縁結びの副神様の微笑み20
シエルと二人でデオンを探したら野点をしている宴席で彼を発見。
私達は父に対する親切へのお礼をした後に彼を少し呼び出した。少し散り気味の桜の木の下で三人。
「お久しぶりです。メル・ソイスを覚えていらっしゃいますか? 新郎と短期間密会した女性の」
お酒で赤らんで微笑みだったデオンはみるみる目を丸くした。私のことを覚えているということだ。
「あの時のお嬢さんだったのですか。ご家族も。気がつきませんでした」
「同じ失敗を繰り返して学ばない不誠実で嘘つきで苦労知らずの甘ったれを目下改善中です。家ではなくて私に気持ちのある方だったので、あの時の縁談相手に誠実に話してしょうもない娘なので再検討してもらいました。今は夫です」
私がシエルを掌で示すとシエルは挨拶とお辞儀をした。
「当時、何もかも聞いて自分の家族には話さず失恋でぺちゃんこの彼女を口説くことにしました」
「密会を一回盗み聞きされていました。最後の日です。その場で怒らず、私の気持ちを考えて悩んでくれた優しい人です。彼に話をしたいと言われた日は失恋後です」
「何もかも、盗み聞き……。それはまた」
「あの後、結納保留や調査、父の病気の件も含めた縁談条件を再設定などあれこれ話し合いました。あれこれ認識が甘かったのであのお見合いがなかったら彼の父親にそっぽを向かれていました」
「話し合いは大切など、あの時に学んだことはその後もずっと役に立っています。掘り出し物を見逃さないように注意など仕事でもです」
デオンは私とシエルを交互に見てしげしげと私を眺めた。
「夫の命の恩人、ネビー・ルーベルさんをようやく見つけて会いにきたら衝撃的なことにイルさんでした。新郎は卿家で苗字もあるから同名の別の門下生だと思ったのに同一人物です」
「家族の恩人ってご主人の命の恩人ですか。そこらで軽く助けたのかと思っていました。かなり前に卿家の養子になったのですが接点がなければ知らないですよね」
「はい。新郎新婦の振る舞いに参加したので彼と少し話して次女さんが卿家へ嫁がれたと聞きました。時間がなくて聞けていませんが仲人はやはりデオンさんでしょうか」
「いえ。あの二年半後に彼の妹が私の手習弟子に見染められました」
予想と違う。友人に妹を紹介……は嫌な人だったよな。
「自分は南西農村地区で助けられて、ネビー・ルーベルさんは卿家。お父上は煌護省南地区本庁。そこから辿って今日です。てっきりデオンさんが紹介したのかと」
「当時は友人と妹さんがそういう関係になるのは嫌な方でしたよね? 自分の得のために結婚させることも絶対にないかと」
「ええ。手習弟子が彼女が良いと彼の妹に殴り込みの結婚お申し込みです。彼も妹さんも私も寝耳に水。約十年間友人ではなかった兄弟弟子が兄弟になって親しくなり年々似ていって愉快です」
デオンはとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「卿家の長男さんが殴り込み結婚お申し込みですか」
「一週間で結納して三ヶ月後に祝言。よく分からないけどそうなのか、と思っていたら半年後くらいに今度はネビーが養子です」
驚くべきことにルーベルのお弁当、貧乏なりに工夫された雅なお弁当が気になってそこから出稽古時の通り道で家族のために働くルーベルの妹を発見。
何年も見ていたけど縁談が始まったと聞いて気がついたらお申し込み準備。
デオンお墨付きの性格でルーベルも友人ではなくても兄弟弟子として長い付き合いで同じく性格良しだと知っている。妹も前向きで卿家から上げ膳据え膳だから縁結び。
ルーベル家の当主はデオンの弟子の妹なら家族調査くらいする、と調べてこの家族は掘り出し物だと許可。
(ん?)
