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縁結びの副神様の微笑み15

 回覧板と一緒に回ってきた新聞に大狼襲撃事件が載っていた。続報で街の復興の様子や特に活躍した警兵の名前が記載されている。

 煌護省の知人にそのうちこうなると聞いていて、街や警屯所に寄付以外に今回の大事件だと個人指定寄付——ようは報奨金を区民に払わせるってこと——もあると教わっていたから個人情報や個人寄付話はあるのか待っていた。

 夕食後に家族が皆いる中でこの新聞記事を読んで俺は首を傾げた。


「テオさんは載っているのにルーベルさんの名前が無いです。おかしいです!」


 真っ先に飛び出して俺も含めて多くの区民を助けて、怪我をしているのに避難救助活動も続けたのにあり得ないだろう!


「明日……は無理だから明後日、煌護省へ行ってきます。テオさんへの寄付話と共に」


 とりあえず筆記帳に全員の名前を書き写し。そうしながらやはりルーベルの名前が無いと訝しげる。

 翌々日、煌護省三区六番庁へ行って確認したら個人寄付は受け付けるけど新聞記事の事は分からないと言われた。

 南西農村地区の警兵については南西農村地区煌護省の管轄なのでそちらで確認して欲しいという。

 言われてみればその通りなので南西農村地区のあの街を管轄している煌護省の庁の住所を教えてもらって手紙を書いた。

 事件関係で忙しいかったのか数ヶ月後に返事が来てルーベルという名前の所属警兵は居ないと記載されていた。遅かった手紙の内容はそれだけ。


「急用ではないし返事を無視される可能性があるのも分かっていたから遅いのは良いとしておかしいです! 俺は誰に助けられたんだ!」

「若旦那さん、テオさんに会いに行ったら分かるんじゃないですか? 街の復興具合も見たいですし」


 ハンにそう言われて出張予定を立てていたからそうすることにした。

 街は確実に復興していて嬉しかったけど警兵屯所へ行って受付で確認したらテオ・ミルダは所属していなかった。


「寄付したから存在していることは分かっています。彼は退職か異動ですか⁈」

「はい。このような来訪者が多いので教えるように伝えていますが彼は出世栄転で本人の希望でエドゥアール上温泉街へ異動しました」


 北地区の有名観光地へ異動!

 ルーベルはやはり所属していなかった。しかしこの台詞を伝言だと言われた。質問が多いかららしい。

 出張で来ていたルーベルは家族に心配をかけたくないので新聞記事に名前を記載することを辞退しました。

 お礼の申し出が多いから役所が本人に確認したら「元気に幸せに暮らしてしっかり働いている兵官を労ったり応援したり、働いていない兵官を密告して下さい」だそうだ。

 贈り物やお礼のお金をどうしても渡したいという者がいたらそのまま警兵屯所へ寄付や街へ寄付にして欲しいという。

 仕事をしただけだけどお礼は嬉しいから困っている人を見かけたら自分の代わりだと思って恩を返して下さい。


「若旦那さん。存在していましたね。辞退だから個人寄付も拒否ってことです。お金もだけど名も売れるのに」

「他にも似たような辞退者がいると言っていましたね。お礼の手紙も家族が見たら困るから拒否……。えー……。確かに家族が心配する……」

「大英雄なのに謙虚というか、他の人に恩返しって、恩返ししまくりましょう」

「そうしますけど……。えー……。彼に何も出来ない……」


 仕事を終えて帰宅してダメ元で煌護省経由でテオ・ミルダへ手紙を送ることにした。彼へのお礼の手紙としては二回目になる。

 新聞記事にも書いてあったけど大量の手紙には返事を出来ないから読むだけなので前回の手紙に返事はない。

 二回目の手紙の返事は数ヶ月後にきた。

 エドゥアール温泉街管轄の煌護省からテオ・ミルダという名前の所属警兵は居ないと記載されていて俺が書いた手紙が同封されていた。遅かった手紙の内容はそれだけ。

 これはどういうことだ。殉職と思いたくないので退職か異動ということにする。

 

