お見合い4
私はここが終着点と思ったところよりも話は続いていてまだ終わらないみたい。
「花咲ジジイになる。それがなくて返事をしたいと思っていて彼女は半分譲っていると思っていた時はどう考えていた」
「話した通り今の俺が一先ず彼女と結納出来る条件を悩んでいました。それでもうサッパリです。地区兵官にならないと借金だから俺が金を稼ぐなら志願出征。なのでとりあえず地区兵官になるしかないです」
「とりあえずだったんだな」
「はい。先生に意見を聞いてからですが、いくらあれば結納を待てますか? と相手の親にそれを聞こうと思っていました。それで志願出征で出稼ぎです」
「下手したら戻って来られなくなるぞ」
「学校で聞きました。そうしたら稼げるだけ稼いで辞めて戻ってくるしかないです。ここまでしたら学費返還はなしってあるらしいからそこまでは働くとして。家にも金を入れられます」
サリアの手紙で大変化ってこと。
「その場合の妹さん達の用心棒や躾みたいな話はどう考えていたんだ」
「仕送りするから母ちゃん任せです。母ちゃんがなるべく居るなら俺が居なくてもあまり問題ないです」
「前へ前へ出るつもりだったのか。家族に行くなと言われたらどうしていた」
「はい。理由を話すけど猛反対されるなら行きたくないです」
「明らかに猛反対されそうなのに悩んだのか」
「そういえば聞いたことないなと思いました。とっとと稼ぎにいって。お洒落したいし贅沢したい兄ちゃん。かもしれないなと。これを機に聞いてもええかなって」
話を聞いている限りそれはなさそうな気がするけど実際はどのような妹達なのだろう。
「そうか。出稼ぎは論外だったし花咲ジジイ話が出てきたから志願出征のことは話さなくて良い気がする。妹さん達が嫌だった場合、話したことによって常に不安がるとあれこれ我慢するかもしれない。たまに言い出すけどご両親と話し合いをしているよな?」
「はい。そういう事もあるから志願出征するか悩んだら先に両親に言います。両親にはデオン先生に結果的にどちらが稼げるか聞きなさい。兵官のことはまずはデオン先生。そう言われているので相談したかったです。出稼ぎは論外でした。ド貧乏がさらに酷くなったらまた聞きます」
「金が足りないから娘はもう結婚させた。そう言われたらどうする気だったんだ」
「金を返してもらいます。結納って確か契約ですよね? とりあえず地区兵官になっているから帰れるなら帰ってきます。無理なら辞めて戻ってきて今度は火消し。金があるから安心です。日雇いをしながら火消し半見習いです。勉強がかぶっているからどうにかなるかと」
「火消し半見習いは無理と言われたらどうするんだ」
「いつでもなれ、だから平気な気がします。一応聞いたらええって言うていました。火消しでなければひくらしで力仕事や酒屋もあるしどこかで何か働けます」
稼げればなんでも構わない。地区兵官にそんなに興味がないし将来像もないってまさにこれだ。
「生粋火消しではないから出世の芽はあまりないぞ。火消しは血筋も大事だ。君の特技の剣術よりも苦手めな仕事も多い。なるべく地区兵官でいるけど必要なら諦めるし彼女と縁なしで地区兵官の職を失っても他の仕事で良い。そんなだったのか」
「はい。俺に向いているのは火消しよりも兵官です。でも選択肢は多い方が色々出来ます。譲れないと思ったら何もしないで地区兵官です。応援されて期待されてきたからなるべく捨てたくないので優先度は上でした」
「そうか」
「花咲ジジイ話でこれは譲らないに変更です。火消しでも花咲ジジイですが俺に向いているのは兵官なので自らは辞めません。退職させられないようにしがみつきます」
一通の手紙でこんなに変わるって読んでみたいような読みたくないようなだ。読みたくないな。悔しくて破る気がするから触ってはいけない。
「そもそも目先の金の問題ではなくて相手の家との共栄が目的。そう言われるぞ。それは考えなかったのか?」
