第一話 誕生
果てしなく暗いです。心の準備が難しい方は回避してください。
その日、スズーリエの城内は歓喜に溢れていました。
長い間、子宝に恵まれなかった王さまとお妃さまに、神様が贈り物を授けて下さったからです。
生まれたての赤子は、すでに定められいた乳母の手に預けられ、すやすやと眠っていました。
産毛が光を浴びてきらきらと輝いています。
生まれたばかりだというのにすでに女らしい細い指が、赤子の約束された将来を語っているようでした。
王さまとお妃さまは、神様の贈り物に名前を付けました。
ツァーレン・アン・セリシール
スズーリエ国第一王女ツァーレンがここに誕生しました。
ツァーレンはシメントリーに造られた王城の左翼側、王族の住居棟の一番奥で皆に守られながらすくすくと育ちました。
国務に忙しい王さまも病弱なお妃さまも、それはそれは王女を可愛がり、小さすぎてまだ這うこともできない王女のために専用の庭を拵えたくらいです。
周りから一角隠すように設計された庭は、内側は子供が遊ぶには十分すぎるほど整えられたもので、大人の目の高さまでの樹々が迷路のように植えられ、奥には一休みできるような東屋、小さな温室も作られてスズーリエ国以外の珍しい花も楽しめるようになっていました。
ただ残念なことに、庭の施工が終わる頃には季節が秋から長い冬にと移り変わり、赤子のツァーレンが完成した庭を愛でることはありませんでした。
季節は厳しい冬から柔らかな日差しの春へと移っていきました。
庭も雪景色から緑が見え隠れし、そろそろ小さな王女を日光浴させようかと乳母が思い始めたころ、王城は大きな悲しみに包まれました。
お妃さまが、亡くなられたのです。
産後の肥立ちが悪く、半年近く床に伏したお妃さまでしたが、とうとう回復することなくお隠れになられてしまいました。
愛妻家と名高い王さまは、それはそれは嘆き悲しみました。
子もなかなかなさずに臣下たちから側室をと願われても、愛するお妃さまを悲しませたくない一心で一人の側室も召しあげなかったほど、王さまはお妃さまを愛されておりました。
そのお妃さまがいなくなったことがどうしても受け入れられず、かといって国務をおろそかにすることもできず、お妃さまを忘れようと一心不乱に執務に明け暮れ、けれど少しの時間があればお妃さまのことを考えてしまい寝ることもできず、とうとう心が引き裂かれてしまったのです。
王さまは、お妃さまが亡くなったのはツァーレンが産まれたせいだと嘆きました
そしてお妃さまと同じ亜麻色の髪に新緑の瞳を持つツァーレンを見ることすら厭うのです。
いえ、憎悪するのです。
理性では出産というものは命をかけるものだということがわかっていはいるのですが、ツァーレンを憎む感情が理性を覆い尽くし、潰します。
育つにつれお妃さまに似てくるツァーレンを、そして愛くるしい姿を見るたびに愛するお妃さまを失った直接の原因を思い出して心が悲鳴を上げるのです。
王さまは、ツァーレンを見限りました。
父親がなくても物さえ与えておけば子は従者たちが育てるでしょう。
面目を保つため、ツァーレンに王女であるべき教育は施すものの、二度と自分の目に触れないようにするにはどうすればいいかと考えたのです。
答えは簡単でした。
都合がいいことに城には王女専用の寝室と居間、そして王女のためにわざわざ造らせた庭がありました。
そこから出さなければ、城内でばったり出くわすこともないでしょう。
そうしてツァーレンは生後半年で、部屋から出ることを禁じられたのでした。
王さま……ってどうよ。




