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持ち去られた頭部と右手  作者: ASP
解決篇
29/31

「雨音さん。貴女は朝陽さんを射殺した後、本来であれば別の文言の遺書を用意し、夕輝さんを自殺に偽装して殺す筈だった。けれど、朝陽さんの殺害において、予期せず右手まで隠蔽しなければならなくなったんです」

 死因の他に、犯人が隠蔽したいことといえば、朝陽が離れにいた事実だ。


「朝陽さんは離れの部屋でギターを演奏し、右手を怪我してしまったんです。その怪我に注目されれば、もしかしたらギターで怪我をしたことが警察にバレてしまうかもしれない。朝陽さんが離れでギターの演奏するのは周知の事実です。貴女はその可能性を消すため、頭部の『ついで』に右手まで切断し、傷を隠蔽した」

 思い出されるのは、離れの部屋のクローゼットに仕舞われていた、弦が切れたアコースティックギターだ。演奏中に弦が切れ、朝陽は怪我を負ってしまったのだろう。

「銃創を隠蔽した頭部、切断せざるを得なかった右手、朝陽さんの傍らにあった『アリア』を、夕輝さんの遺書に利用したんでしょう? 重ねて言いますが、遺書の内容までは些末な推理ですけどね」


 アキラが言い切ると、数秒の沈黙が訪れた。しかし、粛はあっさりと破られる。

 ライトに光照らされる者は、往々にして主演と決まっている。にも拘らず、『彼女』はアキラの推理に拍手をしてみせた。まるで愉しいショーを観せられた観客のように。

ぽんぽんと、両手に嵌めた軍手が間抜けな音を立てる。


「投了」潔い言葉が、ヒカリの耳まで届く。「投了だよ。流石だね、先生」


 『彼女』――藤堂雨音は、おどけた様子で両手を顔の横で広げ、ウインクを投げた。その表情は、いつも通りの笑顔だった。


 逮捕される。なのに、全く態度にブレが無い雨音に、ヒカリは戦慄した。

 どうして、そんな顔をしていられるの?


「投了というのは、お認めになったということですね?」和泉が雨音に問い掛けた。

「もちろん」雨音は即答する。「先生の推理は、寸分違わず大当たりです」

「夕輝さんを自殺に見せかけ殺害したのも、貴女ですね?」

「はい。わたしが殺りました。間違いありません」

 雨音は両手を頭の後ろで組み、膝を着いた。抵抗しないという意思表示だろう。

「夕輝が自殺じゃなくなっちゃったし、隠す意味ないよね?」

 雨音は自嘲するように言った。

「藤堂雨音、確保」

 和泉の号令で、数名の警官が一斉に雨音に駆け寄る。

 雨音の両手首に、手錠が嵌められた。


 どうして?

「どうして、こんな事、したんですか」ヒカリの胸中で渦巻いていた疑問が、ついに口から零れた。

「どうして?」

 警官に立たされた雨音が言った。

「わたしを、理解してくれるの?」

 ぞわり、とヒカリは総毛立つのを感じた。雨音のみせた、凍えるような冷たい瞳、禍々しく歪んだ口元。放たれる邪気を孕んだオーラを纏い、それらはヒカリに幽々とした圧迫感となり迫る。

 真夏だというのに、足元が凍えるように寒い。蛇に睨まれた蛙のような金縛りにあう。


 警官は雨音の背を押す。『はいはい』と舐めた相槌を打ち、雨音は歩き出す。そして、和泉の横を通りがかる際、彼女は言った。

「ねえ。先生にお礼を言ってもいいかなあ?」

 お礼? 何のお礼だ、とヒカリは訝しさに頬を引きつらせる。

 和泉は雨音を連れる警官達に、頷いてみせた。警官達は彼女の両腕をしっかりと掴んだまま、立ち止まった。


 雨音がアキラを向くが、アキラは視線を合わせない。

「先生。ありがとね」雨音は笑った。「おかげで、すっぱり決着がついたよ。終わらせてくれたのが警察なんかじゃなくて先生で、本当に良かった。持つべきものは、友達だね」

「……光栄ですね」アキラは皮肉で返す。あくまで、雨音と顔を合わせない。


「ヒカリさん」雨音は今度はヒカリに呼び掛ける。「わたし達は友達じゃないよね?」

 何を言っているのか、ヒカリには理解できない。当然だ。友達ではない。

「友達に、なれたかな?」雨音は寂しげな表情を浮かべた後、言った。「無理だよね。わたし、貴女みたいにいつもニッコリしてる人って、苦手なんだよね。自分みたいでさ」


 笑って、いる? ヒカリは背筋が凍っていくのを感じた。


「気づいてない? こんなときでも、口元が上がってるよ」

 雨音の言葉に、ヒカリは自分の手を頬に当てた。そこで、初めて気が付く。自分が笑っていることに。

「今だけじゃない。あたしが見ていた限り、ずっと微妙に笑ってた。この二日間、ずっとね」

 雨音は歩き出した。最後に言い残した言葉が、ヒカリの頭で残響する。


『大したアルカイックスマイルだね? ヒカリさん』



Solution to a crime case <持ち去られた頭部と右手>

一:藤堂朝陽の頭部は切断されていた。その理由を述べよ。

答:銃創を隠蔽するため。

二:藤堂朝陽の右手は切断されていた。その理由を述べよ。

答:ギターによる怪我を隠蔽するため。

三:藤堂夕輝の頭部は切断されていた。その理由を述べよ。

答:索条痕を隠蔽するため。

四:藤堂夕輝の右手は切断されていた。その理由を述べよ。

答:朝陽殺害と同一犯と見せかけるため。

五:藤堂朝陽を殺害した人物は誰か。以下の選択肢から選べ。

答:藤堂雨音

六:藤堂夕輝を殺害した人物は誰か。以下の選択肢から選べ。

答.藤堂雨音



 ヒカリは雨音の後ろ姿を眺め続けた。闇夜に溶け、消えてしまう瞬間まで。


『それでも、貴女はあたしとは違う』と雨音は言った。そして――。

 貴女にも、感謝してる。

 ありがとね。







というアンサーでした。

エピローグに続きます。

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