「デオンさんの口にした可能性が現実になったということです! 確か、出稽古時の行き来で良家の子息が次女さんの働きぶりを知って家守りとして欲しがって本人も嬉しいことがあるかもと」
「私も私自身に驚きました。次女さんの縁談時期になって相談されるかと思っていたら両親と自分で探していた時にこの話です」
「出稽古時の通り道……トト川ですか? もしかして。薄ぼんやりトト川で蛇投げをしてから川で洗濯という記憶があります」
「ええ。トト川沿いで暮らしていて通り道は土手沿いです」
……ルーベルの妹もトト川が縁結びに一役買っている!
「ネビーは嫌がりましたけど彼の両親なら家族でそちらの家の近くへ引っ越ししたと思います。大事な奉公先より息子って所属店を転職。そうなると次女さんの縁談は私が用意した者の誰かだったかと」
「その場合彼が卿家の養子になっていません。義理のお父上のツテコネで赤鹿訓練があるから出張仕事と聞きました。家族の誰かの命がないです。夫は彼ではないから姉婿、いや……あっ、私だったかもしれません!」
驚き顔をしたデオンに見つめられてシエルに「メルさん、そうですよ! 俺がしている仕事のもっと多くを担って出張してそうです! あの災害に遭遇します」と告げられた。
「災害に遭われたのですか。ご無事でなによりです。それにしても再会の仕方といい不思議な縁ですね」
「ええ。真逆に進んでも道は曲がっているから再会するかもってとんでもない再会や縁がありました」
「ん? 南西農村区でもう一人の命の恩人の警兵さんから跡取り認定と聞いたんです。ネビー・ルーベルさん探しのために情報をあれこれ聞きました。助けられて尊敬したから興味があったのもあります。どういうことですか?」
シエルは首を傾げた。私としては一週間で結納して三ヶ月後に祝言も気になる。
指摘されたらその通り。卿家の跡取り認定取得は養子になっても無理。
学業成績や態度などの記録や特別試験が必要。その上で上級公務員にならないといけない。
特権が多いからなりたいけど三代続けて上級公務員で各種条件も満たさないとならない狭き門。
卿家になったらしがみつけ。卿家は卿家と縁結びだけど商家を欲しがる場合もあるから隙が有れば狙って親戚になれとか、国の犬の卿家と親戚になると国に売られるから避けろなど色々。
「ネビーは八歳から煌護省の監査が入り続けているので、そういう特殊な公務員だと特別養子縁組制度が適応される場合があります。該当して条件を満たして今は実子扱いです。跡取り認定の監査はまた別です」
「卿家に横入り出来る方法があるんですか!」
「私も知らなかったです。ネビーの義父も気がつかなくて実子扱いでなくても身分証明書や他者へ言う際の肩書きだけでもお互い役に立つと思っていたら友人に教えられたと」
「お父上が煌護省の卿家なのに実務職採用の二等小将官で跡取り認定も狙っている二十八歳ってとんでも人物と思っていたらさらにとんでも話です! 管理職採用や補佐官関係ではないのかと不思議でならなかったです」
「ご主人は兵官についてお詳しいのですね。弟子については警兵に聞いたようですけど」
「ええ少々。そこから辿って今日で、そうしたらあの時の密会男。その前にデオンさんに義父が親切にされて妻にデオンさんだと教えられました」
「話しかけられて親切にされて大変驚きました。しょうもないお嬢さんに自慢の弟子を渡さなかったので彼は本日とても幸せそうです」
私はデオンに笑いかけた。デオンは怖い人物だけど優しさもあった。こんなの笑顔しか出てこない。
「いや、お互いが背中を向けたのに渡さなかったなんて人聞きの悪い。お父上は完全にお元気ではなくてもお元気そうで安心しました」
「あの後わりとすぐ父は前兆もなく突然失明しました。父は今朝歩けなくなりました。これも急です。ずっと体はわりと元気でした」
