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新米

「扉の先からは岩が剥き出しの洞窟になっています。そしてそこを抜けると大きな空間があり、そこからさらに上の広間の先にスクーピーがいる筈です。この先の広間までは敵はいないはずですが、もし見つかるような事があれば即戦闘に入ると思って下さい」


 全員の覚悟が決まると、潜入の前にエリックがアジトの構造を説明した。


 敵の詳細は不明でも、アジトの地形を得られたのは大きい。これなら上手くいけばほとんど戦闘をしないで済むかもしれない。そう思っていたのだが、やはり危険な子のようでツクモが張り切って言う。


「それなら私に任せて! 最初の広間までは私が確保するわ!」


 拳を握り締め力強く言うツクモは頼もしかった。しかしそれと同時にこの子が鬼のようにバッタバッタ一味を切り殺して進む絵が浮かんでしまった。そんなツクモに超不安になったが、流石は悪魔だけあって上手くエリックはツクモをコントロールする。


「分かりました。では広間入り口に大きな岩があるので、そこまでの道を確保して下さい。その岩陰なら全員の身を潜められます。ただ、あくまで隠密行動でお願いします。もし敵が危険を感じスクーピーを移動させたら大変な事になりますから」

「……分かった」


 エリックにとってはツクモの性格は扱いやすいようで、言葉だけでツクモの雰囲気を変えた。ただその変わりようは異常で、今まであんなにはしゃいでいたツクモは、別人のような静かさを纏い、丸い目があり得ない程鋭くなった。

 その雰囲気はまるで剃刀のようで、次第に景色に溶け込むように存在感を薄くし始めたツクモは、今まで感じていた冒険者と同じという感覚を吹き飛ばした。

 

「じゃあ行ってくる」

「お願いします。私達は扉から様子を窺いますので、安全が確保出来たら合図を送ってください」

「分かった。その時はライトか何かで教える」

「いえ。扉の先は一直線になっているので手合図で十分です」

「分かった。じゃあ行くね」

「お願いします」


 エリックとツクモの会話は、こうやって聞いているから当たり前だと思ったが、実際自分が今のツクモの立場なら何も聞かずに潜入していたと思うと、この状況下でこれだけのやり取りができる二人に底知れぬ強さを感じた。


 打ち合わせが終わるとツクモは壁に張り付き、扉を少し開け中を覗いた。ただその時扉は全く音を立てなかった事に、改めてツクモの技術の高さを知った。

 そして中を覗きツクモが入ると、息の合ったようにエリックが扉を引き継ぎ隙間を残したのを見ると、この先自分が足を引っ張りそうな不安に襲われた。


 恐らくプルフラム領に住む生物は、基本的に戦闘センスが高い。それは法は無く常に命の危険に晒されているという環境から来ているのだろう。だからこういう状況では何が最善なのかを本能的に理解しており、例え種族が違っても瞬時に状況に応じて協力関係を築ける。

 元ハンターという経歴がある俺でも、二人の息の合った動きに、自分がどれだけ平和に胡坐を掻いていたかを思い知らされた瞬間だった。


 そんなハイレベルな連携を見せられ、違う意味でもプレッシャーを感じ始めていると、もうツクモは広間までの安全を確保したのかエリックが小さな声を上げた。


「では二人とも準備は良いですか? 行きますよ」

「はい」

「あ、あぁ……」


 やはりゴードンさんにとってもこんな状況は日常茶飯事なのか、全く揺らぎの無い返事をする。それがますます不安を煽り、ここまで来るまではエリックの後ろを歩いていた俺だが、ここに来て初めて二人の後ろに隠れるように最後尾を歩いた。


「状況はどうですか?」

「左の奥が溜まり場みたいでそこに五人。巡回してるのか暇を持て余してるのか分からないけど、ブラついてるのが今見えるあの三人。で、あそこに見える梯子の上に多分三人」


 明かりの無いトンネルを抜け、広間の入り口にある大岩の陰でツクモと合流すると、早速エリックは情報収集を始めた。そしてそれを理解していたツクモは既に索敵を終えているようで、ほぼ完ぺきな回答をした。


 それは正に理想の連携で、今まで就いたどの職場でもこれほど完成された仕事は見た事が無いほどだった。


「分かりました。念のため私も探知してみます。警戒の方をお願いします」

「分かった」


 そう言うとエリックは目を閉じ索敵を開始した。その間俺とゴードンさんは未だに岩陰から様子を窺う事も出来ず、ただ二人に任せる事しかできなかった。そんな構図がまるでめちゃくちゃ仕事の出来る大先輩二人と、まだ二年目の先輩とそれにおんぶにだっこの俺にしか見えず、どんどん小さくなるしかなかった。


