イリスの誕生日
放課後、イリスが帰ったのを見計らってシスカに近づく。
「ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」
「どうしたの?」
「来月のイリスの誕生日なんだけど、何がいいかなって」
途端、シスカが吹き出す。
「確かに、いくら子供相手でもぬいぐるみはないわよね」
「うっ…。ミーアは何か丸いものを探す。って、漠然としてるし、エンデなんて、しまいにはケーキでいいんじゃないとか。でも僕は、こんないいの貰ってるし。お陰で疲れ方もましになっているし」
「そうね。イリスなら欲しい物は大抵自分で創っちゃうし。あ、ならネックレスなんてどう?」
「いや…喜ばないんじゃ」
「違うわよ。形見の石を付けるの。見たことない?これ位の赤い石」
「いや、初耳」
「あら?半年も付き合っているのに、まだ手も出してないの?」
「!ちょ…からかってるだろ!」
「確かに、相手がイリスじゃ手も出しずらいわね。それとも、子供相手にそんな気起きない?」
「そうじゃなくて。イリスは、僕の事を特別だと思っていない。懐いてはいるけど、兄のようなものだから」
「そこまで慎重にしなくても、イリスは他人の好意を履き違えたりしないわよ」
「でもそれは、僕の為であって、イリスの望みじゃない」
「ふふっ、良かった。レンさんならちょっと位頼りなくても、イリスの事幸せにしてくれそうで」
「僕は、そんなに頼りなく見えるかな?」
「普段はね。けどこうして話聞いていると、先の事までちゃんと考えているし、その辺の人達が愛だ恋だと騒いでいるより、よほとしっかりして見える」
「形見の石、か」
「革紐じゃあんまりだと思っていたのよね。そうだ、アイゼルのお店行かない?きっといい物創ってくれるわ」
「アイゼル?…ええと」
「こら、レンさんがどうして他の貴族避けているかは分からないけど、アイゼルはいい子よ?イリスとも仲良しだし」
「そうだね。おかしいよね。みんな同じ国民で、平等なのに」
「じゃあ、行きましょ?」
「?!今から」
「注文品なんだから、早い方がいいでしょ」
アイゼルの工房は、白を基調に、所々に薔薇の花の彫刻が施された、お洒落なお店だった。シスカとレンが入って行くと、驚いた顔をしたけれど、すぐに平静を装う。
「シスカさん、この前のルージュはどうかしら」
「とてもいい色で、気に入っているわ」
「これも試して下さらない?絞ってから三日以内、脂肪分を揃えたミルクと月長石を使っているの。お肌の馴染みもいい筈よ」
「ありがとう。使わせて貰うわ。でも今日の私はついでなの。レンさん」
「あ…ネックレスが欲しいんだけど。トップに石を付けられるタイプで、なるべく丈夫に」
「丈夫、ですか?」
「誕生日プレゼントのお返しに。僕はこんないいの貰ってるし」
「銀ですね。でも不思議な色」
「持続性栄養剤を表面加工してあるんだ。お陰で疲れにくい」
「なるほど。イリスらしいアイデアですね。相変わらず装飾の一つもありませんが。けど、イリスが暴れても切れないなんて、ワイヤーで創るしかありませんが」
「あら?アイゼル、可愛いポシェットねイリスに貰ったの?」
「ええ。一応マジックバッグなのよ。ただ、入口が狭いから小物しか入らなくて。人にくれてから気が付くなんて、イリスらしいわ」
「でも気に入ってる?」
「魔力を馴染ませるために付けているのよ。開店祝いなんて言われたら、無下にもできないし。それより、ヘッドに使うのはどんな物?」
「これ位の赤い石よ。両親の形見だって。錬金術で創られた物らしいけど、素人には分からないわね」
「私がお造りしてよろしいのですか?」
「うん。その方がイリスも喜ぶと思う。言い触らさないでくれると助かる」
「大丈夫です。あなた様がイリスに感謝するのは分かりますし、私自身を贔屓されたとも思いませんから。私は直接ワイマール家を継ぐ訳でもないですし」
「うん。なら頼む」
「レンさんて、何者?なんて私が聞いちゃ駄目よね。イリス差し置いて」
「いずれ言うよ。君が騎士を目指すなら特にね」