 春夏秋冬季節は巡って、俺の家族親戚には不幸なしで夫婦円満で数年経過した。

 昨年、国に大事件が起こって一斉捜査となり兵官達は激務になったから朝日屋地区兵官を全力支援。

 出張した際に警兵屯所で何か出来ないか確認。今年は出張時期が遅れた分あちこちで咲き始めた桜を見られて嬉しい。警兵屯所へ寄付をして仕事へ向かおうとした俺は命の恩人テオを発見。

 向こうは俺の顔は覚えていないけど大狼に狙われた男として覚えていた。お礼の手紙は多分読んだけど沢山あったので探して読み返さないと分からないと言われた。そりゃあそうだ。

 お礼を告げてエドゥアール上温泉街へ異動と聞いて手紙を出したのに居ないと言われた話をすると「異動旅行をしていた」と告げられた。


「事件のおかげで妻と子どもと憧れの旅行地を三箇所と旧都へ行きました。赤鹿訓練指導を名目にした異動です」


 エドゥアール上温泉街の次は東地区の大河で次は中央区でその次は王都外の旧都だそうだ。

 個人寄付金は本来この街の警兵全体へ贈られるべきだから大半は屯所経由で分配にしてもらったけど少し懐に入れた。他の者達もそうらしい。

 出世や赤鹿乗りとして褒められたから交渉したらあちこち異動出来たそうだ。

 他の地域の赤鹿乗りとの交流も前からしたかったけどそういう立場ではなかったからあの事件で得をした。死ぬかと思ったけど。彼はそう笑った。


「異動したから所属していません、だったのですね」

「はい。二ヶ月前に故郷へ戻ってきました。この街でちやほやされつつ息子を立派な赤鹿乗りにしたいです」

「応援します。あの時助けてくださったもう一人の兵官さんも探せませんでした」


 俺はこの警兵屯所で受け取った彼の伝言について話した。

 兵官達は激務だから心配だけどどこに居るか分からないので何も出来なくて非常に残念と語る。


「ルーベルさんなら先週来ましたよ。疲れてそうだけど元気でした」

「ほ、本当ですか! ルーベルさんはどちらの方なのですか⁈ 彼のことを色々知りたいです! テオさんにお礼も! 本当に死ぬところだったからあれこれ気が済まないです!」

「それなら一回だけ。仕事中なので時間があれば終わった後にどうですか? なにかご馳走して下さい。見回りついでに妻に夕食は不要と伝えるので」


 二つ返事で了承。俺もハンや奉公人達と仕事がある。

 俺の方が早く終わると話したら残業が読めないから宿へ迎えに行くと言われて甘えることにした。

 そうして夜を迎えて「行きたい店がある」と連れて行かれたのはいきつけだという大衆酒処。安そう……。

 明日は夜勤だから飲むと言われて高いものをじゃんじゃん飲んでくれと言ったら「貧乏舌なので」と笑われた。

 ルーベルといい彼も性格がすこぶる良さそうで笑顔が眩しい男で尊敬。彼は俺よりも七歳年上だった。


「ルーベルさんは南地区の方です」

「自分も南地区区民です!」

「えっ、この街の方では無かったんですか」

「仕事関係で年に一、二回来ます。あの日もそうでした」

「それはまた災難でしたね。いや幸運でしたね。あの地域は結構人が亡くなりました」

「運が悪いし良かったです。両方です」


 ルーベルとテオはもう何年も前から知り合いなのに住まいの話をした事がないから南地区の何区の何番地暮らしか分からないと言われてしまった。


「最初の日に父のコネで来ましたで、父親が煌護省本庁勤務と言っていたから名前で探せる気がします。なんかお坊ちゃんが来たと印象的で覚えています。ネビー・ルーベルさんの父親を探してそこから息子です」

