散歩と教会の事
休みの日は大概仕事で潰れてしまうけれど、夕べ頑張って書類仕事をほぼ終わらせてきたので、今日は趣味の一つでもある散歩を楽しむことにした。夕べまで降っていた雨が止んで、所々に水たまりを残している。レンの半歩後ろを歩くエンデも、ゆったりと流れる時間に、少しだけ表情を緩めている
「あ、これ…ふっ」
店先に置いてあったねこのぬいぐるみを手に、レンはくすくす笑う
「ね、これ、誰かにそっくりだと思わない?」
「イリスですか?確かに。何も考えてなさそうな、呑気そうな雰囲気が、そっくりですね。大きな目も」
「だよね。確か、今月の19日が誕生日だったよね」
店員に言って、包んで貰う
「理由を知ったら、イリスは怒るのでは?」
「そしたら、ケーキとかお菓子でごまかす。楽しみだな」
「…はぁ」
「んー、そういえば、誰かに誕生日プレゼントを贈るなんて、初めてだな」
「そうなのですか?…あなたが初めてプレゼントを贈る相手がイリスでいいのですか?」
「そんな大層な事じゃないだろ?相手は子供だし」
「それは、そうですが」
レンはプレゼントをマジックバックにしまう
丁度ギルド兼酒場の前を通りかかった時、聞き覚えのある声が聞こえた
「じゃあクーゲルさん、またね」
扉が開いて出てきのは着古したローブ姿のイリス
「あれ?レンにエンデ、どうしたの?」
「散歩中。イリスは依頼?」
「うん、お酒に混ぜるシュワシュワ水の納品だよ。体売ったりお酒飲んだりはしてないよ?」
「誰も疑っていないし、そもそも欲しがる奴などいるものか」
「今の発言、超失礼だよ、エンデ。最近よく声掛けられるんだよね。あんまりしつこい人は、魔法で伸しちゃうから平気だけど。孤児だからって、そういう事しないと生きていけない人ばかりじゃないんだから」
「むしろ、その声をかけた連中に同情するよ。並の冒険者じゃ、全く敵わないだろ?」
「今はDランクだけど、実力的にはBランク以上って言われてるよ。子供だからこれ以上は上げられないけど」
「むしろAランクでもおかしくないけど。エンデと対等に戦えるんだから。所で何処に向かっているの?採取?」
「ううん、教会。シュワシュワ水に果実水を混ぜたの、沢山創ったから」
「ついて行ってもいい?」
「いいけど、貴族の人だってバレないようにしてね」
「分かってるから、大丈夫」
愛と豊穣を司る女神フォルトゥナを祀る教会は、南外周部。所謂スラム街の一角にあり、身寄りのない子供達や、お年寄りが多数身を寄せている。
「随分劣化が激しいな。首都の教会は、一定水準を満たすように予算配分されているはずだけど」
レンはエンデにだけ聞こえるように呟いた
イリスの後を追いかけて教会に入ると、子供達が集まってきた。
「イリス姉ちゃん、芋取り行くの、手伝って。昨日が食べられない日だったから、みんな腹ペコなんだ」
「イベントリから、オーク肉の燻製と、シュワシュワジュース出しておくから、みんなに配って?私は薬の補充してくるから」
イリスは何もない空間から次々と食べ物をだす。と、見覚えのあるパンもでてきた。給食で出たものだ
騒ぎに気が付いたのか、神父が奥の部屋から出て来る
「神父様、私、薬の補充しちゃいますね」
「いつもありがとう。彼らは?」
「友達だよ」
イリスは、奥に進む
「あの、何故あなたがここに」
そういえば、年1回の聖職者会議に何度か出た事があったっけ。それに神父は、ドルニエ学園長と仲がいいと聞く。
「イリスと友達だから。何か?」
「イリスの事は…いえ」
「イリスが、なに?」
丁度イリスが出て来た
「レン?エンデ?どうかした?」
「さっき、給食のパンが紛れてなかった?」
「バレたか」
「ちゃんと食べないと、身長伸びないよ?」
3人で外に出る
「あのさ、食べられない日って何?」
「そのまんまだけど?まあ、今はまだましな方だよ。去年とおととしの報償金とか、マジックバックもレンに買って貰ったし、子供の人数も一時期よりはへってるし。私が小さい頃はもっと酷かったよ。一日に芋1個とか」
「でも、監査の人間が行ってる筈だけど?」
「そういう時は、外に出てなきゃだし。酷いよね。汚いんだってさ」
「…ごめん。今は力になれない」
「別にいいよ。予算とかそういうのって、大臣とか偉い人が決めているんでしょう?あの人のお父さんが、まともだとも思えないし」
「外面がいいんだよ。父上はすっかり騙されている。僕は昔から嫌いだったけど」
「親同士が仲良しだから、エリザベートが何か必死な感じ?レンはどうして素っ気ないの?」
「嫌いだから」
「うーん、でも、偉い人とは仲良くしなさいって言われない?」
「そこまで強制するような父じゃないよ。僕の気持ちは分かってくれてるから、結婚相手は強要しないし。まあ、早く決めろとは言われているけど」
「まだ子供なのに?」
「二月で15になったんだけど」
「えー。何かずるい。裏切られた気分」
「何それ。君は今度10歳?」
「13!本当は大人になってから卒業予定だったんだけど、1年すっ飛ばしちゃったからなー」
「歳も何年かすっ飛ばしてそうだな」
エンデの言葉に思わず吹き出すレン
「え?エンデ何?上の方で呟かれても聞こえないよー?」
「まあ、聞こえない方が、いいこともあるよね」
「?まあいいや。大人になったら、好きな人出来た?」
「は?何それ」
「シスカさんがね、誰かを好きになる気持ちが分からないのは、子供だからって」
「そういうのって、年齢関係ないと思うけど。僕に好きな人が出来たのは、随分昔の話だし」
「えー!」
「初耳です。どなたですか?」
「失恋で終わっちゃったから、教えない。もう結婚して子供もいるし。焦らなくても、こういう気持ちって、自然と分かるものだから」
「そうなんだ。…いいな。もし結婚できたら、家族になるんでしょう?」
「なんだ。イリスにしてはと思ったけど、家族が欲しいんだ?」
「駄目?だって神父様はみんなのお父さんだから甘えられないし、淋しくても泣いたらみんな泣いちゃう。だから…。レンの両親て、どんな人?」
「母は僕が小さい頃に亡くなった。父は…人の事からかって遊ぶのが趣味みたいな人だからな」
「お父さんの事、好き?」
「まあ、普通?」
「普通、か。みんなそう言うよね。…別に、羨ましくなんかないもん。ほんの少ししか覚えてなくても、ちゃんと優しかった事覚えているから」
学園がみえると、イリスは走って行ってしまった。二人は北に進路をとる。
「例の件、調べてみますか?」
「うん、慎重に頼むよ。うまくすれば娘を押し付けられずに済む」
「では、親衛隊のみで動きます」
「他にも何かあれば探っておいて。焦る必要はない。僕の卒業までにやっておいてくれればいいから」
「ではそのように」
「頼んだよ。隊長さん」
エンデは、一般人のふりして離れていた人に何か話し、足早に去って行った。やがて近づいてきた狐耳と、レンは残りの散歩を楽しんだ