「考えました。娘さんが嫌々絶望顔をして泣いてもしないといけないのか聞こうと思いました。俺は娘や息子を完全に道具は嫌いですがそれは平家の価値観で大きな家は大変です。俺の価値観と違うから教えてもらわないとなんとも」
「娘にはこの婿。そう言われたらどうする」
「可哀想なのでせめて彼女が願ってもええことをさせてあげて欲しいです。本人に聞いて一緒に頼むつもりでした」
やはり優しいな。このような話も聞けて良かった。
「どうにもならないなら隣に座って頭を下げて気持ちを少しでも楽にさせてあげたい。そう思ったんだな」
「はい。密会コソコソ不審者は家にあげてもらえないので先生に助けを求めようと考えました。その前にメルさんが親に話したので手紙が来ました」
「土曜の話だな」
「はい。ご迷惑をおかけします。俺の自惚れで嫌々絶望でもないようだから気にしなくてええ気がしてきました。俺こそ申し込みたい方だと判明。彼女は単なる思い出作り? なんですかね。分かりません。そこらの女なら無視します。その方が優しいです」
「本人の気持ちは本人に尋ねないと分からないな」
「はい。聞かないと分かりません。高望みしないで奉公人と縁結びで手堅くいくなら一から励むので待ってあげて下さい。それは無理ですか? それも聞く予定でした」
「半分、だろうから一から精一杯奉公人ではないだろう」
「そうです。地区兵官と両方です。昔から掛け持ち生活だから二つは余裕かなと。努力も得意です。嫌だけど半分こだから成り上がり大豪邸は諦める。代わりに向こうもなるべく彼女が励む。でも半分ではない気がするから嫌だなと」
彼の嫌そうな苦しそうな表情が蘇る。
「他には何を考えていた」
「俺は番隊長になれるかもしれないので信じて待てませんか? そうなるときっと商家の役に立ちます。それを尋ねるつもりでした」
「それは奉公人にはならない場合ってことだな」
「いえ。先生に宣伝などでそこそこ家業の役に立つ地区兵官と奉公人として励む折り合いを尋ねるつもりでした」
「この話を聞いているといつか祝言する気満々に聞こえるんだが堂々と出掛けてみて気持ちが小さければ逃亡なんだよな?」
「そりゃあ先の可能性ゼロたけど出掛けたいは今回の場合だと非常識です。縁結び予定の男がいるからそうてす。それも含めてどこまで相手は待てるのかなと。相手と天秤は無理だとかメルさんの態度で相手の家が怒ったらやっぱり損するからとりあえず金か? って」
「それで最初に戻って悩みを繰り返しか」
私は私のことなのにあまり悩まないで結納が伸びてホッとして思考停止とか彼との思い出に浸ったりして現実逃避していた。いたたまれない。
「そうです。来年春か秋に結納だけど付き添い付きのお出掛けは開始。二股みたいになるから俺は嫌だし彼女もしんどくなりそう。俺も既にしんどい。ごちゃごちゃ考えるよりも話し合いで解決と思いました」
「そうしたら私に全然違う話をされたな」
「その通りです。相談や話し合いはやはり大切です」
「君がしたいのは返事ではなくてお申し込みだったしな」
「はい。何も譲らないけど相手の家の釣りの役に立つという得があるので結納前に一回出掛けさせて下さい。まずはそれでした。結納お申し込みでないと話にならないなら先生とまとめた案に書類を用意ですよね?」
「今のところそうだな。出掛けるのは何回で判断がつくと思っている」
「何回ですか?」
「ズルズルして彼女の気持ちを大きくした結果袖振りしたら今の縁談相手との仲がこじれるぞ」
「それは向こうが決めることです。恋事は喚いたって上手くいかない時は無理だから俺でないと嫌なら時間を出来るだけ用意して俺を拐かすしかないです。時間がないのは向こうだから決めるのは向こうです」
「逆に君の気持ちがどんどん大きくなっても構わないのか?」
「そうなったらなりふり構わず殴り込みするでしょう。それで玉砕ならしばらくウジウジして復活。多分。世の中の恋事はそんなです。俺は現在、他の女と違って拐かしたいし口説きたいから戦わずに終わりは嫌です」
