登山実習 1
シグザールの北には、休火山であるビラン山と、それに連なる連峰が国を隔てている。アカデミーのマイスタークラスは毎年、採取と実戦の経験を積む為、二泊三日の宿泊実習がある。今年の2年生は、フィリアとフィーナの、双子の天災級錬金術師で、爆弾製造が大得意。可愛いものが大好きで、イリスは殊の外気に入られている。
馬車は二台に別れて、双子とイリス、シスカが一緒だ。
「残念、レン君には断られてしまいましたわ」
「可愛いレン君と、イリスちゃんを一緒に愛でたかったのに、残念ですわ」
「あの、先輩方、レンはエンデと一緒の方が良いと思うし」
「嫌よイリスちゃん、お姉様って呼んで?」
「そうよイリスちゃん、お姉様よ?」
いつもこんな調子で、流石にイリスもペースを乱される。
もう一方の馬車では、早朝という事もあって、ダグラスは大いびきをかいている。
「レン様、気軽に行きましょうよ」
「ヴォルト殿の事は、今は考えても仕方ないですし、更迭なさるにしても、他貴族との関係も洗っておきませんと」
「やっぱり強引にでも、イリスちゃんこっちの馬車に攫って来ちゃえば良かったですかね」
「…あの双子は苦手だ…」
エンデはため息交じりに言った。
「僕も。どうしてこうみんな、僕を子供扱いしたがるのかな」
「恋愛に疎いからでは?」
「僕の立場で、気軽に恋なんてできるわけないだろう」
「じゃあ例えば、イリスちゃんに告白されたらどうします?」
「いや、それ以前にあり得ると思う?」
「…無いですね。済みません、隊長」
「私に振るな。…では誰かがイリスに告白して、恋人が出来たらどうしますか?」
「何でさっきからイリスな訳?…あんまりそういうイメージ無いよね。そもそもイリスと恋愛が結びつかないし」
「あり得なくはないと思います。見てくれはそれなりに可愛いですし、相手がダグラスで無ければ案外簡単に頷くかもしれません」
「所で、何故こんな話に?」
「それは…いえ」
「手強いっすね、隊長」
「その呼び方は止めろ、ミーア。ダグラスに聞かれたらどうする」
「別に、役職が付いたからって学生やってちゃ駄目って事はないし、去年からだし。仕事だって」
「それでも、親衛隊はないです。それでも、イリーナ隊長に文句は言えませんが」
前親衛隊長はまだ仮騎士だった自分を親衛隊に引き抜き、ミーア、カミルと共にアカデミー内での殿下の護衛の為、学生にし、子供が産まれる為、だまし討ちのように一番の新参者である自分を隊長にした。そして、過去に一人だけ、月の魔力を絡めた技、月光乱華を破った人でもある。
「イリーナか。懐かしいな」
「同じ女として、絶対勝てる気がしないっす」
馬車が止まり、2年生の担任教師のブラッドが小窓から顔を見せる。
「そろそろ誰か、代わってくれないか?」
「あ、ハイ!私が」
ミーアが下りると、隣の馬車もイングリット先生とシスカが交替するようだ。
「シスカ姉さん、よろしく!」
「あら、男達は誰も出てこないの?」
「ダグラス君は寝てるし。でも丁度良かった。相談があって」
途中、麓の町で一泊して、いよいよ登山だ。5合目にある宿泊施設まで、上らなければならない。
「レン、何かぐるぐるしてる?」
「え?」
「何か悩みでもあるの?そんな顔してる」
「そう?悩みなさそうでいいね、君は」
「えー?悩んでるよ。身長の事とか。一番悩んでなさそうなのは、ダグラスだよ」
「あ?俺だって一応…セシルの事とか」
「7年も音信不通の妹さんの事?怪しい」
「おめーだって身長とか、不毛な悩みしかねーだろうが」
「不毛じゃないもん!切実な悩みだし」
「お前たち、先生の雷が落ちる前に止めておけ」
「お…おう」
「とにかくレン、悩みなんて、ファイアーリザードとか、レッサーデーモンとかぷち倒して、吹っ飛ばしちゃえ!」
「イリス、一応言うけど、それはこの国でも最強の部類の魔物だからね?」
まあ、イリスにかかれば、雑魚と一緒かもだけど。
「先生、これって、戦士系以外には不利な実習、では?」
レンは、早くも息が上がっている。その隣を歩くエンデは、涼しい顔をしている。
「毎年登らなければならない先生より、ましです」
「…あー、ご愁傷様、です」
近寄る魔物は、エンデが危なげなく倒してゆく。まだ、着かないのか。
「あ、まーだこんな所にいた。もうすぐだよ、ほら、頑張って」
「イリス、もしかして、戻ってきたの?」
「うん。早く来ないと、お昼ごはんなくなっちゃうよ」
イリスは、レンの腰を押す。
「ちょっと、早い、よ。ていうか、体力ありすぎ。魔法師なのに」
飛んできたレッサーデーモンを杖の一振りで退け、魔石と必要部位だけ取り、ポイ捨て。
「レンも、ちょっと鍛えたら?」
「君は戦士でもいけそうだけど」
「え?剣なんて、重くて持てないよ。ほら、着いた。コップ取って来るね!」
あっという間に走り去るイリスを見て、少しは鍛えようかと本気で思ってしまった。