「煌護省なら少しツテがあります」


 大狼事件に関与した話を家族にしたくないなら別件で助けられた事にしよう。


「赤鹿乗りをしたいお坊ちゃんが来たと思ったら卿家なのに実務職採用で強いし気の良い奴であちこちで好かれています。家に招くこともあってこの間も。息子も懐いています。少し変わっていますけど。忘れっぽいし」

「ん? 卿家なのに実務職採用ってなんですか?」

「実務職採用で跡取り認定も目指していて地区本部兵官です。ああ。そうでした。地区本部所属です。彼はとんでも人物ですよ」


 この情報への理解が追いつかない。


「兵官育成というか兵官になりたい者を少し支援しているのでそこらの区民よりも兵官の知識があるんですけどなんですかその肩書き。卿家なら管理職採用で補佐官になる道ですよね」

「立派な父が立派になれよと言ってくれたから励んでいますって。知識があるなら教えますけどあの事件の時は三等尉官で二等小将官になっていました。中官試験にまた落ちたと嘆いていました」


 小将官って幹部だ。何かしらの役職がついている。

 中官試験に落ちた……卿家なら国立高等校まで通うし補佐官を目指してかなり集中的に教育や勉強をさせられそう……実務職採用であの活躍ばりだから他優先か。

 この話をしたら「ルーベルさんは仕事を掛け持ちし過ぎです」とテオに言われた。


「掛け持ちですか」

「幹部候補というかもう幹部だからです。何でも覚えろってこと。卿家で煌護省勤めの自分の息子を実務職幹部にして跡取り認定もって大野心家です。この出世街道は半見習いをしてないと無理だと思って聞いたら八歳から半見習いだそうです」


 半見習いは父親のツテコネだろうけど学校との両立などどういう生活で半見習いをしていたのか聞いたことなかったから今度尋ねよう。

 テオはそう呟きながらたまご焼きを口に運んだ。ルーベルはとんでも人物ってとんでも人物。父親は大自慢の息子だろう。なのに新聞記事には名前を載せないのか。


「……。彼は若いですよね。彼がいくつか知っていますか?」

「二十七歳です。出世街道まっしぐら。上に登るのは彼みたいに若いうちから掛け持ち者が多いです。準官前から目をつけて特別扱い」

「あの時彼があそこにいたのは天命な気がしてきました」

「俺も思います。真っ先に飛び出しましたし。有名人の大狼に傷をつけた海辺街から来ていたバラトさんといい持っている人は持っているんですね」

「いや、赤鹿乗りであの場で大活躍のテオさんも仲間だと思います」

「彼までではなくてもこの街ならそこそこ。テオさんとかミルダさんって呼ばれて応援や感謝をされると張り切ろうと思います。ルーベルさんも俺達の警兵さんとかルーベルさんって近くの村やこの街で知られてます。あの事件でさらに」


 地区兵官だけど警兵と誤解されていた。この間会ったら警兵装備で地区本部の羽織り姿だったので目立つからさらに名前を覚えられたようだ、とテオはお猪口で酒を飲んだ。


「元々南地区の羽織りに警兵装備だけど分からなかったなら……あの日のルーベルさんは羽織りを着てなかったですね。そうだ、赤鹿が泥だらけにしたんですよ」

「確か他の警兵と同じ羽織りでした。自分の怪我を縛るのに使っていました」

「大怪我かと思ったら傷跡もほとんど残らないくらいの軽症だったそうで安堵です。って言っても避けたつもりであの浅傷なのにあの吹き飛び様は化物ですよあの大狼は。風圧で吹き飛びってことです」

「彼も自分達も生きていて良かったです。本当にありがとうございます」


 軽症……あの血の量や痛がり様に脂汗や顔面蒼白さ。警兵の軽症と俺達一般区民の軽症の価値観は違そう。

 そこから俺は何をしている人なのかという話になり朝日屋と万年梅屋と朝日屋兵官と実家の話。

 南三区六番地はそこまで遠くないので——遠いけど——連休が取れたら家族で万年梅屋へきて俺の料理を食べてくれると言ってくれた。

 赤鹿を連れていくから触らせてくれるという。代わりに我が家を宿代わりや観光案内。お礼が出来て嬉しいのでもちろん了承。

 

