第100話 「貴族令嬢の覚悟」
皆様のご愛読感謝、遂に100話達成です。
俺が、妖精猫のジャンと共に、王都セントヘレナを脱出してから1週間が過ぎた。
その後は、どうなったか……
ジャンが気を利かせて王都への偵察を志願してくれたので、俺は彼を転移魔法で送ってやった。
ジャンはもう、以前の『ちゃら男』ではない。
自信をつけて、堂々と振舞う立派な男だ。
今回の救出劇でウチの嫁ズにも、受けが良い。
女子は基本的に猫好き。
颯爽としたジャンに、魅かれるようである。
今やボヌール村の雌猫達にもてもてのジャンは、その能力をいかんなく発揮。
あっという間に王都在住の猫達を使った情報ネットワークを構築してしまう。
人間でも猫でも、女性の方が事情通なのは同じようだ。
ジャンは特に雌猫から人間の噂話を聞き、そして自ら人間に擬態して調査を続け、数日で必要な情報を集めてしまった。
間もなく王都から戻って来たジャンにより、現在の状況は明らかになった。
俺がぶっとばしたウジューヌ・ドラポールは、すぐ創世神教会の治療所に運ばれたという。
結構な重傷だったというが、俺が手加減したせいもあって悪運強く一命をとりとめたらしい。
俺の読み通り、オベール様には変なお咎めはなかったようだ。
さすがの悪徳ドラポール伯爵家でも、あれだけ野次馬の目があれば捏造など出来なかった。
自分の屋敷の目の前で白昼堂々と女性を攫われるという失態を演じ、名誉を重んじる貴族としては致命的な傷を負ったウジューヌの父ドラポール伯爵。
辛い立場になったドラポール伯爵は、犯人探しに躍起となった。
現場に居た従士の記憶を頼りに書かせた、俺の人相書きが王都のあちこちに貼られたようだ。
しかし魔王の手下風に見える謎の男は、俺が完璧に変身した仮初の姿である。
現実には存在しない人物が見つかる筈もなく……
次第に犯人は人間ではないという噂が立った。
人間ではない……
となるとおぞましい出で立ちから、犯人は怖ろしい魔族としか考えられない。
魔族がステファニーをさらった上で『魔王の花嫁』として献上したなどという、トンデモ噂話にエスカレートして来たのだ。
まあドラポール伯爵が自分の失態を怖ろしい噂話に置き換えて、責任逃れをしたというのが真実であろう。
だが、愛娘の安否を心配するオベール様にとっては堪ったものではない。
後妻の実家である、寄り親ドラポール伯爵家への不満が噴出。
何度も後妻へ文句を言ったようだ。
その為、とうとう後妻の堪忍袋の緒が切れてしまった。
王都育ちである後妻は、お嬢様気質であり、元々田舎暮らしにはとても不満があったらしい。
突如、一方的に離婚を告げると、荷物をまとめてさっさと王都へ帰ってしまったのである。
こうしてステファニーの天敵ともいえる、『まま母』が居なくなった。
オベール様にとっては不幸な話だが、ステファニーにとっては凄く幸運である。
もう少し経って、ほとぼりが冷めたら……
適当に話を作り、元の姿に戻した上で、エモシオンの城館=自宅に帰らせても大丈夫だろう。
愛娘が行方不明になった上、新たな妻にも去られてしまった。
もしステファニーが無事に戻れば、傷心の父オベール様は必ず大歓迎してくれる。
今回の経緯から、再び王都へ行けなどと絶対に言わないだろう。
そんなこんなで……
一旦は俺の嫁になる事を決めたステファニーだが、俺はまだ結婚が出来ない15歳。
ステファニーとは他の嫁同様にプラトニックな関係だから、現時点で結婚を解消して別れるのは全く問題がない。
元々、下種男の愛人になるのを避ける意味もあったし、他に選択肢がなかったから、俺について来た感もある。
果たして、当の本人は、どのような気持ちなんだろうか?
恐る恐る聞いてみた。
すると……ステファニーは激しく怒ったのだ。
「旦那様、酷いです! 私は貴方の事を本気で好きになったのですよ。貴方が別れたいと言わない限り絶対に離れませんから!」
傍らで、話を聞いていたリゼット達も同様に怒る。
「そうですよ、何言っているのですか?」
リゼットの怒りの声を皮切りに、非難の集中砲火が俺へと向けられた。
「ダーリンったら! 女の覚悟を舐めちゃあいけません」と、レベッカ。
「うふふ、旦那様はもっと女性を勉強しないと」と、ミシェル
「ソフィ姉を帰しちゃ駄目です」と、クラリス。
『万が一旦那様が別れたいと言っても、私が絶対に別れさせません! めっ!』
ああ、クッカも空中から怖い目付きで睨んでる。
嫁全員から怒りの集中砲火を浴びた俺は思わず縮こまってしまった。
「分かった! 御免よ、変な事を聞いて」
俺は両手を合わせて、ひたすら謝った。
「うふ、許します」
ステファニーはすぐ怒りを鎮め、花が咲くように笑って許してくれた。
そして、愛娘の安否を心配する父オベール様への気遣いも見せたのである。
「お父様には手紙を書きますわ。私が無事なのと今、どのような生活をしているかだけを報せます。だけど……どこに居るかは書きません」
うん!
手紙とは名案だ。
とりあえず愛娘の安否確認が出来れば、オベール様は大いに安心するだろう。
でも……所在は教えないんだ……
疑問に思った俺は、再び問う。
「どうするんだ?」
「はい! 今の生活を送る事を、許してくれたら里帰りを考えます」
ああ、もうステファニーは、この村に骨を埋める事を決めている。
しかし……
貴族令嬢の身分と暮らしを、あっさり捨てても良いのだろうか……
俺の顔を見つめていたステファニーは、こちらが何を考えているか分かったようである。
「旦那様、今の私はソフィ。ボヌール村のソフィなのです」
ステファニーは敢えて、自分の本名を言わずに、この村での名前を強調した。
俺にはだんだんステファニー……
いや、ソフィの気持ちが分かって来た。
「ス……いや、ソフィ……そうだよな、お前はソフィだ」
「はい! ソフィは旦那様が大好き。リゼット達も大好き。村の皆さんも大好き。畑仕事や狩り、大空屋の店番も大好き。そう! ボヌール村全てが大好きなんです」
「ソフィ……」
「旦那様! お父様には手紙で必ず連絡をとります。ちゃんと安心させますから! だから……帰れなんて言わないで下さい、お願いします!」
ソフィは、そこまで言うのが精一杯だったらしい。
声をあげて泣き出すと、俺の胸に飛び込んで来たのである。
「ああああ……うううううう」
「御免! 御免よ、ソフィ。もう絶対に! 二度と離さないからな」
俺は嗚咽するソフィを「きゅっ」と抱き締めて、しっかり約束したのであった。
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