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みにくいおひめさま  作者: れんじょう
『みにくいおひめさま』
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第二十四話 朝餉

 「でも。あの、部屋からでるのですし、帽子は必要でしょう?」

 「どうして帽子が必要なのでしょう。前にもお話させていただきましたが、上皇さまは知っておいでですよ?だからこそ私をツァーレンさまのそばにとおっしゃられたくらいですのに」


 そうでした。

 肌に詳しいリリュシュをツァーレンの侍女に任命したのは、ほかならぬ上皇です。

 けれど醜い顔はもちろんのこと、朝のあの気まずい出来事を一枚の布が包み隠してくれることを願っていたツァーレンでしたが、こればかりはどうしようもありません。上皇が帽子を被らないようにというのですから、従うほかはないようでした。


 リリュシュの案内で小さな食堂に案内されたツァーレンは、一仕事終えた後のさっぱりとした姿の上皇を正面に、席に着きました。

 遅くなったことと詫びながら朝の挨拶をすませると、待ちかねたように次々と運ばれてくる朝餉の温かい匂いがツァーレンの鼻孔をくすぐりました。



 「では、いただこうか」

 

 上皇の合図で始まった食事は、肉や魚がなく、野菜の甘みを引き出した素朴な料理ばかりで、緊張して凭れそうなツァーレンの胃に負担がかからず、美味しく頂けるものでした。

 けれど食事の間中、ツァーレンは上皇に顔を見られないように出来る限り下を向き、そして上皇から何か離されたとしても、まるで上の空のような答えを返してばかりでした。


 「ツァーレン殿。あまり下ばかり向くものではない。運気が逃げるし精神も下を向く。それともまさかこの老いぼれにその面を見せるのが惜しいのか?」

 「い……いえ。真逆でございます。わたくしの面は見れたものではございませんゆえ、上皇さまに不快な思いをさせるのではないかと」

 「なにをいう。なぜそのように自分を卑下するのかわからぬが、儂はそなたの顔も心も美しいと思うておるよ」


 心底呆れかえり、また当たり前のようにツァーレンを『美しい』という上皇を、驚きを持ってツァーレンは見ました。


 「……やっと儂を見たな。ほれ、何をそのように驚いておる」


 上皇は顔を上げたツァーレンを見ても、眉ひとつ上げず、顔をしかめず、不愉快に口も歪めませんでした。それどころか、嬉しそうに目じりにしわを寄せて笑っているのです。これを驚かずしてどうしろというのでしょう。


 「あ……わたくし、そのような言葉を頂けるとは……思ってもみなくて」

 「ふむ。ではよほどそなたの周りには目くらが揃っておったのじゃな」


 かかかと声を上げながら愉快に笑う上皇に、ツァーレンはまた驚きました。


 「まあ、ここにはそのような目くらはおらぬから、安心していられよ。帽子は野外にいる時は被ってもよいが、室内におられるのなら外されておいたほうが儂はとしてはうれしいが、いかがか」

 「え……あ、あの」

 「おお、野外といえば。今朝は驚かせてしもうたようで、悪かった。ついいつもの習慣で朝は庭いじりをするのでな。それと畑を少々しておる。さきほどツァーレン殿が食された野菜は儂が種から育て上げたものじゃ」

 「まあ」

 「そうじゃ。新鮮で美味しかろう?一度この新鮮さを知ると病みつきになってな。参室と肆室の奥に畑があるのじゃよ。ツァーレン殿が医師に外に出てもよいと言われたら案内しよう。ああ、それから。ツァーレン殿は刺繍が得意とか。もしよければ儂のために一つ縫っていただきたいものがあるんじゃが後から部屋に伺ってもよいかな」


「うん?」と微笑みながら確認されると、頷くほかありません。

 それに驚きが何度も何度も上書きされて、ツァーレンは自分が何を悩んでいたのかだんだんと分からなくなっていたのです。

 帽子のことも、顔のことも、悩むことを許さないような、いえそれよりも悩んでいること自体がおかしいと言い、美しいとも言い。次には、上皇自ら畑を耕し育った野菜を食卓に上げ、ツァーレンを畑に案内するというのです。刺繍のことも、まさか上皇が知っているとは思ってもみませんでした。

 ツァーレンは自分が今まで考えていた上皇という人と現実の上皇があまりにもかけ離れ、また自分の離宮での待遇も思っていたものと違いすぎてどう対処していいかわかりません。


 「上皇さま。昨日離宮に入られたばかりのツァーレンさまを振り回さないでいただきたいですわ。ツァーレンさまが疲れ切ってしまわれます」


 ツァーレンの後ろに控えていたリリュシュが、困っているツァーレンを見かねて上皇にくってかかりました。

 このこともツァーレンの混乱を招きます。

 ツァーレンの常識には自分よりも上位の者にくってかかるなどあってはならないことだからです。


 「おや。リリュシュのほうがツァーレン殿を困らせておるようじゃぞ」

 「まあ!どうしましょう!ツァーレンさま。私、そんなつもりじゃ」


 かかかと上皇の愉快そうな声が小さな食堂に響きます。

 後ろを振り返ればリリュシュの慌てふためく姿が見えるでしょう。


 くす。


 ツァーレンは自分の混乱は置き、二人が自分のことを気にかけてくれる、そのことがとても嬉しく、つい笑ってしまいました。

 それは不安だらけだった離宮での生活が、全く違うものに見えた、その瞬間でした。


 


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