イリスの怪我と、周囲の人達
3月は、別れの季節。エリーは錬金術の勉強の為、ケントニスに渡るそうだ。アイゼルは自分で創った化粧品の店を開き、今年マイスターランクに上がったアニーの作品も置くそうだ。マイスターにはもう二人。風魔法を利用した素早い攻撃が得意なレオと、重戦士系のダヤン。もちろん三人ともイリスの友達だ。
「アイゼル、お店が出来たら私の作品も置いて欲しいな」
「いいけど、丸いモノとかスライムは置かないわよ?薬はいいわ」
「あはは。アイゼルのツンデレはいつも通りだね」
「つんでれ?」
「アイゼルみたいな性格を、そう呼ぶんだよ」
「アニー、作品置いて上げないわよ?」
「ごめん、て。でもイリスも薬置くなら、どうしても見劣りしちゃうな。アクセサリーとかは?」
「いいわよ。あなたのセンスなら、イリスよりましだもの。ただし、私が認めたものだけよ?」
「頑張る!冒険者もやってない私には、稼ぐ方法ないし」
「それとイリス、月長石定期的に収めてくれない?」
「化粧品の材料か。いいよ。丁度西の高台に行く予定だから、沢山取って来るね」
「ま、まあ…最初は商品開発もしなきゃならないし。別に、何も無くても覗きに来ていいんだから」
「アイゼルったら、その言い方じゃ、イリスには伝わらないのに。買わなくてもいいから、遊びに来てって事」
「うん。分かった。お店の開店予定はいつ?」
「5月の初めには出来るわ。内装を弄るだけだから、その前から居るけど」
「シスカさんにも伝えておくね。私と違ってお洒落だから、喜ぶと思うし」
「…レインフォート様」
次の日には宝玉の鑑定人である使者がドムハイトよりやってくる。
「眠れない?」
「ええ。私、不安で。周りの者の話では、私がアマネで間違いはないんですけれど、もし、見つからない事に意味があるなら、使者は私を認めないのではないかと」
「意味が分からないな。10年も探しているのに、本人なら認めない訳がない」
「私…!国に帰ったら、貴方に会えなくなるのも不安で」
アマネが胸元に飛び込んで来る。この香りは…染料。レンは、髪を撫でながら、抜けた毛をポケットに入れる。
「もう、休んだ方が良い。眠れなくとも、体は休めた方が良いから」
髪を撫でてくれたことに安心したのか、アマネは客室に戻った。レンは、髪をよく泡立てたサポニの実で洗う、と、栗色の髪が出てきた。意図的に染めているということは、本人も分かってやっているということ。こっちは構わないけど、ドムハイト側には…ぬか喜び、させたかな。ウルリッヒ王の、アイスブルーの瞳を思いだした。
一応採取旅行中にもやっていたけど、楽しくて終わらなかった宿題を進める事にした。帰りがけにアイゼルの所に寄り、沢山の量の月長石を渡したら、保管場所に困ると嫌な顔をしていた。かといって、普通のマジックバッグは受け取ってくれないし。開店祝いも兼ねて、お洒落なマジックバッグに挑戦してみようかな。ラビットのファーで、あとは、アイゼルの好きなバラの花を違う布で創って、…お洒落って難しい。大きさも、アイゼルの魔力なら教室位になるから思い切って小さくしてみようかな。ポシェット位に。気に入ってくれたら良いけど、私にはセンスないみたいだし。
そろそろ教会にも行かないと。薬と、沢山採れた山菜とキノコ。ブッシュラビットはハーブと塩で串焼きにして、イベントリに沢山入っているし。
教会に着くと、早速熱々の肉を配る。
「沢山あるから、喧嘩しないで」
熱々そのまま食べられるイベントリは本当に便利。スープも熱いままだ。
「スープ欲しい人は、自分の器持ってちゃんと並んでね」
キノコタップリで、いい味だ。イリスは自分のスープも飲みながら、よそる。お年寄りなんかは、肉よりスープをお替わりする人が多かった。皆のお腹が一杯になったら薬の在庫チェック。足りない分を足して、ポーション類は入れ替える。
「神父様、足りない物はありませんか?」
「大丈夫。イリスが無理しない事が一番大切ですよ」
いつもそれ、と思っていたら、横から伸びてきた手に、皮紐にかけられた赤い宝玉のペンダントを取られた。その石は、先日まで城に滞在していたアマネの物と酷似していたけれど、勿論イリスには分からない。
「コラー!ベック、返しなさい!」
「イリスねーちゃん、こっちだよ」
アルとロンが加わって、いつもの生意気三人組だ。イリスが取り返そうと追いつくと、他の二人に投げ渡される。
「それは大切な物なんだってば!待ちなさい!」
路地裏に回り込んだ所で、ベックの体が宙に飛んだ。そこには冒険者崩れのような男達がいて、気を失っているベックの片腕を持ち上げる。
