第83話 「女神と美少女の共通項④」
「旦那様、心配です。ここからふたりの戦い振りが見えますか?」
リゼットが、心配するのは当たり前だ。
ケルベロスとジャンは、あんなに仲が悪かったのだから。
その上、相手は300匹以上の大群である。
いくら喧嘩相手でも、今回は連携して戦わないと苦戦するだろう。
さあ、何か「ジャン達を見守る」手立てはないものか。
俺は少し考えるが、時間も限られている。
こんな時は、やっぱりクッカが頼り。
俺は、麗しき美女神様へ呼びかける。
『クッカ!』
『はぁい! 分かっていますよぉ、任せてくださ~い』
はらはらしてジャン達を心配するリゼットが、クッカは可愛くて堪らないらしい。
満面の笑みを浮かべていた。
『うふふ、優しいな、リゼットちゃんは。お姉さん、大好きですよ』
『どうすれば良い?』
『ジャンは戦うのに精一杯で余裕は無いでしょう』
『多分、そうだな』
『念話でケルベロスに指示を出して下さい。発動体となり視点を共有しろと……この前のジャンちゃんのやり方と一緒です』
おお、そうかっ!
この前と同じく視点の共有を行うのか。
先日はジャンだったけど、今度はケルベロスの視点で景色を見るわけだな。
『事前に魔法をかけなかったけど大丈夫かな?』
『ノープロブレム! ケン様の魔法スキルが上がったのと、ケルベロスが召喚されて暫く経っていますから、魂の波動が合わせ易いのです。少しくらい離れていてもいけます』
おお、そうか!
それは便利だ。
でも、『ご都合主義』って言われそう。
まあ……良いか。
『じゃあ、俺が見える光景をリゼットにも見せるにはどうしたら良い?』
『先ほどと同様にリゼットちゃんと手を繋いで下さい』
うん、納得。
手を繋ぐと、俺とリゼットの魂が結ばれるからだな。
『了解!』
ロジックを理解したので、リゼットの不安と希望をすぐに解消してやろう。
「リゼット、今クッカが教えてくれた」
「え、クッカ様が?」
「おう! また俺と手を繋げばケルベロスの目で周囲が見える。ちなみにさっきジャンと話せた方法もクッカの直伝だ」
「ああ、女神様。クッカ様、私達へご加護を与えて頂き、本当にありがとうございます」
リゼットは、深く深くお辞儀した。
この異世界の女性は皆、信心深い。
俺の嫁の中ではミシェルが特に信心深いが、リゼットも素直にクッカに感謝しているようだ。
『何の、何の、お安い御用よ』
リゼットの感謝の言葉を聞き、クッカは「にこにこ」しながら、手を左右に振っている。
目尻が、歓びで思い切り下がっていた。
俺は一応、リゼットへ注意してやる。
「ひとつ注意するぞ。リゼット、目を回すなよ。ケルベロスの奴、凄い速度で移動するからな」
「は、はいっ」
ケルベロスの視点は、いきなりだと、目が回ってひっくり返ってしまうかもしれない。
ゲーム慣れしていない、初心者と一緒だ。
なので、俺はカウントダウンをしてあげる事にした。
「リゼット、良いか?」
「は、はい」
「よっしゃ、3,2,1、ゼロ!」
「きゃう!」
念を押したにもかかわらず、リゼットはつい可愛い悲鳴をあげてしまう。
やはりケルベロスの視点は、先日のジャンと一緒だ。
高速で走る為、景色が飛ぶように流れて行く。
レーシングゲームなどないこの世界では、刺激が強すぎる。
俺はリゼットの手を握り直すと、「気をしっかり持て」と励ましたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
※ここから暫し、ケルベロスとジャン中心に話が展開します。
一方、こちらはジャンとケルベロス……
ふたりの従士は、森の中を疾走していた。
『ジャン!』
『は!?』
ジャンは驚いた。
ケルベロスが初めて名前で彼を呼んだからである。
普段から、ケルベロスはジャンの事を蔑むように『駄猫』と呼んでいた。
驚くジャンだが、構わずケルベロスは言う。
『モウスコシデ、テキニセッショクスル。サクセンヲツタエルカラ、ヨクキイテオケ』
しかし……
初めて名前で呼んだのは良いが、ケルベロスは相変わらず一方的で命令口調な言い方をする。
ジャンは思わずムッとした。
『な、何っ! 作戦を伝えるだとぉ?』
『ソウダ』
『は? お前の指示など、もう金輪際聞かねぇ』
『コノ、オロカモノ!』
『な、何ぃ!』
『オマエハ、リゼットオクサマノイイツケヲ、モウワスレタノカ? アノカタヲ、カナシマセタイノカ?』
リゼットの言い付けとは……
「ケルベロスと喧嘩せず仲良く戦って」という願いである。
リゼットの優しそうな顔を思い出したのか、ジャンは『しかめっ面』をして渋々頷いた。
『ふん……分かったよ、作戦とやらをさっさと言え』
『ヤツラヲ、ハーブエンカラ、デキルダケヒキハナス。オレト、オマエデナ。サイテイ5km、ハシルコトニナル』
『ご、5kmぉ!?』
5kmも走ると聞いて、ジャンは驚いた。
生まれてからそんなに、長い距離を走った事がなかったからだ。
ジャンは驚くが、ケルベロスはおかまいなし。
続けて指示を出して来る。
『オレカラゼッタイニ、ハナレルナ。モシモ、カコマレタラ、オマエガツヨクテモ、タゼイニブゼイ。ナブリゴロシニサレテ、アットイウマニクワレルゾ』
ケルベスから言われ、ジャンはゾッとした。
自分が、ゴブの群れに囲まれて喰い殺される事を想像したからだ。
『お前に言われなくともぉ! わわわ、分かってらぁ、そんな事は!』
『ナラバヨイ! オビキダスホウガクハ、アチラダ。オレタチハ、ハデニオタケビヲアゲテ、テキノマッタダナカヲツッキル』
『な? お、大声出して、しょ、正面から突っ込むのか!?』
『ヤツラノチュウイヲヒクニハ、ソレガイチバンヨイ』
『よ、よし! そ、そうだな! お、お、お前の言う通りだ』
正面から飛び込むなど自殺行為……
だとジャンは思ったが、有無を言わさないケルベロスの口調に気圧された。
ここまで来たらもう後には引けないと。
一応同意したが、もう意地以外の何物でもなかった。
『サクセンハ、サラニバンゼンヲキス』
『作戦に万全を?』
『アア、オマエハ、アシヲイタメタフリヲシ、テオイラシクミセカケル。ヤツラノショクヨクヲ、シゲキサセルノダ』
『な、成る程! 俺っちは怪我をしていてもう少しで捕まえられるぞ、というように見せるんだな』
『ソノトオリダ。デハ、イクゾ』
『お、おう!』
ケルベロスとジャンは、特有な力を備えている。
相手の気配を読む獣特有の野性的な能力だ。
その特異な力が、多くの敵が居る事を伝えていた。
うお~ん!
うにゃあごっ!
一見、どこにでもいる犬と猫は……
雄叫びをあげ、ゴブリンの大群へ突っ込んでいった。
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