 出張から帰宅して夕食後に居間で家族にこの話をした。ハンと甥っ子姪っ子以外の反応がなんだかおかしい。


「卿家のルーベルさんか。それで跡取り認定を目指しているなら実子だよな」

「そうでしょう。お義父さん。どうしました?」

「シエルさん、イルさんの本名はネビーさんなので同じ名前だと驚きました。もう一回は忘れてなかったです」


 メルにコソッと耳打ちされた。イル話をハンは知らないのかもしれない。


「南地区で出世街道で同じ名前なので驚いたけど卿家の実子だからまるきり別人です。あっ。イルさんは幸せ区へ異動ではなくてもしかしたら地区本部へ異動です。いずれは地区本部という目標でしたから。コダ山まで行った方だから幸せ区にも行きそうです」

「あー。地区本部が目標。そうだったんですか」

「五年後に一等曹官かいっそ三等尉官。五年後から十年以内に小将官。厳しい師匠さんにそういう期待をされていました」

「俺に過小評価を教えましたね!」

「はい。隣の部屋で聞いていたときにデオンさんが現実的なのは五年後に三等曹官と言っていましたので」

「それでも早いです……。そこまで行かない方もいます」

「勉強したから知っています」


 実務職官位は準官、正官、曹官。朝日屋地区兵官は準官と正官しかいない。

 次は幹部候補者の尉官、幹部の仲間入りの小将官、中将官、大将官、総官。総官以外は一等から三等まである。

 管理職官位は下官、中官、上官で各官に認定があれこれ。

 準官は三年固定の試験採用期間。三等正官から一等正官があるのに二年後に三等曹官は早い。

 年に一度の三等正官から二等正官も難しくて上へ行く程年月がかかるのにそれが現実的って……。

「五年後に一等曹官かいっそ三等尉官」という目標は高過ぎるけどイルが幸せ区ではなくて地区本部所属に異動ならこれを成した可能性大。

 あれから四年経過しているから小将官の可能性あり。地区本部部隊は第一部隊から第十二部隊まであるからイルもルーベルどちらのネビーもそれぞれどこかの幹部かもしれない。

 地元へ戻されて番隊副隊長や格部隊の管轄の地区番隊へ出向などあれこれある。こんな異動や出向ありだと家の柱にしたい跡取り姉妹は渡せない。


(サリアさんに破談にされなかったらその日は保留。あれこれ調べて話し合いをして結論を出しても縁なしにしたかもな。いや俺と両天秤にしたかも。出掛けたらメルさんのちょっとした優しさや気遣いが分かって……本気になったイルに負け?)


 性格人柄は俺も同じくらいと評された。そこは病気が発覚した義父にとってかなり重要になったから他の縁談お申し込み者も調べたけど俺。

 高望みより堅実が良い。俺とイルの差はメルの気持ちとメルへの気持ち。前者はイルの勝ちだけどまだまだ浅い関係で後者は俺の勝ちでこちらも浅い。そんな話をした日々が懐かしい。


(もしもはない。あるのは結果。甥っ子姪っ子の縁談相手は家柄や家計で切るのは却下だな。むしろ掘り出し物を探して恩着せ系。父上がソイス家に目をつけたように。一回ではなくて二回あったことだからここから学ばないと損をする、と)


 ルーベルといい、ネビーという名前を息子につけるべきかも。俺とメルには子どもが生まれないから甥っ子がもしも増えたら勧めたい。

 ネイビとかネービという同級生がいたから珍しい名前ではない。イルは効き過ぎて嫌だ。ネビーとか似た名前なら今聞いたから別に。


「知っているなら幸せ区へ異動なんて発想は出てきません。そんな人は地区本部へ異動ですよ」


 そりゃあダエワ家とイルを天秤にかけようとする。最大目標を達成したら総官の嫁の店。大儲けだ。しかし蹴落とされていくし怪我で退職などもある。上へ登っていくなら官位別の殉職率なども調べないと。