これ以上彼に迷惑をかけたくないとか傷つけたくない、みたいな私の考えは彼にはないのか。
話し合いは大切です、というイルの声が耳の奥で再度した気がした。
「そうか。結納前に出掛けて良い回数、期間はそちらが決めて下さい。そう頼むということになる。断られたら全然分かりませんだと困る。時間は大切だ。なので良くある想定話をするから考えてみろ」
「はい」
これで我が家というか私の希望を彼に伝えてくれるということだ。
「密会男は信用出来ないので絶対に認めない」
「身から出た錆です。誠心誠意謝罪して娘さんの証言と手紙とポチポチ犬の懐きようを証拠にします。それで帰れと言われたら帰ります」
「すごすご退散か」
「いえ。結納まで毎日行って話し合いしたいですととにかく頼みます」
そうなの⁈
「結納したら出掛けるのは諦めるのか」
「他の男のものって事だから嫌です。向こうの男も嫌がります。迷惑です。前に結納時に終わりという約束もしています。その時とそんなに気持ちは変わっていません」
「娘にも非があるし少しは信用するので話くらい聞く。それで話を聞いてもらえた。その結果急いで結納したい理由があるから他の縁結びはしません。これだとどうだ」
「親ではなくて彼女に理由を聞きます」
「言わなかったらどうする」
「大事な話をしないのは他人です。今後一緒に生きていきたくないという事なのでそのような女性と縁を結ぶ気はないです。向こうも小さな気持ちだから終わりです」
彼に父の病気の事を話したくないという考えは彼の価値観だとこうなるんだ。
「今は出掛ける出掛けないという段階だから話したくない」
「隠し事をして出掛けて蓋を開けたら俺が嫌な話とか困る話だったら騙し打ちです。メルさんはそもそも俺を若干騙し打ちしたから同じ過ちを繰り返すなんて信用ぶち壊しです。そのような女性とは縁を結びたくないです」
「君にその何かを知られた結果悩ませたり傷つけるとかそういう考えかもしれない」
「気遣いですけど俺が俺のことで悩んだり傷つかなくて誰が俺の事を考えるんですか。その優しさは無駄というか俺に対しては優しさではなくて逆だと教えます。他人ならともかく大事な話をしています」
話を聞いていると私とイルの相性は悪い気がしてくる。
「理由を言われて断られたらどうする」
「メルさんが嫌々絶望顔で泣かないなら安心です。一応、明日結納でないなら付き添い付きで半刻散歩させてくれと食い下がります。半見習いが迷子のお嬢さんを家まで送った。そのように建前は用意できます」
「そうか。嫌々絶望顔で泣かれたらどうする」
「そうなるのに絶対に結婚。娘は道具。そういう親の気配はしないです。なさそうな話ですが備えは大切ですね。目から鱗の中身は結納、祝言案を提案します」
却下ではなくてこの案も使うんだ!
「娘に貧乏暮らしは無理。長屋で暮らすお嬢さんはいない気がするしそう言われそうだ」
「通うから通ってくれと言います。仕事の勉強をそちらの家でするからメルさんも我が家に通う。損得はまた考え直しですがわりと半分こです」
「それだとすぐに祝言か? お互い通うのは結納で済む」
「短期損害分を祝言祝いで稼ぐから表向き祝言です。さすがに準官にはならないといけません。三ヶ月は待ってもらいます。相手のためです」
「すぐに結納で三ヶ月後に祝言ってことだな」
「中身は結納だから祝言詐欺です。味噌は美味いし味噌代くらいだから皆を騙しておきます。一応本物祝言ですし。いつか貰う分なので前借りみたいなものです」
多少ズルい事でもこのようにあっさり決意するのか。イルは正しくありたい、だけではないんだな。
私との密会を友人という線引きで自分の為に許していたからそうか。
「本人に貧乏暮らしは無理。そう言われたらどうする。大手を振って出掛けたいだけだったのに祝言お申し込みみたいになった挙句に袖振りだ」
「嫌々絶望顔をされて泣かれた後だから気にしません」
この場合だと気にしないんだ。
