噂?
帰り道は、ゆったりと散歩しながら帰った。夏休みである今は、書類を片付ける仕事も余裕を持って出来る。貿易の再開位だろうか。あぁ、カスターニュにも薬を送る手配をしなきゃだっけ。後は自然に元のような活気溢れる街になっていくだろうし。
城に戻ると、待ち構えていた嫌な女に会ってしまった。人の話しは聞かず、自分の我ばかり通そうとする8才年上の、エリザベートだ。
「お帰りなさいませ、殿下。またそのような格好で、城下に行ってらしたのですか?」
「人の趣味を、どうこう言われる筋合い無いんだけど」
「それよりも、聞きました?海竜を討伐したのは、あの孤児の、イリスだとか」
「凄いじゃないか」
「危険ですわ!そんな恐ろしい力を持つ者と、同じクラスだなんて。大体、貴族と平民を等しく扱うという事自体、おかしいのに」
「イリスはいい子だよ。努力家だし、素直だし。大体、人を傷つけるなら、剣一本あれば可能だし。その為にエンデやミーアが居るんだから。大体、君が騒ぐから、僕が偉い人だっていう余計な印象を何も知らない皆に与えてるんじゃないか」
いつの間にかエンデが居なくなってて、代わりについ最近親衛隊に抜擢されたリリアがいた。僕と同じくらいの身長で、髪を頭の上でお団子二つに纏めている。腰に下げているのは、聖騎士の剣ではなく、二振りの短剣。子供っぽく見える外見からは想像出来ないけど、エンデが地方から直々に引き抜いてきた程の実力者らしい。
「とにかく、犯罪まがいの事をしてきたアレと、我々を同じように扱うのはお止めになって下さいませ!」
「エリザベート様、イリスちゃんは犯罪者じゃありませんよ?ギルドのお仕事をしているんですから。今は子供だから仕方ないですけど、将来は、いえ、今だって錬金術師としてそれなりに稼いでいるんですから、ちゃんと、税金だって収めてますよ?」
「今まで散々国の世話になってきたのだから、当然でしょう。ゴミの中から偶々役立つ者が出たとして、それが何だというの?税の払えない非国民など、追い出してしまえば良いのよ」
「相変わらず無茶苦茶だ。国民は国の宝だよ。雑多な仕事でも、それをやる者が居なくなったら成り立たない。居なくていい人間なんて、一人もいないんだよ」
「やはり殿下は甘いですわ。私が王妃となったら、ちゃんと質して差し上げますから」
「僕も父上も、認めないと言っているのに」
「大臣の娘である私以上の適任者は居ませんわ。血筋としても、過去に何人も王妃となったり要職に付いたりするなど、由緒正しい家柄ですわ。そこの所、お忘れなきように」
「…はあ、僕はもう、仕事に戻らなければならないから」
レンは、足早に離れた。
「殿下ぁ、イリスちゃん、どうでした?」
「しっかり受け答えも出来ていたから、大丈夫だよ。魔力も、完全に空っぽになった訳じゃないんだろう。後は自然に回復するだろうし」
「一安心ですね。殿下が珍しく色々手つかずになるほど動揺されてましたから」
「…。そんなに酷かったかな?まあ、イリスは大切な友達だし」
「もう、頭良いのに殿下のそういう所は、お子様ですね。でも最高に可愛いイリスちゃんが、最強になっちゃって、悪い虫とか付かなきゃいいですけど」
「そんな命知らず、いないと思うけど。リリアはずいぶん、イリスが気に入ったみたいだね」
「へへっ、一目惚れです。あ、隊長には内緒ですよ?」
「何で?」
「それは個人情報で秘密なのです。…うわ!」
「何が秘密なのだ?」
「気配消して盗み聞きなんて、性格悪いですよ」
「偶々聞こえただけだ。副隊長のサイードに、今回の件でも裏を取るように伝えてくれ」
「あ、ですね。では殿下、隊長、私はこれで」
騎士の鎧を、あんな風に軽々と着こなしているのを見ると、それなりに鍛えてはいるんだろうけど、本人見てるとそうは思えない。
「そういえばエンデ、イリスの所に居た時、何かあったのか?」
「それは…いえ、何でもありません」
「エンデ?そうやって何でも自分の中に溜め込む癖、良くないよ?」
「すみません。ただ、上手く説明出来ないのですが…イリスに、畏れを感じました」
「恐怖じゃないよな?…畏れ、ね」
「もしかしたら私が騎士になったのは、イリスに出会う為だったのかもしれません。!申し訳ございません。あまりにも不敬なことを!」
「いいよ。そういえばエンデは、最初にイリスに会った時も、不思議な感じがしたんだよな」
「そうだったでしょうか?」
「まあ、いいか。とにかく色々良かった」
そう言って笑うレンは、とても穏やかな表情をしていた。
やがて夏休みが明け、いつもの日常が戻ってきた。朝の時間を少しでも逃すまいと、イリスとダグラスは必死に宿題に取り組んでいた。
「おはよう。ダグラス達も凄いね。海竜を倒したんだって?」
「あーそれな。俺たちは何もしてねーよ。ただ、イリスが呪文詠唱している間、奴の気を引いていただけだし」
「動けただけマシよ。私なんて、怖くて何も出来なかったもの。イリスのお陰。そのせいでイリスは大変だったけど」
「知ってる。夏休み中に先生の家にお見舞いに行ったから」
「ふうん…でもどうせ、ニコイチだったんでしょ?」
「えっ?何それ」
「あら、そっちの噂は知らないのね」
「何?噂って」
「いいわよ別に。私は信じてないし」
エンデとミーアは知らないらしく、首をかしげている。
「イリスは知ってる?」
「知らないよぉ。先生の家では宿題もさせてもらえなかったんだから。やっと帰れたのが三日前だし」
「俺が噂に疎いという噂をお前らは知らんのか!つーか女子共の噂なんて知るか!」
「ねえシスカ、何で機嫌悪いか分からないんだけど、どういう噂?」
「ほら、席に着かないと、先生来ちゃうわよ」
「ダベってる暇ねえって!のわっ?!」
「何大声上げてるの?まずは宿題を回収します」
「すみません先生、頑張ったんですけど、終わらなくて」
「イリスの状態は先生が一番良く分かってます。先生はそこまで鬼じゃありません。週明けまで時間をあげますから」
「先生!俺にもお慈悲を」
「だめよ。シスカはちゃんと終わらせているじゃない。罰として、今日の掃除はダグラスがやりなさい。勿論宿題も、今日中に提出するのよ」
「あうぅ」