「それは……。少しでも息災で体が楽なことを祈ります」
デオンの表情が曇った。お祝い日のルーベルには言えないけどサリアの時みたいなので私はこれからの父の様子の変化が怖い。デオンも何か察しただろう。
「ルーベルさんとの事で学んだことを直しながら彼と向き合ったらとてもおしどり夫婦です。夫は自分も花咲ジジイになると地区兵官候補者を我が家で働かせています。五人地区兵官になりました」
「顔も知らない初恋の君が心変わりして迎えにきたと言ったら嫌なので、対抗して妻と花咲ジジイと花咲お婆さんになろうと思いました。ルーベルさんと自分は今度その話をする予定です」
シエルは朝日屋が少しだけしている支援活動と下級公務員試験で彼と会ったこと、最初の支援者に選ぼうと思っていたけど途中で帰った話をした。
「そんな偶然があるのですね。昔よりマシになりましたが話を聞かないせっかちなところがあるんです。あの試験の後に、バカだから火事で遅刻したって報告がありました」
バカという資料があったからか来年の為に試験を受けて良いと言われた。働きながら半見習いをします。
そう報告されたので「火事の調査後に今回の試験で合否だろう。私に報告が入って火事の件が本当か調査になるだろうから火事ついて教えなさい」と告げたそうだ。それでその年の試験で合否となって合格。
「バカはずっと口癖なのですね」
「はい。変化したところもあるけど根っこは同じです。お嬢さん、いえもう奥さんですね。奥さんと弟子は縁があるのでしょう。弟子は奥さんとサリアさんで女運を使い果たしたのか女運が酷くてどんどん女断ちが悪化して周りが心配していました」
「女運が酷かったのですか? 女断ちしたのですよね? 我が家が関与した地区兵官、彼の後輩は女嫌いと言っていました」
「特に強烈だったのは見知らぬ他人が子どもの父親だからお金を寄越せとか結婚しろと付きまとった女性です。これは裁判で勝ちました」
「そんな裁判があったのですか」
「ええ。他にも出張中に家に勝手に入って少し泊まって彼の家族に自分は恋人だと嘘をついてつきまとった女性。恋人になれないなら死ぬと大騒ぎした女性。どちらも弟子は手を出していない接点なしの他人です」
デオンは顔をしかめてため息を吐いた。
……これは強烈過ぎる。
「女嫌いにもなります」
「嫌いにはなっていないですが警戒心と自己防衛力は増しました。裁判時にお嬢さん狙い用の女断ちをして助かった、と言っていました。私もあれはそう思います。ありがとうございます。こっそりお礼で商品を買いました」
「いえ。難癖結婚させられる友人を教訓と言っていました。ご購入ありがとうございます」
「それもあるけどあなたの万年氷の眼差しのおかげとか、お嬢さんに選ばれる男は色遊びどころか女性に極力触らないド誠実と覚えて実行していたから助かったと言っていましたよ」
氷の眼差しが万年氷の眼差しに進化している。私はどれだけ冷めた視線を彼に投げたの。
デオンが肩を揺らし、シエルも「妻は潔癖傾向でそれが彼のお嬢さん常識になって後々役に立ったとは良かったです」と告げて微笑んだ。
「私は頑なというか心が動かない理由を知っていても家族親戚や友人知人は知りません。家族親戚優先。仕事優先。本人が本人の為に生きていても周りは自分達のせいと気にしていました。でもようやく終わりました」
「新婦のウィオラさんは父の病気を知らないけど何か察して三味線で演奏と素敵な歌詞の歌を贈って下さいました。彼女はきっと桜の君だから惹かれたのかなと」
「ええ。余程のことがないと考えませんでしたがその余程があったらあっさりで驚きました」
義父母が卿家なので縁談は義両親任せでデオンと妻も時に参加。
実の両親が気にしてお見合いを勧めてここ数年、毎年一回は好みそうな条件がわりと合うお嬢さんを用意しても丸無視。こっそり簡易お見合いさせても興味無し。
