ペット?
首都を出て、南に馬車で2日。ドムハイトとの国境にある砦で、会談が行われる。ドムハイトは砂漠の国で、国土の70%は砂漠に覆われている。昔、銀鉱山とその周囲のカカオの実の産地を戦争で奪われて以来の現在は休戦中ではあるが敵国で、今は僅かの許可を得た行商人が行き来する程度の関係だ。
今からおよそ10年前、この国でクーデターが起こり、当時はまだ王子だったウルリッヒ王の長女、アマネ王女はこの時に行方不明になり、生きていれば今年で12歳。普通に考えれば生きていないと思うが、王も王妃も生きていると信じている。
その後、これを機にドムハイトへ攻め込むべきとする大臣一派と、休戦協定を守り、静観する王をはじめとする側に別れて、王宮内も荒れた。元々体の弱かった母はそのストレスもあって、亡くなった。すると今度は次の王妃を巡っての争いが起こり、そのせいもあって、人間不振になってしまった。
第一印象は、大きな人だなと思った。エンデより高いかも知れない。初めのうちはお互いに腹の探り合いで、だけどお互いに、好感触だった。けれど、話しがヴォルト大臣の事に及んだ時、ふと表情が硬くなった。
「ヴォルト殿はあのクーデターの首謀者だったセンドル将軍と親しかった。今更どうこう言うつもりはないが、出来ればレインフォート王子にこれからの定期会談も来てほしい。さすれば今後の両国関係に、発展があるだろう」
それはつまり、ヴォルト大臣がクーデターに関与していた疑いがあり、知っていた上で、戦争も仕掛けようとしていた。のか?しかし、何の確証も無しに話した訳ではないだろう。
「次の会談には、ミコトも連れてこよう。アマネはミコトにそっくりだったから、手掛かりになるかも知れない」
「お会い出来るのを、楽しみにしています」
控え室で、レンは副隊長のサイードに話しかける。エンデ達はアカデミーに行かせたのだ。
「10年も前じゃ、何も残ってないかもしれないけど、一応調べて見てくれる?」
「畏まりました。アマネ王女の件では、殿下に期待されたようですが」
「そうみたいだね。何でかは分からないけど」
「ミコト王妃はその強大な魔力で人の心を見、未来さえ見通す力があるという噂です。何か思う所があるのかもしれませんね」
「それはともかく、今はヴォルトの件だ。本当に、次から次へと…」
「焦る必要はありません。我々も、できうる限りの事はしますので」
週が明けて、アカデミーで皆の変わらぬ姿を見て、レンはほっと息をついた。
「レン?お仕事大変だったの?」
真っ直ぐに自分を見つめる瞳。何も考えずにレンは、イリスの頭を撫でていた。
「いいわね、微笑ましくて」
「癒される…」
「おめー、それは見た目はともかく、中身は凶悪な類のペットだぞ?猫でも飼えば?」
「えー?ペット扱い?それはちょっと酷くない?頑張ったのなら、褒めるのは逆だよ」
イリスは椅子に上り、レンの頭を撫でる。
「大人は、子供の頭を撫でる方が、嬉しいの」
ひょいと持ち上げると、頬を膨らまして怒る。何?この可愛い生き物。軽くて小さくて、暖かい。
「あれ?夏休みの間にレン、背、伸びた?」
「そうかも。成長期だし」
「えー!ずるい!」
「そうね。もうすぐ私に追いつくかも?でも、そんなに大きくなっちゃ嫌よ。私が可愛いがれなくなるから」
「ちょ、シスカまで、人の頭撫でないでくれる?」
「私より大きくなったら流石にやらないわよ。…あと5㎝位?」
「ね、いつものお礼に、一週間分の授業は、私が教えてあげるよ」
「へえ。それは楽しみだ」
「じゃあ、昼休みに」
だけど、逆に何故か教わる羽目に。
「何でー、納得いかない」
「予習してあったからね。一週間程度なら、何の問題も無いよ。イリスは早とちりの勘違いが多いね。でもこの分なら、3年生の授業分はマスター出来たかな?」
「うん。今度のテストが出来れば合格だって」
頭を撫でると、今度は喜んでいるみたいだ。
「子供扱いは嫌だけど、褒められるのは嬉しい」
それがそもそも子供扱いだと気が付かないところが、イリスらしい。
「レンはさ、教えるの上手だから、教師に向いているんじゃない?」
「向いてても、無理かな。父の後を継ぐ以外の道を、僕は選べないから」
「そっか。だよね」
そういえばレンは一人っ子で、お母さんもいないっていってたっけ。家族が少ないのは淋しいのかな。私にとっては教会のみんなが家族だけど。
放課後、アイゼルに誘われていたのを思い出したイリスは、エリーと一緒にアイゼルのお屋敷をたずねた。
「どうしよう?こんなに大きなお家だと思わなかった。入りずらいよ」
「アカデミーよりは小さいし、行かなかったらアイゼルが怒るよ?」
「だよね。よし!」
メイドさんに案内されて中に入ると、ドレス姿のアイゼルがいた。
「綺麗!お姫様みたい!」
「こっ…このカップ、割ったら弁償出来ないよね」
「そうよ、エリー、あなた鈍くさいんだから気をつけて」
「マイスターはどう?イリス」
「勉強は難しいけど、レンが教えてくれるから」
「ええっ?ちょっと貴女、そんなお手を煩わせる事しちゃ、駄目でしょう?」
「?レン、別に嫌がってないよ。差別しないし、優しいし」
「…優しいって…。やっぱり、あの方の変化は、イリスのほよんとした所に毒されたのね」
「んー。私見てると癒されるって言ってたし、私ってお薬?」
「ある意味そうね。いいか悪いかは別として。見ていて飽きないものね」
「あ、同じ事言われた」
「そろそろ良いかしら。私が子供の頃着ていたドレス、何枚か出しておいたから」
「…やっぱり、着なきゃ駄目?」
「駄目よ。来年には私、卒業なんだから」
「ううっ。似合うはず無いのに」
「大丈夫よ。貴女、元は良いんだから、大人しくしてればそれなりになるから」
「そうだよね、イリス可愛いもんね」
「ああもう!ほんっとにまだ子供体型ね。ちゃんと食べてる?いつまでもダグラス先輩とか魔物追いかけ回しているから、縦にも横にも行かないのよ!」
白いドレスの内側に、赤い、たっぷりとドレープの入ったドレスで、胸元や、髪に絡めるリボンも赤で、すごく可愛いらしい。
「凄い…イリスもお姫様みたい」
「何か変な感じ。髪も結んでないから、バサバサしそう」
「走らなければいいのよ。やっぱり思った通り、可愛いわよ。大人しくしてればね」
「でも、汚れちゃっても弁償出来ないよ」
「あげるわよ。もう私は着られないし」
「ええっ…なら来年まで借りとく」
「は?いくら何でも来年には少し体型変わるでしょう?また選んであげるから、遊びに来なさい。いいわね?」
「うにゅー。来年には大きくなっているといいなぁ。せめて制服がぴったりになっててほしい」
「まあまあ、入学したての時よりはましだよ」
「エリー、あんまりフォローになってないよ。来週は私たち、登山実習があるから、欲しい素材があったら言ってね」