「……おおよその敵の位置は分かりました。どうやらここからは見張りを倒しながら進まなければいけないようです」


 索敵が終わったのか、エリックはツクモからの情報と自身の索敵の結果を照らし合わせ、倒すしかないという結論を出した。

 正直俺としては出来るだけ戦闘は回避したいところだが、ツクモもそれに賛同するかのように頷くのを見ると、やるしかないのだと腹を括った。


「ですがまだ私達の存在を知られたくはありませんので、なんとかして隠密行動で一人ずつ片付けて行きましょう」

「分かった。私に任せて」


 ツクモは余程怖いもの知らずなのか、自信満々に答える。しかしそうなると、隠密行動は出来ても誰にも察知されず敵を仕留める術を持たない俺は役には立たない。

 それは多分営業マンのゴードンさんも同じだと思うと、なんか腑に落ちない気分だったのだが、ここでゴードンさんがまさかの発言をする。

 

「分かりました。ではここは私にも任せて下さい」


 えっ!? マジで?


「私はリザード種の魔族ですから、迷彩を使えます。私にも行かせて下さい!」

「そうですか。ではお願いします。ですがあくまで……」


 何が一体ゴードンさんを掻き立てるのかは知らないが、急に「俺も使え!」と言わんばかりに上着を脱ぎ主張するゴードンさんに、なんだか見捨てられたような気分になった。

 そこでこのままではマズイと思い、俺も自分も出来ると前へ出る事にした。のだが……


「エリック! 俺も行くぞ! 俺だって元ハンターだ! 一人や二人くらいなら締め落としてやる!」

「いえ。リーパーさんはここで待機していて下さい」


 えっ!? そりゃこの面子を見れば不安になるのは分かるけど……それは酷くね!?


 俺だってもう一度スクーピーの笑顔が見られるのなら命を投げ出すだけの覚悟は出来ていた。それにスクーピーは俺の娘だ! 出来る事なら俺の手で救いたい! そのくらいの気持ちで声を出したのに、あっさりエリックに否定され心に大きな傷を負ってしまった。

 しかしやはり我が愛しの妻! エリックはそういう意味で否定したわけでは無かった。


「私は巡回している三人を仕留めますので、リーパーさんにはその間私の体を守って欲しいんです。あの距離まで伸ばすにはさすがに体を離れなければならないのでお願いします!」


 悪く言えば上手く言いくるめられたのだが、俺より強いツクモやゴードンさんにではなく、俺に大切な体を預けると頼むエリックには、まるで夫婦だけが持つ強い信頼を感じた。


「分かった。任せろ」

「お願いします」


 俺達が積み重ねて来た時間は、物理的や魔力的な強さでは超える事の出来ない絆を結んだ。それは自身の体を無防備に預けられるほどだ。これは今まで幾度となく死地を乗り越えて来た仲間でさえ超えられないだろう。

 そんな絆を確かめ合うと、エリックは指揮を執り始めた。


「ではツクモさんは溜まり場の五人。ゴードンさんは梯子の上の三人をお願いします。仕掛けるタイミングはツクモさんが動くと同時に私も三人を仕留めますので、ゴードンさんはその後お願いします」

「分かりました」

「そしてツクモさん。ツクモさんは五人を仕留め次第ゴードンさんのバックアップをお願いします」

「任せて」

「言っておきますが私のサポートは期待しないで下さい。距離が距離だけに直ぐには駆け付けられません」

「大丈夫。どんな事してでも必ず仕留めて見せるわ。だからゴードンさんも無理しないでね?」

「ありがとう御座います。ですが私にも意地がありますから、必ず成功させてみせます」


 ゴードンさんがそう言うと、ツクモは笑みを見せた。その表情からは強い信頼関係が見て取れた。


 家族としての絆と仲間としての絆は違う。それでも三人の会話を聞いていると少し羨ましくなった。


「では行きます! スクーピーの御加護を!」

「はい!」


 神ではなく敢えてエインフェリアであるスクーピーの加護を口にしたエリックにより、俺達には結束が生まれた。それでもパーティーとしてはまだ一丸ではないが、個と個が繋がり、その糸が複雑に絡み合う事でまとまり始めた俺達は、いよいよ行動を開始した。


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