海竜戦、その後 2
イリスをお風呂に入れてやりながら、イングリットは、ため息をつく。もう、領主から、海竜討伐の報告は届いただろうか?いずれにせよ、登城しなければならない。
風呂から出て、髪の水分を魔法で飛ばし、幾分乱暴にストレートの黒髪にブラシを通す。
「髪の毛抜けちゃうよー、先生」
何だろう。先生、怒ってる?怒られるような事…したな。
イリスは、海竜討伐の事を思いだす。
まだ体に力の入らないイリスを客間に連れて行く。
「先生は、これから出かけてきます。あなたは大人しく寝てなさい。…いいですね?」
「は、はい」
怖いよー。先生の後ろに雷が見える。どうせ今は、寝てるしか出来ない。早く回復して、宿題やらなきゃならないのに。
城で謁見を申し込むと、すぐに殿下が来て下さるらしい。殆ど待つことなく謁見の間に通され、絨毯の上を真っ直ぐに進むみ、ローブの端をつまんで頭を下げる。顔を上げると、まだ成人したばかりとは思えない程堂々としたレインフォート王子。その半歩後ろには、騎士姿のエンデもいる。
「カスターニュの領主から報告は受けている。海竜を討伐したのはアカデミーの生徒だと聞いてる。…イリスは無事?」
玉座に座っている以上、私情は挟めない。けど、待ちきれなくてつい、言ってしまった。
「はい。酷い魔力欠乏症でしたが、今は起き上がれる位、回復しています」
そう話すとレインフォートは、明らかにほっとした表情を浮かべる。が、直ぐに表情を引き締めた。
「街の人々が物凄い光を見たと言っていたけれど、どんな魔法が使われたのか」
「ケントニスアカデミーにあった太陽の属性呪文の書、断罪の光だと本人が、言っていました。呪文の書は全く知らない文字で書かれており、読めませんでした」
「呪文の書は今は?」
「申し訳ありません。イリスが貰ったものでしたので」
「まあ、いいや。医者には診せた?」
「いえ、まだまともに歩けないので」
「そう…今から行っていい?」
「は、はい。大丈夫です」
レインフォートは、側に控えていた文官、エンデと話した。
「少し待っててくれ」
控え室で待っていると、直ぐに扉が開いた。その姿を見て、イングリットは、固まった。
そこに居たのはごく普通の、15才の青年。確かに自分の教え子、レンだった。
「そんなに違う?」
「ええと…済みません」
「いいよ。そうじゃなきゃ、困る」
部屋を出て、すぐに私服に着替えたエンデとも合流する。
「トーヤは生憎留守でしたので、伝言を残してきました。気付けばすぐに来るでしょう」
「うん。先生、宮廷医師に来るように伝えたから。ちょっと変わった人だけど、ウデはいいから」
「よろしいのでしょうか?」
「イリスの事診察したがってたから、連絡入れないと、逆に怒る。属性の研究者でもあるから、よくエンデも診察されているよね」
「…。そうですね」
エンデは若干嫌そうな表情をする。
「それと先生、城を出たら、敬語禁止。生徒として接して」
「わかりました」
三人でイングリットの家に入ると、イングリットは客間で寝ているイリスに声をかける。
「お友達が来ましたよ」
それだけ言ってイングリットが下がり、レン達は部屋に入る。体を起こしたイリスの寝間着が、ずり落ちる。
「イリス、海竜を倒したんだって?」
「えー、もう噂が広まっているの?やだな。ケントニスの帰り道は、海竜に邪魔されそうな気がしたから、太陽の上位魔法、断罪の光を必死に覚えたんだよ。魔晶石は途中で砕けちゃうし、海竜も強かったから、余計に魔力かかっちゃった」
「君の魔力が尽きる程の魔法。危険だね。もう使っちゃ駄目だよ?後はどんな呪文があったの?」
「病を治したり、大怪我でも治療出来たりとか、結構凄いの載ってたよ。奇跡の力だよね」
「ならその呪文の書は、君に預けて置く訳にはいかない。君は際限なく使うだろう?自分の魔力も考えずに。その噂を聞けば多くの人が集まってくる。広まれば、君以外の太陽の属性の人にも迷惑が掛かる。…解るね?」
「うん。…でも、本当に使いたい時に、使えないのは嫌だよ」
「人の手に余る力は、使うべきではない。ポーションまでが、人が使える力であるべきだ」
「うん…。レンにこの本を預けたら、どうするの?」
「国宝扱いかな。興味本位で読まれる危険はなくなるから安心して」
「分かった…はい」
イベントリから出された本をめくってみるが、よめそうにない。
「イリスはこの文字が読めるの?」
「ううん。けど、内容は理解出来る。なんとなくと、似た感じかな?」
レンは、エンデに本を渡す。
「読めません。…私には、読む資格がないのだと思います。…なんとなくですが」
「同じなんとなくでも、属性が違うからかな?」
「いえ、私には、イリス程の力は無いからだと思います」
レンは頷いて、本をアイテムボックスにしまう。イリスは、辛そうに息を吐く。
「気がつかなくてゴメンね、横になった方が良いよ」
支えて寝かせてやると、さらりと髪が腕にかかる。
「髪、このままでも綺麗なんだから染めなくてもいいのに」
「昔、悪魔の色とか散々言われたから。…ふふっ。綺麗なんて言われたの初めて。お母さんの髪も黒かった気がするから、染めなくてもいいかな」
「竜より強いお前を、今更誰もいじめないだろう」
「あ、エンデの意地悪。シスカさんは自分より強い人がいいって言ってたけど、私はそれ言えなくなっちゃったよね」
「あの竜は、兵士隊や魔術師隊、100人がかりでも鱗一つ傷つけられなかったんだよ」
「へえ。確かに光の上位魔法は効かなかった…あれ?何か騒がしい?」
「あー…後遺症が心配だったから、知り合いの医師に頼んだんだ。…うわっ!」
ドアがバタンと開き、まだ若い、縁なし眼鏡をかけた男が入ってくる。
「二人とも診察の邪魔だ。…お前がイリスか、思ってたよりも小さいな。魔力が成長を阻害しているか?…なるほど、光に似ているが、やはりちがうな」
「ちょ…えっ?何?」
「済まない、こう見えても、ウデはいいから」
「まだ居たのか?邪魔だと言っただろう」
「あはは。お大事に」