「気にしないで半分こ、お互いに通おうと提案か?」
「はい。それも嫌だ、だと嫌々ゴネるだけの我儘女でしょうもないです。呆れます。そのような女性だと恋穴落ちはきっとしません。お礼を告げてお別れです」
「兵官なんて所詮は暴力職。成り上がる予定なら報復が怖い。なので嫌だと親に拒否されたらどうする」
「その通りなので諦めるしかないです。一応、明日結納でないなら付き添い付きで半刻散歩させてくれと食い下がります」
「とにかくお出掛けはしたいんだな」
「はい。質問されて分かりました」
「近々父親が失明すると言われた。家業に確実な後ろ盾と育てたい跡取りを迎えたい。目が見えるうちに祝言したい。それだとどうだ? 急に祝言が早まった話があった」
ついにデオンは我が家の状況に似たような話を問いかけてくれた。
「うーん。先生。これは悩みます。家族想いのように感じるメルさん発信なら考えます。助けて欲しいです。家業に確実な後ろ盾は俺には無理ですか?」
……考えてくれるの⁉︎
「とりあえず私とひくらしがあるな。相談役や人手などに大豪家の大旦那。大商家の大旦那。私は悪くないと思うけど向こうの損得勘定は分からない。あとは花咲ジジイで増やせ」
「育てたい跡取り……。養子は取らないんですかね。婿も居なくなる可能性があります。家と家結びで裏切らなそうな養子探し」
「なくはないと思うがどうだろう。君と破談や離縁になった時に養子がいると娘を嫁入り道具に出来るから私なら選択肢の一つにする。商家は血縁を気にしない事も多い」
「縁談相手がメルさんよりもかなり家が欲しいなら養子に下さいと頼めそうです。財産とか色々あります。両取りです」
私は思わず父を見つめた。その父は少し目を丸くしている。
「まあ、商家だからそのくらい考えているだろう。弱くない対抗馬を使って釣りくらいする。明日結納でない限り。駆け引きは疲れるけど両取り出来たら得だ」
「疲れたくなくてそこそこ希望ならしないって事です」
「そんなしょうもない商家の旦那はそのうち没落だ」
「今の案を提示してお出掛けくらいさせてくれ。相手を釣ると思って保険代わりに一回くらい出掛けたい。こういう結納お申し込みになります。祝言案だと相手と俺を両天秤に出来ないです」
イルは作戦を考えるのは苦手といっても目先の事だとそうでもなさそう。
「目が見えるうちに祝言……。贅沢飯ではなくて白無垢とか打ち掛けとか多分そういうものです。そのくらいの金はあるはずです。後で半分返せるから出せと言います」
「出せないと言われたらどうする」
「そのくらいで他の男がええ。しかも祝言だからねんごろ希望。そんな尻軽贅沢優先女は嫌です。女性の憧れとか父親への何かとかあっても理解出来ないです。親は娘の笑顔の方が大事だから衣装とか儀式ごときで結婚しろと言わないと思います」
「おい。話し合いの場でその言葉選びをするなよ」
聞いてしまった。それだけで祝言を決める場合はそうだ、という決めつけなのだろうけど今のは酷い。
「おおっ。すみません。出せないって商家なのに家計は火の車ですか? 貧乏に頼まれても困ります。今の俺に甲斐性はないです。待ってくれたら後から豊かにしますけど」
「晴れ姿を親に見せたいという親孝行心や乙女心は理解出来ないから金は出さないぞってことだな」
「うおっ。親孝行心や乙女心はうんと大切です。金は出さないのではなくて出せないです。ああ、祝言祝い詐欺代で稼ぐから出す努力をします。乙女心なら金は多くないと。親孝行は見当違いだから親と話した方がええと言います」
乙女心は大切、サリアの時も言っていたな。
「言わないと思うけどそちらが出せだったらどうだ」
「贅沢金持ち希望なら自分は道具と割り切れと言います。それも嫌なら金持ちと恋仲を目指す。努力でどうにかなるものなのか知りませんけど。メルさんは努力すら嫌がって相手の男から逃げ気味ですし」
「目が見えるうちに孫を見せたい。そう言われたらどうする」
