第68話 「真夜中の訪問者①」
呼び出した俺の従士、妖精猫のジャンは宿の窓から屋外へ出て、町中を素早く駆け抜けて行く。
初めて知ったけれど、猫の目って色が曖昧に見えているんだ。
夜だと、殆ど白黒に近いらしい。
そして、当たり前なのだが猫の視線はやたらに低い。
地面より、ほんのちょっと高いくらいだ。
ジャンの、心の声が聞こえて来る。
『ケン様ぁ、何だか気持ち悪いよぉ……』
『そうかい? たいした事ない、大丈夫!』
『本当かよ? 俺の目を通してさ、ケン様も景色を見ているんだろ?』
『ああ、見えているぞ。お前は今、確実に俺の役に立っている。安心しろ』
俺とそんな会話をしながら、ジャンは機敏な動きを見せる。
猫特有な、キレッキレッという奴だ。
走る速度も結構なもので、あっという間に中央広場を抜け、城館がそびえる丘を駆け上がった。
景色が、飛ぶように変わって行く。
ジャンの視点で移り変わる景色を見る俺は、まるでレーシングゲームを遊んでいるみたいな感覚なのだ。
そんなこんなで、ジャンはすぐオベール家城館の正門前に着いた。
夜中なので門番などは居らず、木製の正門は固く閉ざされている。
さすがに、正門の真上は飛び越えられないと見たのだろう。
ジャンは左右を見渡すと、城壁が低くなっている場所を探した。
低いといっても、城壁は3mは楽にある。
暫しうろうろしたジャンは、「ここだ」と目星をつけたらしい。
飛び上がる位置の狙いを定めると猫特有の『お尻振り振り』をして、ぱあっと城壁の上に飛び乗った。
城壁の内側は、芝が一面に植わっていた。
飛び降りて、ダメージを受けずに着地するには好都合だ。
さすが妖精猫、音も立てずに、すたっと地面へ飛び降りた。
ジャンが居る、目の前には城館がある。
典型的な中世西洋風、石造りで3階建ての城だ。
果たして、目指すステファニーはどこだろう?
このような時には、索敵の魔法だ。
昼間、あれだけお尻を叩いて、悲鳴ともいえる魂の波動を感じた。
俺はステファニーの『気配』を覚えたので。反応さえキャッチすれば居る場所の特定は容易なのである。
『ええっと……どこだ? お姫様は?』
ジャンも、きょろきょろ左右を見渡す。
と、そこへ俺が指示を入れる。
『ジャン、今、索敵の魔法を掛ける。お前の身体を通じて発動するぞ』
『え? やや、やめてぇ』
俺が魔法を発動すると、やはりジャンの身体は痺れるらしい。
クッカの言った通りだ。
ビリビリビリ!
「にゃおん」
「あれっ、あんな所に可愛い猫ちゃんが?」
ひとりの少女が3階の窓から身を乗り出してこちらを見ている。
何と! 偶然にもステファニーであった。
これこそ、怪我の功名という奴である。
魔法発動の痺れに耐え切れず、思わず鳴いたジャンの声。
猫好きのステファニーが、たまたま聞きつけたのだ。
綺麗な女子の声に気付いたジャンは、ステファニーの居る窓を見上げた。
城館の石造りの壁面は所々でこぼこしているが、角度はほぼ直角でいくら猫でも登るのは難しそうだ。
案の定、ジャンは泣きを入れる。
『ケン様、いくら妖精猫の俺でも、さすがに垂直の壁は無理だ』
『分かった、転移魔法を使う。その前に役得だ、ステファニーと念話で喋らせてやろう』
『うおおおお! 美少女と直接会話!? ラララ、ラッキーぃ!!!』
狂喜するジャン。
何なんだ、こいつは……
俺は早速、魔法を発動する。
ジャンの魂とステファニーの魂が魔法の波動で繋がった。
『そら、呼び掛けてみろ』
『ええっと、俺はジャン。スス、ステファニーちゃんかい?』
猫がこちらを見詰めた上、何と念話で話し掛けて来たので、ステファニーは仰天したらしい。
目を大きく見開いて、手で口を押えている。
『お~い、ステファニーちゃわ~ん』
「???」
ジャンは文字通り猫なで声でステファニーに呼び掛ける。
しかし庭に居る猫から何故、魂へ声が届くのか?
ステファニーには全く理解出来ないらしい。
『へへへ、俺、ジャン! 妖精猫のジャンさ』
『え、えええっ!? 猫が私の心に喋ってる!?』
『だ・か・ら・ぁ! 俺はジャン。ただの猫じゃないの、妖精猫なの。それよりさ、すっごく可愛いんだってね、君』
『あ、あの~……』
『ねぇねぇ、暇してるんだったらさぁ~。今度、遊びに行かない?』
ジャンの執念は、凄い。
いつもの淡白な軽いチャラ男が、嘘のように自分をアピールする。
こいつ、女の子の事となるとこんなに熱いんだ。
しかし、もう潮時じゃね。
『こら、ジャン。いい加減にしろよ! もう良いだろ』
『え~!!! もうちょいで落とせるのにぃ』
落とせる?
こいつ……何考えているんだ?
本当に良い根性してる。
俺も……少しは、見習うか。
苦笑した俺は、ジャンにきっぱりと言い放つ。
『お前なぁ……また魔法掛けるよ、今度は失神するくらい強力な奴』
『ひ、ひえっ! わわわ、分かりました』
俺の怒りのこもった言葉にジャンは即、ステファニーへの『口撃』を取り止めた。
『???』
いきなり会話に乱入して来た俺の声を聞いて、ステファニーはやはり吃驚したようである。
ステファニーがこれ以上驚かないように、俺はゆっくりと話し掛けた。
『悪い……ステファニー、御免な……俺だよ』
聞き覚えのある声に更に驚いたのであろう、ステファニーの魂の波動がさざめく。
『え? 今度は誰? こ、この声は、も、もしかして!』
『頼むから、このまま念話で話してくれ。見つかったら大騒ぎになるから絶対に大きい声を出さずにね』
『ケン? も、も、もしかしてケン?』
俺の声を、確かめようとするステファニー。
じゃあ、ステファニーの期待に応えてやるか。
『そう、ケンだ。こいつは俺の従士で妖精猫のジャン、こいつの魂を通じて、俺達は喋る事が出来るんだ』
『ケ~ン!!!』
ステファニーが、魂で叫ぶ。
俺とジャンにしか聞こえない彼女の心の叫びが、喜びの声が城館の庭に大きく響いていた。
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