跡取り認定取得が先。お嬢さんを長屋へは招けないから家を建ててから。その頃には一番下の妹も元服している。
跡取り認定で家を建てる資金も与えられるからとにかく跡取り認定が先。仕事と勉強と家族優先。ルーベルはあの後女性関係では地蔵化したそうだ。
「町屋へ引っ越して最初は少し我慢してもらって、みたいな考えは無かったんですね。ずっと長屋住まいと聞いて驚きました」
「今日歩いていて知ったのですが二等小将官が長屋と聞いて驚きました」
「奥さんと交流があった頃は家族で一部屋で今は横並び四部屋。彼は一人暮らしです」
「横並びで四部屋ですか。部屋の広さによりますが場合によっては下手な町屋よりも広そうです」
「住み慣れていて家族全員の不満が少ないから引っ越さずです」
そうか。お金が増えたからそういうことが出来るのか。次女は卿家のお嫁さんなのでいない。
長女は夫も結婚していて子どももいるようだったからたぶん一部屋。ルーベルは一人暮らし。残りの二部屋は両親と妹三人だろう。
家族で味噌を使ってくれているってこういうこと。祖母は確か母親とバチバチ仲が悪いけど同じ長屋で少し離れた部屋だった話を聞いた記憶がある。そのままかな。
「なので奥さんとのお見合い時に出来た条件は変化しました」
自分は卿家ルーベル家の跡取りの予備予定なので婿入り却下。独立もなし。
両親と姉夫婦と同居。場合によっては妹夫婦も追加。代わりにそちらの家族もどうぞ。卿家拝命後、子ども世代で積極的に存続を目指すつもりはない。
子どもは本人の素質をみて好きな道を選ばせる。優先は実父の技術継承者とルーベル家の跡取りの予備。よって嫁の実家は一番優先度が下。
跡取り認定取得が最優先なので祝言はその後。遅いと三十歳頃。家を建てるまでは長屋生活。
「異動はもうほぼないです。番隊や地元区民が離さないので馬であちこち出張のみです。そのうち馬から赤鹿になりそうです」
「私の時は後から義実家へ得がありましたけど容赦ない感じに聞こえます」
「ええ。その通りです。貧乏時代からルーベル家が家族に恩を与えて逆もなのでここに横入りはキツいってことです」
「聞いていてそうなのかな、と思いました」
「悪条件でも良いのは金地位名誉その他目当てと思うようで、そういうのは嫌いだし乗り気な時期でもないから一回出掛けるとお断りです。食い下がると価値観が合うか分かるから半年以上長屋で暮らせとか嫌がらせみたいな返事です」
「嫌なら待ってくれ、ですね。長屋暮らしは嫌がらせではないです。生活の価値観が合わないと結局は綻びます」
「ええ。それで誰とも交際せず。本縁談で二回目があったことがないです。下手に同じ人物とお見合いを繰り返すと裁判沙汰みたいなことになると嫌、と言っていましたが私はあなたやサリアさんの事を知っているから単に気持ちが動かないだけだなと」
家族は女嫌いとか、妹達優先とか、義両親への恩返しの為に跡取り認定が先みたいに誤解。
家族親戚に心配されても本人は違うと言っていて、本当に違うからどこ吹く風。
「ウィオラさんはお隣さんになった方と聞きました。元同僚の方々にお隣さんになって一週間で結納したと」
「ええ。自分に素直で行動も早い。嫌だとテコでも動かない。優劣がハッキリしていると改めて感じました。目標の試験に受かっていないし下の妹さんの元服もまだで家も建てていません」
つまりそれだけウィオラという女性はルーベルの心を動かしたということだ。デオンは嬉しそうに笑っている。
「これからは朝日屋一同、夫の実家もお二人を応援致します。それから優しい地区兵官もです。お弟子さんに奉公先が欲しいなどあれば父や夫にご相談下さい。朝日屋はあの学校から遠くないです」
「今度そのあたりの話をしたいです。弟子が言うか言わないか分からないで私から弟子が精神的に辛かった時に救ってくれた恩人の奥さんへ伝えたいことがあります」
