イリスの風邪と、レンの告白
「ゆっきゆっきふれふれ雪だるまー!」
12月早々に降った雪は、かなり積もった。丁度休みの日だったので、イリスは寮の前で雪だるまを作って遊んでいる。
「こんにちわ。楽しそうですね」
グレーの髪の青年に、話しかけられた。
「楽しいよ!お兄さんも雪だるま作る?」
「いえ、それよりそんな薄着では、風邪をひいてしまいますよ?」
人当たりの良い、柔らかな笑顔を見せる青年。
「ん。大丈夫だよ。私わりと丈夫だから」
そこにエンデが来て、イリスと青年を見る。
「サイード」
「エンデのお友達?」
「そうだな。お前は部屋に戻れ。見ている方が寒い」
「えー。折角積もったのに」
「もうすぐ期末テストだし」
「それもそっか。エンデ、また明日」
「この寒さの中で雪遊びとはまた」
「全く、いつまでも子供で困る」
「本当に。実は10歳でしたと言われても、信じちゃいますね。隊長、ヴォルト殿が、最近ある人物と頻繁にやり取りをしているようですが」
サイードは、エンデに書類を渡す。
「南か。戦争の準備でもしているのか」
「表立った外交は全て殿下が取り仕切っていますので」
「儲けが減ったか。分かった。お耳に入れておく」
「次はいつお戻りに?」
「来週には多分。年末も近いし」
「分かりました」
レン達が登校すると、イリスは机に頭を乗せて寝ているようだった。
「あれ?この魔力…イリス、もしかして具合悪い?」
「ちょっとだるいだけだよ」
「げ、鬼の攪乱か?」
「鬼じゃないってば」
「だよな。鬼もオーガもでっかいし」
「身長の事言うな!」
パリン、と音を立てて窓ガラスが一枚割れる。
「…あれ?」
レンは、イリスの額に手を当てる。
「やっぱり熱あるよ。魔力コントロールしきれてないだろう?」
「あー。風邪なんて滅多にひかないから、油断してた。迷惑掛ける前に帰るね」
「あれだよな。風邪菌の方が逃げる筈なのに」
ざわり、と魔力が動く。
「ちょっとダグラス、余計な事言わないでよ」
「取り敢えず結界かけとくね」
レンの光の結界がイリスを覆う。イリスは、緩慢な動きで教科書をしまう。
「あら?なにかしら…イリス?」
「うー、ごめんなさい。熱あったのわからなくて」
「分からないって、全く」
レンは結界を解く。
「ほら立って。あなたたちはガラス片付けておいてね」
「せんせー、世界が回ってるよー」
「回っているのはあなたの頭よ!」
その時、先生を呼び出す放送がかかった。
「ああもう!この忙しい時に!」
先生は、イリスに二重に結界をかけて、出て行った。
「酷い」
「むしろ適切だと思うよ。君の魔力じや、これでも砕けそうだし」
「否定はしないけど…ちょっと風邪ひいた位でここまで魔力制御難しくなるなんて…」
「魔力高い程難しくなるからね。昔は僕もよくやった。先生戻るまで少し寝てたら?」
「…ん」
レンも箒を手に取り、ミーアが外側から押し出したガラスを集める。と、イングリット先生が黄色い服を着た男と共に戻ってくる。レン達の表情が厳しくなる。
「取り敢えず掃除は止めて、こちらはマイスターランクの見学に来たヴォルト大臣です。済みません。今はたて込んでいまして」
「構いませんよ。娘が来年通う事になるマイスタークラスの設備を見に来ただけなので」
「先生?進級試験は2月でしたよね?」
「ええ…そうですが」
先生は困った表情でレンと大臣をチラチラ見る。
「と、とにかく、授業を始めましょうか」
「寝ている生徒がいるようですが?」
「あれは…熱があるのに出てきてしまって、魔力の高い子なので、その…」
「おや、それはいけませんね。私の馬車で病院まで送りましょう」
「いえ、アカデミーには薬も豊富にありますので」
「しかし、ここに寝せたままというのも」
「はぁ…イリス?起きなさい」
「ふぁ…?」
顔を上げたイリスを見た大臣が、ニヤリと笑う。が、前の席に座っていたレン達は、何も気が付けなかった。
「黄色い人?」
「失礼よ、イリス。この方はエリザベートさんのお父様で、大臣の…!!」
全てのガラスが砕け散る。
「酷い!子供の喧嘩に親が出てくるわけ?そもそも私、何も…」