「俺の気持ちがどう転ぶか分からないので育てられるならどうぞ。跡取り息子や娘だから欲しそうです。夫婦でも離縁でも子どもは一生可愛がります。そうなるとお嬢さんに手を出してええのか。へえ。得しますね」
……えっ。得しますって何⁈ 軽い。この回答は予想外だ。
「お前はそこらのお嬢さんに手を出して良いと言われたら手を出すのか」
「何を言うているんですか先生。そんなのがいたらあばずれお嬢さんです。いたらガッカリです」
「あなただけ、どうしても、思い出にと言われてもか? メルさん以外のとんでもなくかわゆい生き物のお嬢さんに頼まれたらどうする」
「親が許可して契約書を作って俺と結婚はなしで思い出なら一回まで。付きまといは嫌なので。一回でも出来る時は出来るから子どもをしっかりその家で育てて可愛がる。そこまで契約するならありがたくいただきます」
「おい。なんだそれは」
「そのままの意味です。気持ちはないです。金がないから責任を取れません。男だから色欲はあります。こんなの許す親はいますか? お嬢さんの親です」
「居ないだろう。それに隠し子がいたらいざお嬢さんと結婚時に不利だぞ」
「はい。なので絵空事、妄想です。かわゆいお嬢さんにそこまで上げ膳されたら理性がぶち壊れる気がします。しかも俺好みのお嬢さんだと照れ屋過ぎるから結局最後までは無理そうです。やはり単なる願望です」
「君は本当に正直だな。それでなんだかんだ理性的だ。そこまで揃って初めて色遊びか。しかも結局しなそうだな」
「はい。多分ガミガミ脅してきた親のせいです。そこそこモテるのに遊べないってたまにかなり辛いです」
「この辺りの話はするなよ。いや、しても良いけど言葉を選ぶように。こういう系の話をこんなにしないから知らなかった」
実際は聞いてしまっている。
「はい。手前までならええと思っていたけど難癖結婚させられそうな友人がいるし俺好みのお嬢さんはそれを不潔、みたいに睨むからもう何も出来ません。アホな友人とかそこらの男はへらへら遊んでいるのに俺は残念ながら理性的です」
ボヤきのような声に私は少し俯いた。これを盗み聞きしていても良いのだろうか。
「それで得しますってなんだ」
「照れ照れお嬢さんが覚悟してくれる。口説きの延長でガッツリ手を出せるとは朗報です。なんだかより親しくなりそうな気がします。祝言してるから夫婦は夫婦です」
「もはや中身は結納ではない普通に別居婚だけど良いのか? お嬢さん選びはしないのか?」
「お嬢さん選びはメルさんと破談になってからです。普通に別居婚。ああ。別にええって思っているみたいです」
「恋かも分からないはどこへ消えた」
「いや分からないけど親の為に子どもが欲しくて俺には色欲があるから利害の一致です。どうせ照れ照れお嬢さんはすぐに触れません。その間に恋穴落ちするか分かるでしょう」
「すぐにどうぞって言われたらその期間はないぞ」
「えー。はい、どうぞ系は嫌いなのでその時点で破談です」
「君をとても慕っていて照れ照れどうぞ。親の為にという覚悟もある。それで単に早いだけかもしれない」
「うおっ。それは可哀想です。乙女心に傷がつきます。俺の道具みたいです。いや、向こうは親の為に子ども……。つまり俺が道具の方です。でも乙女心付き……」
これ、私は何を聞かされているのだろう。
「そもそも俺がええではなくて親の為に早く祝言であれこれか。それなら俺でなくてもええってことです。俺は立候補しません。袖振りです」
「おお。そこに戻るのか。前提に君が良い、がある。その話なのに自分でなくても良いになるのか?」
「いやだって、親の為に早く祝言が目的だから俺に断られたら嫌々を忘れて他探し。候補は既にいます。そいつと贅沢晴れ着やねんごろ予定。つまり俺でなくてもええって事です」
「君はやはり相手の気持ちが小さいと嫌なのか。どういう事だ」
「ああっ! そこそこ気持ちがあるから二股、浮気されるみたいで嫌悪です。俺でないと嫌だとゴネられても気持ちがない場合は上手く逃げたり無視します。でも俺も気持ちがあるから口説きたい方です。なのに別の男でええみたいなのは嫌です」