「くそうぜえガキめが。この身なりは孤児か?人にぶつかっておいて、謝罪の一つもなしかよ」
イリスはそっと、アルとロンを逃がす。
「ごめんなさい!謝るから、ベックを離して」
「はあ?おめーも孤児か?真っ黒い、気持ち悪い目しやがって」
男の蹴りが入るが、魔法で防いだ。
「魔法だと?ゴミの分際で生意気な!魔法使ったら、こいつ殺すぞ!」
再び、三度の蹴りは魔法を使わずに、その身に受けた。ただ、ベックが気がついてくれる事を祈って。
「ベック…目を、開けて…っ!」
肋骨に、ひびが入った。内臓が…
「ダグラス兄ちゃん!」
丁度教会に遊びに行こうとしていたダグラスが、二人を見つける。
「兄ちゃん!ベックを助けて!イリスねーちゃんも…おじさんたちに蹴られて」
「アル、案内しろ、ロンはその辺の騎士連れてこい!」
「ちょっと待って…これ」
ロンはイリスのペンダントを渡し、走って行った。
ダグラスはアルの後を追いながら、愛用の魔鉄の剣を抜く。横たわるイリスとベックを見、剣を大きく振りかぶる。
「ストライク2!」
突っ込み処満載の技を放つ。放射状に伸びて行った魔力は、男達の真下で弾け、先の尖ったアースランスが、男達を吊り上げる。腐っても冒険者なのか、錆びた剣で土を弾き、下りてくる。
「冒険者が、罪もない子供殺すな!」
男達とダグラスでは、腕が違う。躱し、弾き、打ち据える。が、なかなか倒れない。
「コイツら、体力バカか?」
二人もダグラスには言われたくないだろうが、劣勢は分かっていて、剣を振るう。
あるいは、薬か。
剣を叩き折ると、フラフラと、倒れ込んだ。そこに巡回中の騎士達がロンに連れられやって来て、顔を強張らせる。
「至急隊長に連絡を」
一人が囁くと、もう一人は走って行った。
「?」
それをダグラスは不思議そうに見たが、近寄って来た騎士に目を向ける。
「私は騎士カインだ。状況を教えて貰えるか?」
「俺はダグラス。アカデミーのマイスターランク2年生で、そっちが同級生のイリス。…亡くなったのは教会の孤児でベック」
カインは、イリスの体の少し上を滑らすように診る。
「骨に異常が見られる。内臓もあるいは。これ以上は医師の診断が必要だ」
駆けつけた騎士達に犯人逮捕を任せ、付けていたマントを外してイリスをくるむ。咳と共に血も吐き出したが、目覚める様子はない。
「悪いが、詳しい事情は別の者に説明して欲しい」
「いいけど、先にイリスを」
「問題ない。治療もこちらで行う」
乗り合い馬車に乗り、ダグラスは首をかしげる。ここは南地区で、駐在所に向かうなら、方向が違う。このまま進めば北区で、騎士団本部だ。しかも、本部は城壁内にある。城門に立つ人物に、更に驚く。
「エンデ?」
馬車を下りて近づくと、軽く頷く。
「イリスをトーヤの所に。ダグラス、こっちだ」
詰め所で一通り話し、目を閉じて聞いていたエンデを見る。
「只の一蹴りで子供が死ぬとは。違法薬物の可能性もあるな。…イリスは子供の死を見抜けなかったか」
「信じたくなかっただけかもしれねーけどよ。薬物ってのはあるな。超タフで、力も常人離れしてたし。イリスは、医師に診せているのか?」
「ああ、知り合いの医師で、腕は確かだ。ただ、場所が場所だから、入院はさせられない。明日の早朝に寮まで送るから、その後は頼む」
「問題ねーよ。なら俺はこれから教会に行く。…ベックの事、埋めてやらねーとな」
ダグラスを門まで送る為、エンデも立ち上がる。
「所でよ、エンデ。お前って騎士の中でも偉かったりするのか?じゃなきゃ知り合いだからって、便宜図ってくれたりしねーよな?」
「…微妙にな」
少し笑って、この単純な友人を送り出した。
もう一人の小さな友人は、幸いにも命に別状はなかった。多重に張られた闇の結界の中で、眠っている。その脇の机でぐったりしているのは若き宮廷医師、トーヤだ。
「抵抗されたのか?」
イリスが、珍しい。
「ああ…ベックとかいう奴の事、心配していたな」
「教会の子供の事だな。で?」
「肋骨3本にひびと、胃壁からの出血。あとは体中に打ち身。全治一ヶ月位だな。入院させたいが、そうもいかんのだろ?」
「現状では、無理だな」
「レンには?」
「これからだ。しかし、職務が終わるまでは動揺させても不味いからな」
「エンデ、お前にとってもイリスは友人だろう?なら、そういう顔をしろ」
「私は、騎士だから。…イリスを頼む」
「不器用な奴め」
トーヤは呟いて、顔ナシスライム枕に冷気を込めた。