「私は彼をガタガタにしました」
「ええ。しかしその前はグンッと伸びていました。機会があれば弟子は話そうな気がします。正直者なので。ただ彼の言葉がお父上に伝わるのが遅くなると困るので先に。気遣い屋の方は祝いの席で今朝歩けなくなったなんて言わないでしょう」
何かと思ったらこう言われた。弟子は相変わらずバカなので自分の気持ちに疎くて出会ったばかりの頃にウィオラを無自覚に口説いて本人に指摘されたそうだ。
私は口説かれているのでしょうか? と。
その時に彼はふと私のことを思い出したそうだ。似ている気がすると。
少し違うけど似ているからウィオラにそうだと思うと答えてルーベルは彼女と海へ出掛けた。
人生で何度も何度も見ている海があまりにも美しく輝いているからこれが噂のちはやぶる。だからこの気持ちはやはり恋だと思ったという。
口説こうと思っているからルーベルはウィオラ本人にも「ちはやぶるとはこれか」みたいに言ったらしい。
ちはやぶるは景色の龍歌だけど紅葉草子では「私の燃える想いが激しい水の流れを真っ赤に染め上げてしまうほど、龍王神様副神様の時代からと思えるくらいにあなたをお慕いしています」と語られた有名な恋愛龍歌の一つ。
ルーベルのその発言は恋をすると景色が燃えるように見えると聞いていたけどこの海の輝きを見るとその通り、ということ。
(イルさんは有言実行だから龍歌も勉強したんだ。雅になってる。あはは)
ちはやぶるは前にも一度あった。もっと弱かったけど私とした花咲花火は妹達とした花火とは異なった輝きだった。
勉強家の妹から火樹銀花という言葉を知って、あの日のたった二本の玩具花火はちはやぶるの火樹銀花と呼ぶと思った。
だから自分はウィオラに初恋ではない。バカだから十年かかったけど初恋もどきはしっかり初恋。
ウィオラと比較すると気持ちが違うから小さい初恋とか小さい小さい初恋と呼ぶだろう。
サリア本人への気持ちは恩人という感覚が強い。彼女を心の恋人として支えにして励んだり、色関係の理性を保ったけど、このサリアは単なる理想や妄想。なにせ本人のことは全然知らない。
ウィオラは出会って数日なのに自分がとても大切に考えていることを大事にしているなど好ましいところを次々見つけて大事な部分では理解者みたいな言葉をくれる。
支えにしてきた人物像と似ているからウィオラはずっとずっと昔から応援してくれたずっと隣にいた人みたいな感覚がする。
なのでこれから交流が増えたら生涯の宝物になる、ではなくてもう生涯の宝物。逆は違うからとにかく口説き落として絶対に袖振りされたくない。
(十年一緒にいたような気分……。そうなるんだ。サリアさん本人は本人、心の恋人サリアさんは理想。理想みたいな人を見つけた、だけではなくて一体化して昔々から……)
やはり私はイルと考え方がかなり違う。こんな答えが待っているとは思わなかった。デレデレ顔で惚気て幸せいっぱいだったので何より。
「義理のお父上と結納お申し込み前に私のところへ来た時は仮結納、お互い前向きだから恋人。そんな感じだったのに帰ってきたらこういう話をされて驚きました」
「……これはウィオラさん本人に話したらとても良い影響がありそうです」
「ええ、そのうち話すそうです」
この話はなぜ父に、なのだろう。デオンは話を続けた。初恋を知っているからウィオラへの気持ちをすぐに自覚出来た。
バカだからウィオラが初恋だとそのまましばらく無自覚でどうなっていたことやら。この話は先生にしか言えません。そう愉快そうに笑っていたそうだ。
「なので密会男と切り捨てないで耳を傾けて私のところへ調査にも来てお見合いして下さりありがとうございました。あの話し合いがなかったら全然違います」