「君は家と家みたいな結婚は基本的に嫌。恋仲結婚希望ってことだな」
「平家の大半は家と家もあるけど基本になるのは恋仲からのお見合い結婚です。お見合いからの恋仲も多いです。その中で育っているから俺もそうです」
多分気持ちの方が大事な世界なんだろうな。同じ中流層でも家によってはそうだ。我が家もわりとそう。私が横道にされて隠し事をしたからこんな事態になってしまった。
「家の為に選んでいるだとどうだ。自分よりも家族や奉公人達。そこそこの家になるとそうやって育てられる」
「そこなんですよ。俺には理解が難しい考え方。なにせ彼女の父親はお互いに少し気持ちがあるのを確認して話を進めました。確認不足ですけど娘も嘘をついたので仕方ないです。どう折り合いをつけるんでしょう。それも向こうの問題です」
「そうだな。それを投げ捨てて君の長屋へ駆け落ち婚をしたくても君と恋仲ですらない。現段階で彼女が君を選ぶのは、表に出すのはかなり難しかった」
「中身は結納案で俺と過ごす。祝言祝い金詐欺で短期損害分を返す。そのうち俺が花咲ジジイ手前と下っ端幹部で評判ガタ落ち分も返せます。いや、先生。こうなると俺は普通に本物祝言で張り切って励みます」
「へえ。君は彼女があれこれ捨てて君に飛び込んできたら恋穴落ちの気配がするのか」
これはまるで予想外の話だ。恋人未満、お出掛けしたいくらいの気持ちはどこへ消えたの⁈
「口説きたいとんでもなくかわゆい生き物が触りまくり口説きまくりでええ。家族と仲良く暮らしてくれて一緒に苦労してくれる。きっとしっかり惚れます。他の女だと嫌です。乗り込んでこないで欲しいです」
「そこに今話していた失明しそうな話だとどうなる」
「娘が心底この男がええで、その前にある程度話し合っていて、短期損害分を返しても腹を立てて猛反対ですか?」
「話し合いは前提か。今の君に拐うような気持ちはないしな。飛び込んできた彼女を家に連れ戻すってことだ」
「はい。デオン先生と親を連れて家に帰して一緒に頭を下げて家の為だけの結婚は断固拒否だから嫁にくれです」
「そうか」
「妹と腹を割って話して似た状況ならとりあえずいってこい。いつでも帰ってこい。毎日帰ってこい。相手の男が悪くないなら俺はそう言います。後から色々返せるし五年後から同居もするから後から世話します」
「そうか」
「二人で暮らすのは諦めて一緒に狭い部屋で大家族。多少俺の出世を削って日雇いで補填。リルと家事を分けるからリルは勉強出来るし彼女は実家で父親と過ごす時間があります。あれこれ働くよりもきっと大事なのはそっちです。向こうの父親ももう家族だから俺が稼ぐ努力をします」
「そうか」
「母ちゃんは味噌屋の宣伝部隊。母ちゃんを雇ってもらいましょう。わりと儲かると思います。美女のルルがそのうち名物売り子。ルカが嫁にいくか婿と独立したら家族で引っ越しもありです。ルカはともかく親父はかわゆい娘が増える分通勤が遠いくらいの苦労はすればええです」
「そうか。相手の家から大黒柱候補が消えるぞ。その大黒柱も失明でイマイチになる」
「娘が逃げたんだからそれを悩むのは向こうの親です。娘が心底嫌な事をさせたい親なら無視します。なにせメルさんも捨てるくらいです。メルさんの両親は俺の親の方です。こっちで楽しく幸せに暮らします」
「つまりお前側は何もしないのか」
「俺はそういう親は嫌いなのでしません。娘に嫁に行ってこいという親なら両親と家族と全員で大家族だからデオン先生やヘンリさんに相談役についてもらってお姉さんを大黒柱に据えて養子案とかとにかくあれこれ転げ回ります。皆で助け合いです。俺も出世を多少減らして勉強します」
「そうなのか」
「リルの玉の輿を商家系で探してもらってそいつを養子にして二人は先に向こうの家に同居。大きめの家で暮らせるしリルは家守りがしっかり出来て商売柱も増えます。母ちゃんが売り子だからいつでもリルに会えるし後から俺とメルさんも同居。心配なリルも大丈夫そうでしかも玉の輿です」