 信用裏付けやそういうことや家族調査前にサリアの件でイルはメルやこの家にそっぽを向いた。


(俺も貧乏兵官学生には家で勝てると思ったしな。こんな掘り出し物に恋したとは目が良い。メルさんは勘が良いからな。貧乏時代に家族ごと恩を着せたら将来大儲けやかなり得の可能性……)


 下の方から上へ上へ登っていくイルは周囲の掌返しにうんざりする可能性がある。

 格上お嬢さんやお嬢様と縁結びは厳しくなっていく気がするけどどうなのか。

 苦労知らずの箱入りお嬢さんやお嬢様と性格や価値観が噛み合わなそう。いや、癒されるのか?

 師匠がついているなら良い時期に良い塩梅の縁談を用意するだろう。メルの件で好みも条件を把握して性格や価値観は親並みに知っている訳だし。


「引っ越し的にどうなのかと思いまして。一人暮らしは嫌な方だったので家族と一区はどうなのだろうと。お父上や妹さんの仕事があります」

「嫁を迎えて二人暮らしじゃないですか?」

「イルさんが狙うお嬢さん、お嬢様は地区本部所属になってからの方が選びまくれます」

「まあ、そうですね。一人寂しく一区へ行って同僚補佐官などや師匠に頼んで一区区民のお嬢さんと縁結びかもしれないです」

「ああ、その考えはなかったです。近い幸せ区で家族と近くとか一緒みたいな印象でした。イルさんは妹おバカさんですから」


 コソコソ話ではなくて普通に会話になった。ハンがなんの話か、と問いかけてきたのでメルが説明。女学生の頃、俺と出掛ける前に淡い片想いをして両親が調べてくれたのが平家兵官学生がイル。

 文通くらい許すとなって意を決して文通お申し込みしたら袖にされた。そういう嘘話。


「家族のために稼いだり妹達が大きくなったらまた、と言われました」

「メルさんの初恋って若旦那さんじゃなかったんですね」

「シエルさんに初恋予定が横入りされてしかもあっさり袖にされました」

「彼を調べて力持ちな人は兵官志望者にいそうとか、地味な人助けをする優しい地区兵官は宣伝部隊なるぞと朝日屋兵官を考えました」

「若旦那さんは知ってるのに俺は知らないってなんですか」

「シエルさんに失恋したので狙い目だから狙って下さいと言いました。初めてのお出掛けの拗ねは失恋で落ち込んでいただけです。シエルさんに聞き出されました。あはは」

「ええっ、あれはそうだったんですか⁈ うわあ、嘘つきだらけ! でもまあダエワ家狙いだったからそうなりますね。あはは」


 十年以上月日が過ぎれば笑い話。嘘に本当が混じると見抜けなくなる。メルの恋心は真実で、文通お申し込みではなくてお礼の手紙だったけど彼に勇気を出して手紙を書いたのも事実。

 そこに朝日屋地区兵官一人目、地区兵官になったのは一昨年のヨンが来訪。準官三年目なので今年を乗り越えると正官。

 恐々した表情だったので何かと思ったら文通お申し込みをされてどうしたら良いのやら、だった。

 発案や煌護省とやり取りは俺だけど多忙なので勉強補佐や相談などは頭や口で役立てる義父中心。

 ヨンは十三歳で上京してきたから義父は父親代わりだ。初めての兵官採用試験で彼を見つけた日が懐かしい。


「大旦那さん。強面のこの俺にこうかわゆい人で衝撃的です。ルーベル先輩がまたなんか渡されそうになっているなと思っていたら俺の前にきたんです」


 ……。

 ルーベル先輩?