こういうこと。一方的にそう思うのと当事者に言われるのでは重みが違う。両親への感謝もだし初恋もどきが小さくても初恋に昇格とはこれも嬉しい。
(七夕飾りに彼が幸せになりますようにって願ったら叶った)
「こちらこそありがとうございました。縁が無かった理由は他に縁があった、だけではなくてお互いがお互いに幸せになる相手を引き寄せたとは幸運な出会いや失恋です」
「弟子を渡さないなんて言いましたけど、もう縁談や祝言か。このご両親や女性なら大丈夫。そう思いました」
思うところがあってもああいう場を設けたり頭を下げられる子ども想いで人を見る目のある父親。
その娘なら今は噛み合っていなくても歩み寄ってお互い成長するから大丈夫。互いを高められるだろう。なにせ既にそういう事をしていたようだ。
「なのであれこれ支援すると言いました。ここから調査されてネビーの家族も加えたら上手くまとまる気がする、と思ったのにサリアさんの件です」
「反対されていると思って聞いていました」
「自分を噂の恋穴に初めて突き落とす大切な女性かもしれない。目一杯大事にしたい。それで花咲ジジイなのでうんと後押ししたくなりました。するつもりでした。聞いていたかと」
勘は良いけど私の目と耳は節穴! あの頃の諦め癖とか後ろ向きさなどの欠点を改めて再認識。身を引き締めて気をつけて生きていこう。
「ふふっ。疑心暗鬼も欠点。あの件で気がつかなかったから夫と喧嘩した、と思う話があります。そこで学べて今日改めて気をつけようと思いました」
「立派なお父上や目が良い女性が選んだ男性と仕事で縁結び出来ることを期待しています。もちろん奥さんとも」
「よろしくお願い致します」
かめ屋、菊屋にデオンとの縁が増えたって今日はとんでもない日だな。細い縁が太くなるからこれからの朝日屋次第。
「メルは海という意味と言っていましたね」
「はい」
ルーベルが博識の旅人に尋ねたらネビーは海軍らしい。
少し調べたら分かるけどウィオラは昨年海の大副神に好まれたと漁師達と農林水省に言われて海辺街で奉巫女に就任。
「漁師達の豊漁姫。その番犬。まさしく海軍かと」
「豊漁姫の護衛兵官ですからまさにそうですね」
「ウィオラさんは元家出人で海があるから南地区を選んだそうです。西地区にもあるけど東地区の方なので近い地区を選択です」
「家出人さんだったのですか」
「ええ。本人達に聞いて下さい」
ちはやぶるだと感じたのも海。桜柄の着物を着た彼女を桜の季節に見つけた。自分は昔から桜や海に縁がある。
サリアは北の方だと桜で東の方で皇女様という意味だったから憧れの妄想の恋人の名前にまさにピッタリ。
海が自分がいる土地に呼んだ女性への気持ちを海さんやサリアさんが教えてくれた。
これはとても不思議な縁でこういうのを良縁と呼ぶから恩人のサリアと同じく、メルも大事にしようとか祝言したら生涯の宝物になるという勘は当たりだった。
だから彼女もきっと自分とのことで何か良いことがある気がする。
彼女の父親は貧乏平家で不誠実に密会を繰り返した自分を全否定しないで話を聞いてくれた。
人を見る目がありそうだからその人が大事な娘の為に選んだ男はきっと単なる政略結婚相手とか病気だから急いで欲しいではない。あの様子だと親娘でしっかり話し合った。
そう思っていて、あの時の彼と祝言したのは知っていて、たまに飼い犬に会いにと味噌を買いに行くと店員からおしどり夫婦と聞けて、自分がキッカケかもしれないから嬉しい。
彼女の父親を未来のお嫁さんの父親と想定して彼に認められるように励めばきっと次は許される。
理想のお嬢さんの父親はああいう人だろうから彼のような父親の前に堂々と座って自信を持って「あらゆる面で安心感のある男です」と言えるようになりたい。それもあるから励み続ける。手本はメルの夫。なにせ彼はメルの父親にずっと選ばれていた。