私が全部譲ったらどんどん出てくる。しかもこれは先に譲るという話だった。
駆け落ち婚は論外みたいに思っていたら連れ戻されて話し合い後にあれこれしてくれるんだ。
「リルさんにもう恋人がいたらどうする」
「生活圏内ならそこらの平家なので味噌屋の奉公人になってくれと頼み込みます。出世していくぞ。旦那かもしれないぞ。俺が稼げるようになったら学校にも通える。頼みまくります」
「君と同じ夢や目標がある男ならどうする」
「皆で大家族だから一緒に苦労して欲しい。半分までどうにか頼むと言います。その夢や目標に味噌屋を巻き込みます」
「断られたらどうする」
「リルと話し合いです。家族想いでない男はお前のことも大事にしないと話し合いです。とにかく得があるように考えるのに嫌々男は心配です」
「単に気兼ねなく二人で暮らしたいでもか?」
「それは別に近くの家に住むとええです。同居は嫌でも困った時に助けてくれるだけで大違いです。嫌がることを嫌々はさせられません。話し合いしまくりです」
「出稽古時の行き来でこの道場やリヒテンのところの良家の子息がリルさんの働きぶりや妹さん達の世話などを知って家守りの嫁に欲しい。リルさんも嬉しい。そういう可能性は消えるぞ。女性は時にポンッて成り上がる」
「悪いけど俺が先に結婚したらリルに紹介する男達は先生やヘンリさんに頼って商家ばかりです。恋人のいない無欲なリルはきっとええと言います。商家の息子の時点で我が家からしたらとんでもない玉の輿ですよ」
「まあそうか。そうだな。男達、だからリルさんに選んでもらう気はあるんだしな」
「はい。それよりも格上狙いってそれをするのはお嬢さん達です。平家貧乏娘のリルは勝てません。破談なら俺よりリル優先だから俺は女断ち。でも理性に負けたらまた俺優先です」
「彼女が飛び込んできて親の許しもある場合だとひたすら考えが出てくるんだな」
「はい。大事にしようという気持ちしかないです」
「お出掛けお申し込みで恋かも分からないと相当違うぞ」
デオンの声色が初めて少し困惑気味に聞こえた。
「でもそう思います。俺を信じてくれて応援してくれて俺といたら幸せで家族と皆で苦楽を共にしてくれる。あー。それです先生。俺が選ぶお嬢さん。俺の気持ちが動くお嬢さん」
「尽くしてくれる内助の功のお嬢さんか。それも貧乏に耐えてくれる」
「俺もうんと大事にします。貧乏も最初だけです。家同士よりも恋仲希望。俺が両取りにするぞってすくいあげます。本人もそうするぞって考えるお嬢さん。家族全員譲り合いの助け合い。そうなる努力を一緒にするってお嬢さん。この話し合いをして一緒に励もうとするお嬢さん。俺はうんと大切にしたいです。俺の方が励むようにします」
「だから祝言案の時に生涯の宝物という台詞が出てきたのか。メルさんはどうだ」
「彼女にそういう頭はないです。なにせ俺はどう婿入りならええか悩んだけど彼女から聞いたことがないです。正々堂々親に頼んで俺を待ちたい。それすらなし。親のところで止めたら家に損はまだないけど話してくれませんでした」
キッパリ否定された……。
「君はメルさんの事をそう思うのか」
「はい。ずっと引っかかっていました。俺は親に言えないそれすら価値のないしょうもない肩書きの男なのかなって。でも思い出に散歩が出発点だから言わないのはまあ当たり前かなとか、親や俺に相談すらしないのかってたまにモヤモヤしていました」
「でもお申し込みする気持ちが湧いたんだな」
「かわゆいから拐かされました。諦め屋さんでなんだかんだ他の男でもええ。それに加えてこれ。俺が前のめりにならない恋穴落ちしてないところはこれでした。堂々と出掛けられないからよりもそれでした。そうか。また俺のことなのに目から鱗です」
希望から絶望ってこのことを言うのではないだろうか。自らの言動が全て私の恋に返ってきた……。