「ヨン。今、ルーベル先輩って言ったか?」


 俺が口にする前に義父が尋ねた。


「はい、大旦那さん」

「ルーベルは名前か? 苗字か?」

「ネビー・ルーベル先輩です。ネビー先輩って呼ぶ人とルーベル先輩って呼ぶ人とごちゃまぜです。親しいとネビー先輩疑惑です」


 ネビー・ルーベル発見⁈

 しかし俺の命の恩人のネビー・ルーベルは地区本部兵官だ。

 

「あー、ヨン。どんな先輩だ? 役職とか肩書きとか家柄」

「何ですか? ルーベル先輩は小間使い幹部とか便利屋幹部って言っています。今日は幹部に特別指導される日だったので今日の午後、一緒に見回りしました」


 俺は家族全員と顔を見合わせた後にヨンに追加で質問をした。


「探し人かもしれないし同姓同名かもしれない。官位も知らないか? あと地区本部にいたかどうかって分かるか?」

「官位は幹部です。ルーベル先輩は地区本部所属だから羽織りが違くて格好良いです」


 官位は幹部ですってヨンは大丈夫なのか。俺はそらで言えるのに、長年勉強させたのにこれ。地区本部所属!


「地区本部から来て指導してくれたのか?」

「なんですかね。地区本部所属だけど六番隊幹部です。去年地区本部へ連れて行かれたけどすぐ帰ってきてくれました」


 連れて行かれたって先輩の栄転に対してどういう発想だ。


「ああ、出向者か」


 確か……番隊幹部で勉強かなにかをして地区本部へ戻ったり副隊長、隊長は地区本部所属者だからそのまま出向扱い。ますます怪しい同一人物疑惑。


「シエルさん、出向者って鉢金違いではなかったか?」

「はい、お義父さん」

「先輩が六番地に居ないと思われると屯所に苦情が来るから目立っておけって言われてるって言っていました。顔も見た目も地味だから未だに本部から返せって言われるって。他にもちょこちょこいるけど俺も特別に羽織りだから地味で得したって」


 ヨンが自分は眉毛が濃いしもみあげって呼ばれて顔をすぐ覚えられるからあの薄顔になりたいと笑った。

 必要とされる人材だと特別扱いがあるから張り切って働いて出世して、屯所に朝日屋の味噌を常に置いて使うのを自由にしたいそうだ。

 そういう発想はなかったから頼むと家族皆で笑い合った。

 ヨンに彼に会えたら卿家かどうかと父親は煌護省本庁勤めか尋ねて欲しいと伝えた。

 以前助けられた人の可能性があるから知りたいと話した。

 煌護省に尋ねて個人情報とかお礼は要らないみたいに返されてまた所属不明の可能性があるからこの方が良い。地区本部大屯所へわざわざ行って空振りも嫌だ。


 数日後、メルと実家でシオン夫婦と仕事の話をしていた流れで命の恩人が六番地暮らしという偶然があるかもしれない話をした。


「ネビー・ルーベルって一閃兵官さんですよ」


 そう告げると母が居間から退室してしばらくして戻ってきた。手には浮絵でそれを食卓の上に置いた。


「剣士好きのウナさんが贔屓(ひいき)にしてて前からたまに試合を観ています。常連のシャガ家の息子さんが神社の階段から落ちて助けてもらったって聞いてお礼を兼ねて買いました」

「母上、記名してもらったんですか」

「ええ。ウナさんが恥ずかしい恥ずかしいって何年も言っていたから私が声を掛けました」


 母は役者にもずいずい握手や記名を求めに行くからな。母は役者系とは逆で色白ではないし顔立ちも好みではないけどこの方の笑顔は素敵と褒めた。

 

「ハインさんのところで命の恩人疑惑の人の浮絵が売っていたとは。調査情報がありそうだから聞きに行きます」

「同一人物なら家族親戚分買って……店頭に出てる分を全部買ってきなさい。お客様に我が家の恩人で皆さんも守ってくれますって配ります」

「はい父上。そうします。経費は我が家とこの家で折半にします」

「おい、ちゃっかりしているな。そうしなさい」


 こうして俺はハインへ手紙を出して久々に会いたいと誘った。

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