母親は娘の気持ちに寄り添いそうだけど父親は娘の相手は誰でも嫌みたいなところがあるから目が厳しい。娘が大事で目が良い人はさらに厳しい。
「……自分ですか!」
「メルさんはメイさんに変化してあなたのことは味噌旦那。味噌旦那は味噌旦那は、とたまに言っていました。家族にも言わない過去だから他に話す相手がいないので私に語ります。メルさんのメはあまり出てこずです」
顔も姿も知らないお手本、と言っていたらしい。従業員は私とシエルの仲の良さを普通に話す。火事の件で尊敬した男性に尊敬されていたって面白い。
「私もイルさんと呼び続けて本名を忘れて思い出もあれこれ失って、彼の思い出に夫を絡めて褒めるようになってそのうちイルのイも出てこずです」
「だからお父上にもご主人にも何かお礼を言うと思います。忙しいし明日から新婦の実家、東地区へ向かいます。その後は旅行。お父上の今日の様子は不安なので伝えておこうと思いました」
「ありがとうございます。お礼はもうずっとしていただいています。こちらは知らなかったのですが、彼はいつからか分からないけどずっと我が家の味噌を買ってくれていて、飼い犬にも優しくし続けてくれていました。今日もご利益がありますようにと……」
私は新郎新婦がどのような親切をしてくれたかデオンに語った。
「私はあの後彼に大説教をしましたし、選ばれなくて袖にされたから自己嫌悪を伴う苦い思い出みたいです。しょうもない自分が嫌になるから誰にも言いたくないって以前飲んだ時に言っていました。サリアさんのことが悲しいから余計に」
「私もイルさんへの小さな初恋は自己嫌悪とサリアさんへの劣等感などであまりです。ネビーさんという本名を忘れたのにデオンさんの名前はありがたくて恐ろしい説教と共に鮮烈に覚えていました」
「優しくした記憶がありますけどやり過ぎたみたいですね。ずっと語りそうです。これ関係の話は妻にも出来ないからつい。我が家の味噌も半分は朝日屋さんです。ではそろそろ失礼します。弟子に預けたら朝日屋地区兵官へ手紙を渡してくれると思うのでこちらからご主人へ連絡を致します」
「こちらから連絡致します。あれこれうかがいたいのでよろしくお願い致します」
「いえいえ。こちらから」
私は父関係の話が始まってから泣きそうで、デオンと挨拶を済ませて彼が宴席へ戻ると崩れるようにしゃがんで涙を流し続けた。
「お父さんはきっと喜びます」
娘の気持ちに気がつかなくて悪かったとか、自分の立ち回りで違う未来だったかもしれないとか、デオンやシエルの父と比較して自分はあまりにも小さい器みたいに自嘲していた。多分その気持ちは今もある。
父に何かが待っているって待っていた。両親が私の気持ちに寄り添って話し合いをする、デオンから調査もすると決めてくれたのであのお見合いになった。
その結果何が起こったか今日あれこれ判明。
「ええ。お義父さんとお義母さんがメルさんとイルさんをお見合いさせたら良縁が沢山です。娘が慕って幸せを祈った相手を今日うんと幸せにしています。つまり桜の君な気がします」
そういう解釈をして父に伝えてくれる、今そう口にしたシエルもそうだ。
「私はシエルさんを選んで後悔したことはないです。飴の話などで悪い男ではなさそうだとか、まずは私に確認してから我が家には迷惑をかけないと言ってくれたあの日からずっと……。お父さんと共に私の桜の君……」
しゃがんで背中を撫でてくれるシエルに私は前にした話と同じことを語った。何度も同じ話をしているけど私はずっと彼に言い続ける。
条件が合わないからとか失恋したからだけではなくて私は私の勘と目と耳でシエルを選んだ。
明日死ぬかもしれないのであの頃から積もりつのっていくこの気持ちを私はシエルに伝え続ける。
この後しばらくそのままで無言で手を繋いで気持ちが落ち着いた頃に家族のところへ戻った。




