第73話 「純情美少女の願い②」
嫁ズからの気遣いとフォローにより、俺とクラリスは、手を繋いで村の中を歩いている。
「抱かれたまま一緒に歩くのは、さすがに恥ずかしい」とクラリスが嫌がったのだ。
だが、「男性としっかり手を繋ぐのさえも初めて」というクラリスは、まだ恥ずかしそうにしている。
顔も、結構赤い。
興奮&緊張しているらしい。
俺が見ると、ハッとして視線をそらす。
それが、また可愛い。
「…………」
「…………」
無言状態がお互いに続いたので、さすがに俺から口を開く。
「どこへ行こうか?」
ああ、我ながらナサケナイ。
前世でのデートなら相手の女性にがっかりされる。
『使えない男』として、一発でアウトにされる迷セリフだ。
しかしクラリスは、全くといっていいほどすれていない。
俺のヘタレな台詞にも全然文句は言わない、本当に純情な女の子であった。
「私……だ、旦那様と一緒ならどこへでも」
おおおおお!
そそるぅ!
俺と一緒なら、どこへでもだって?
男なら……最高に嬉しい言葉じゃないか!
こんな子、滅多に居ないぜ!
ここで俺の家とか、クラリスの家へ行って、ふたりきりになり強引にH!
……とかいう邪な気持ちは俺にはない。
と、断言したいが……クラリスは可愛いから全く無いわけではない。
だが、ボヌール村の女の子みたいな 素直で可愛い女子達には何よりもムードを大切にしたい。
恋愛とは計算や駆け引きであるという前世での定義は、この異世界では全く当てはまらないのである。
それに、片思いの女の子を口説くわけではない。
俺とクラリスは最早、両想いだ。
ふたりきりになるのは、夜になってからで良い。
まあ結婚までH禁止なので、チューとおっぱい揉みくらいだけれど。
俺が握った手に、「きゅっ」と力を入れるとクラリスもおずおずと握り返して来た。
そんなクラリスが愛おしくなって、優しく促す。
俺とクラリスはまるで時間が過ぎゆくのが惜しいように、ゆっくりと歩き始める。
やがて、村の正門に来た。
ここから村外へ出る。
俺とクラリスを見て、物見やぐらに居るガストンさんとジャコブさんが大きく手を振っていた。
特にガストンさんの表情は……満面の笑みだ。
彼が俺に対して、これだけ機嫌が良い理由はいくつかあるだろう。
愛娘レベッカの婿で、彼女と相思相愛の仲である事。
先日の『狩人研修』で弓矢の素養を見せた事。
癖の悪い冒険者クラン大狼を、たったひとりであっさりと片付けた事。
ガストンさんは、村の人々から俺の良い評判も色々と聞いているらしい。
先日嬉しそうに言われたが、俺の総合評価はAどころか、何とSだと言う。
Sというのは何ともこそばゆい。
冒険者ギルドならヒーロー。
すなわちスーパー冒険者扱いだ。
でも、俺の活躍って、本当は管理神様がくれたチート能力あっての事だから。
慢心は、絶対しません。
ガストンさんは、一夫多妻制がこの世界のルールという事もあり、俺がレベッカ以外に村の娘を娶る事も歓迎しているようだ。
俺とクラリスもガストンさん達へ大きく手を振り返して、農地へと歩いて行く。
デートの筈なのに何故農地へ? というツッコミがあるかもしれない。
だが、クラリスが「是非に!」と強く望んだのである。
そうだ……俺とクラリスは村の畑で出会い、恋に落ちた。
まるで、大昔の歌謡曲みたいな思い出の場所だからだ。
「お~い、クラリス! ケン!」
「こっちへ来てくれないかね」
俺達を見つけて大きな声で呼んだのは……
先日俺が『農業研修』を行った時に指導を受けた農地管理担当のラザールさんと実務を教えてくれたニコラさんのふたりである。
ラザールさん達の姿が見えた途端、クラリスが意外な行動を起こす。
俺の手を引っ張って、いきなり駆け出したのだ。
息が切れるかと思うくらいの勢いで走って来たクラリスを、ラザールさん達は慈愛の籠もった眼差しで見つめる。
「おうおう、走って来んでもええのに」とラザールさん。
「はっはは、息が切れそうになっておるぞ、クラリス」とニコラさん。
意気も絶え絶えのクラリスは、ふたりへ『特別な報告』をしたかったようなのだ。
「はぁはぁ……ラザールさん、ニコラさん……せ、正式に決まりました! わ、私……ケン様と結婚します」
俺との結婚報告を、嬉しそうに行うクラリスを、ラザールさんとニコラさんは祝い励ます。
「ああ、おめでとう! 幸せになるんだぞ」
「クラリスなら夫に尽くす良い奥さんになれる、絶対に大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます!」
ラザールさんとニコラさんの優しい労りの言葉を聞いたクラリスは思わず涙ぐんでいるようだ。
そんなクラリスを見守るベテランふたりであったが、今度は俺へ声が掛かる。
「クラリス、良いか? ちょっとだけケンを借りるぞ。男同士の内緒話だ」
「なあに、時間は取らせない。すぐに返すから」
「は、はい!?」
ラザールさんは、俺の左手を強く掴んで引っ張った。
ニコラさんも、俺の肩を軽く叩いて促す。
どうやら少し離れた場所で、俺へ伝えたい事があるようだ。
『男同士の内緒話』と言われたクラリスは僅かに首を傾げたが、そっと右手を放してくれる。
クラリスが手を放したのを確かめてから、ラザールさんは「ぐいぐい」と俺を畑の方へ引っ張って行く。
ニコラさんも一緒に着いて来る。
「ここらで良いだろう。……ケン、よく聞いてくれ」
「大事な話だ」
「は、はいっ! な、何でしょう?」
本当に何だろう?
男同士の内緒話って?
ラザールさん達の表情は真剣。
なので、俺も思わず気合を入れて返事をしたのであった。
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