でイリスも、そこで自分がそうかもとか思わないかな」
思わず愚痴る。本当に、どれだけ驚かせるんだか。
というか、どちらもイリスのせいで話し会いにならない。
「イリ…アマネ王女の件は、確認次第、こちらから連絡を入れます」
「そうだな。今話し会わねばならないのは、別の件ですね」
しかし結局、お互いにたいした話し会いも出来ず、イリスの事で話しが脱線する。
レンとしても、一刻も速く国に戻りたい。大臣は、あの時イリスの顔を確認しにきたんだ。恐らくミコト王妃を見ているのだろう。それと、竜さえ滅する魔力。ミコト王妃の魔力属性も、恐らくは太陽。その強大な魔力で人心を読み、未来さえ見通すと言われている。それはまさか、なんとなく、なのかな。エンデもそうだから特別に思えなかったけど、確かに他の人にはない能力だ。ウルリッヒ王の偉い所は、その力を政治利用しない事。僕も利用するつもりはないけど、その気持ちをどうやって分かって貰おう?孤児よりもハードル上がったな。はあ
楽しい食事会。イリスもアイゼルが持って来た果実酒を少し貰い、ご機嫌だ。
「もう一杯貰っていい?」
「駄目よ。貴女の魔力が暴走したら、一体誰が止められるというの?この辺一帯が焼け野原になるのは嫌よ」
「う…。はあい…あれ?あの黄色いおじさん、こっちに来るね」
「あら、あの方は…。ご無沙汰しておりますわ、ヴォルト大臣殿」
シスカはそっとイリスの前に立ち、ダグラスも慌てて口の中の物を飲み込む。
「おや、ワイマール家のお嬢さん。少し見ないうちに美しくなられて」
「エリザベート様程ではありませんわ」
イリスは、自分には関係ないと、片付けている。
「ちょっとダグラス、中途半端に残さないで、食べちゃってよ。勿体ない」
「おめーな。いいからちょっと待てよ」
つーか、悪の親玉がいるのに緊張感なさすぎ。まあ、知らねーからしゃーねぇけど。
「つうか、おめーが食えよ」
「お腹いっぱいだし」
「もう、さっさと片付けて、帰りましょう?」
「今日は、確認したい事があったのだ。イリス」