「言うの?」
「知れる前には」
「イリスには?」
「好きになってくれたらもちろん言うよ。でも、いつの間にか気が付いているかもね」
「なんとなくで?…ね、エンデさんはああ言ったけど、私、騎士に向いていない訳じゃないわよね?」
「腕は問題ないし、気もきくし。エンデがああ言ったのは、同じ騎士だと守れないからじゃないかな。不器用な奴だからさ。あんな言い方しか出来ないんだよ」
「それって、私はエンデさんに好意を持たれているって事?」
「そりゃあ。友人か、それ以上かは知らないけど」
「ふふっありがとう」
誕生日の日。授業が終わってからレンが訪ねてきた。今は賢者の石作りで凄く忙しい時期だけど、勿論部屋にいれた。
「ごめんね。凄く散らかっているけど」
「調合中は仕方ないよ。どれが好きか分からなかったから、適当に作って貰ったけど」
「フルーツたっぷりで豪華だね!しかもホールで」
二つ切り分けて、青茶と一緒に出す。
「僕はいいよ。甘いの苦手だし」
「そういえば前にも言ってたっけ。でもそれって、人生の半分は損しているよ」
「半分も?」
「甘いものは、魔力の栄養なんだよ。錬金術で疲れても、甘いもので元気が出てくるし」
口に入れると、フルーツの酸味とクリームの上品な甘さが口いっぱいにひろがる。砂糖が違うのかな?凄く美味しい。レンをみると、ニコニコしながら自分の分を差し出す。なんて勿体ない。レンの分も食べて、残りはイベントリに仕舞う。美味しいけど、お腹いっぱい。多分今日はもう何も食べられないな。
「それと、これ」
「ネックレス?」
「形見の石を革紐に付けているって聞いて。アイゼルに、なるべく丈夫に創って貰ったから」
「あ、それでワイヤー製なんだね」
蓋を閉めると、レンは首をかしげる。
「付けないの?」
「こんなに綺麗なの、普段使いしたら勿体ないでしょ。余所行き」
「そう?まあいいけど。気に入ってもらえた?」
「うん。ありがとう」
額に唇を落とされて、お礼のつもりで頬に口づけを返すと、唇に合わさった。…あれ?どきどきする。それに何か恥ずかしい?どうして?
「あ、あのね、レン。…うぅ、何でもない」
何で?今まで普通に話せてたのに、なんで恥ずかしくなるの?しかも直視出来ないし。意味分かんない。
「どうしたの?イリス」
「何でもないの!」
「…はいはい。分かったよ」
いきなり怒るとか、イリスらしくないけど、プレゼントは喜んで貰えたし、まあいいや。
数日後、週の中日で半日授業なので、ダグラスとシスカ以外のみんなで散歩に出る事にした。雨上がりの道を、水たまりを避けながら歩く。塀の上に猫の姿を見つけ、ひらりと飛び乗って猫に手を伸ばすと、近寄って来た猫が、ひっくり返ってお腹を見せる。イリスはもふもふをしっかり堪能して、飛び降りた。
「相変わらずの動物キラーだね。イリスちゃん」
「不思議だけど、何でか分かんないし」
暫く歩くと、イリスは妙な視線を感じた。殺気とは違う。悪意…ううん、観察されている?私?それともレン?エンデ達じゃない気がする。レンをつかんで側の塀に飛び乗る。んー、どっちかな?
「イリス!いきなり怖いから」
「何があった?まさか思いつきか?」
「違うよ。私かレンが、観察されていたから」
!まさか、12年前に、両親を殺した犯人が、私を見つけた?…やっと敵討ち出来る?
「イリスちゃん、何か怖い事考えている?」
「だってさ、やっと敵討ち出来るかと思って」
「それって10年以上前の?あり得ないよ。多分僕だ」
「え?レンが?…ストーカーかな。レンは可愛いから」
「いや、そういう事じゃなくて。とにかく帰ろう」
道を変えて戻るけど、やっぱり視線を感じた。今度はエンデもミーアも反応して、レンを守るように立つ。
「ストーカー、いっぱいいるのかな?」
「…呑気だな。君は」
「だって別に殺気じゃないし」
「だからって、警戒しなきゃ駄目だよ?これからも視線感じたら、相談してね?絶対に!」
「分かったよ。ミーアちゃん。でも私はレンと違って強いから」
「それでも!ね?」
頷いてイリスは、寮に戻って行った。