熱の上がったイリスが、椅子にへたり込む。
「ヴォルト大臣、今日の所は」
「そ…そうだな。帰らせてもらう」
大臣は、逃げるように出て行った。
「レン様!大丈夫ですか?」
砕けた眼鏡で切ったのか、きつく閉じた瞼から血が流れる。
「見せて!」
「大丈夫。目には入っていない」
イングリットはよく確認し、やっと息をつく。
ガラスを集めていたシスカがフレームだけになってしまった眼鏡を拾う。
「本当に大丈夫?ポーション持ってくる?」
「平気、かすり傷だよ」
「あら、やっぱり可愛い!眼鏡で隠れちゃうの勿体ないわね」
「…あの、姉さん。こんな時に何言ってんすか?」
「あら、ごめんなさいね」
シスカはレンに絆創膏を手渡し、掃除に戻った所で、チャイムが鳴った。
「はぁ…次は移動教室ね。ここは先生がやっておくからいいわ」
「やりー!」
ダグラスは、箒をぽいっと投げた。
「ダグラス!箒はちゃんとしまって!」
「先生、大臣の事、何か聞いてた?」
「いいえ。突然来られたようです。そもそもエリザベートさんの進学も、ありえませんから」
「全く、何しに来たんだか」
「こちらとしても、妃候補と言われては、大きくも出られないのですが」
「それこそあり得ないよ。僕が嫌っているのなんて、見ただけで分かるだろ?」
「それじゃあ、まさか…」
イングリットは、ちらりとイリスを見る。その目の動きで、先生までもが気づいていたと分かる。
「内緒!片思いなんだから、暖かく見守っていてくれると嬉しいかな」
教室の外が静かになると、レンは立ち上がる。
「じゃあ僕は、イリス寝かせて来るから。先生も頑張って」
キョトンとしたイングリットに、ガラスの山をさすと、がっくりとうなだれた。
この呑気なクラス見ていると、眼鏡かけていなくても誰も気が付かないんじゃと思えてくる。それでも、用心に超したことはない。少し迷ったけど、今更だと思い直して、真っ直ぐ女子寮に向かった。途中売店で、薬を買う事も忘れない。
ドアを開け、ちょっと固まってしまった。あちこちの棚に培養中のスライムが浮いていて、作りかけの、訳分からない物や、錬金術系の本がぎっしりと詰まっている。備えつけのベットの上には、丸いぬいぐるみが沢山転がっている。その中にあのねこのぬいぐるみを見つけ、笑みがこぼれた。
「…あれ?」
「気が付いた?」
「レンが、運んでくれたの?ありがとう」
「軽かったし、大丈夫だよ。薬飲めそう?」
「レン…その目の上の傷…!!」
「かすり傷だよ。目の中は無事…イリス?落ち着いて」
「ごめ…なさ…散々お世話になっているのに、怪我、させるなんて。私…」
空気が震えて、棚の物が落ちてくる。
「私!なんて恩知らずで最低な」
分かって欲しくて、引け目を感じる必要などないと知って欲しくて、肩をつかんでそのまま口づけた。
「え…何でキス?」
「好きだから、だよ。今まで親切にしたのも、僕がそうしたかったから。お菓子をあげたのも、喜んで欲しくて。だから引け目を感じる必要なんてないし、大切に思ってる」
「嘘…いつの間にそんな事に」
「いつの間にか、としか言いようが無いけど、びっくりさせられっ放しで、人嫌いなはずなのに、君が傍にいるのは嬉しかったし、海竜討伐の時、君が倒れたと知った時は、生きた心地がしなかったよ。はっきりと自覚したのは、登山の時だけど。流石にお菓子じゃ、気が付いてもらえなかったね」
「…何かごめん。好きとかそういう意味で言われたのも初めてだし。…えっと、私はどうすればいいのかな?」
「…付き合ってくれると嬉しいかな。その上で僕を好きになってくれたら」
「分かった。分かんないけど、努力してみるよ」
「いいの?」
「っていうか、断る理由ないし、レンは優しいもん」
「取り敢えず堂々とは付き合えない。けど、僕は真剣だから」
「色々と大変そうだよね。私には分からないけど」
「大丈夫。信じて欲しい」
「私に出来るのは、レンを好きになる事?一番難しそうだけど今の好きじゃ、駄目なんだよね」
「出来れば一番で」
イリスは難しい顔をしたけど、それでもうなずいた。




